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トルタン砦の攻防

「じゃあ、これをジャックさ……近衛隊長の所にお願いね」


「了解しました」


  俺は、に羊皮紙の入った封筒を『豹』に渡し、向こうの砦へ向かわせる援軍を見送った。


  ちなみにこの援軍達、戦前に突然『援軍』として俺達の砦にやって来た兵士で、あの自分勝手な隊長殿(マルクス)が率いていた兵士達である。

  まぁ流石にそれだけでは戦力不足だと思ったのでカトラさんと『象』『亀』部隊を一緒に送った。


  兵士達の最後尾が完全に見えなくなった所で、とある事に気が付いた俺。


「……急にやることが無くなったんだけど、俺達はどうしよう?」


  決して戦いたいとかそういう事では無いのだが、とにかくやる事が無くなってしまったのだ。


「取り敢えず服を何とかすりゃあ良いんじゃ「一応応急措置はした」は、早ぇっすね(いつの間に!?)」


  俺は羽織っていた布を脱ぎ、上着の縫い跡をラーフに見せた。何故かラーフが驚いているが、ただ布を縫っただけなのに、これのどこに驚く要素があるのだろうか?


「穴を塞ぐだけだったからね。肌寒かったから借りてたけど、使う?」


「別にかまわねぇっすよ」


  ラーフがそう言ったので遠慮無く使わせて貰うが、今思うと俺、何でこんなに薄着なんだろうか。

  一応長袖と長ズボンにエトッフラワーのマント(何故かこれだけ無傷だった)を装備してはいるが、中には何も着ていないし穿いていない、更には尻尾の関係で腰パン状態……そりゃ寒いわ。



「でも確かに、何もしないのも辛い事に変わりはないですよね」


  どうやらルーガも暇らしい。


「此処じゃあやれる事も限られるっすからね」


「やっぱ全員で向こうの砦に「駄目っすからね?」だよね」


  速攻で拒否された。……当然っちゃ当然だけど、流石に少し凹む。

  と、ラーフが思い出したように俺へと体の向きを変えてきた。


「つーか、隊長に聞きてぇ事があったんすよ」


「? 答えられる範囲なら別にかまわないけど……」


  それで少しでも暇な時間が削れるのであれば、お安いご用である。


「昨日のあの化けモンみてぇな戦い、なんだったんすか?」


「なんだったって言われても……」


  なんて説明するんだ、これ?






  時しばらく経って。





  トルタン砦。


  壁のように横へ広がっていて敵兵士を妨害する事を主としているアパカータ砦とは違い、あくまで防衛……兵士の損害を抑えるような造りとなっているトルタン砦の主な目的は持久戦、少しずつ敵兵士を減らしていく戦いで真価を発揮する砦なのだが……。

 


「……マズイな」


「こちらの軍勢が押され始めてますね」


「あぁ」


  約数時間ほど前、『突撃』という司令官の一言によって一気に劣勢となったトルタン砦は、今や最後の防御壁が破壊されれば成す術が無い、という所まで追い詰められていた。


(ファルが優秀なのもあってか、こっちの司令官は酷さが際立ってるな)


  と、笑えない状況なのに関わらず苦笑を洩らすジャック。しかしそこは歴戦を生き抜いた猛者、すぐに表情を引き締め、横で表情を固くしているライアンに、


「次の防衛網を突破されたら、出るぞ」


「は、はい」


  齢十九という若さで近衛兵となったライアンは、戦争というものを実際に体験したことがない。

  敗北……死というものを覚悟していた彼女であっても、そのプレッシャーは辛いものであろう。



「ジャック・ヘロイスティオ第五団隊長!」


  鎧の着心地を再度確認していたジャックは、背後から聞こえてきた兵士の声に振り向く。

  そこには、まだルーガと同じくらいであろう少年の兵士が、走ってきたのか少し息を切らしながら立っていた。


「どうした?」


「アパカータ砦から約八百に及ぶ援軍が!」


  敬礼しながら張りのある声で答える兵士は、テンションが上がっているのを体現しているかのように頬を紅潮させている。

  しかし、それを予見していたのか冷静の表情を崩さないジャックは、


「来たか」


「えっ?」


  兵士の言葉に驚いていたライアンは思わずジャックを見た。


「シュトゥルムズを名乗る兵士の一人が第五団隊長にお会いしたいと申しておりますが、どうしましょう!」


「分かった、すぐ向かう」


「第五団隊長が自ら?」


  意外そうな表情でジャックにそう言う兵士。


「この混戦だ。俺が行った方が確実だろう。それと、一々第五団とか付けるな、ややこしい」


「了解であります! では、ご案内します!」


((……暑苦しい奴だな))







「数日ぶりですね、ジャック隊長」


  兵士の連れてきた場所、そこには八百にも及ぶ援軍を引き連れた、先日アパカータ砦から戦況報告に訪れた兵士(豹)が立っていた。


「……援軍を求めておいて何だが、そっちの方は大丈夫なのか?」


  そんなジャックの心配は杞憂に終わる。


「えぇ、例の『アリス』とかいう女性の無力化に成功し、兵の損失も少ないという事もありましたので」


「……無力化したのか?」


  先の報告を聞いてまだ二日と経っていないというのに……と内心で驚きを隠せない二人、と新兵。


「はい、詳細はこちらを」


「助かる」


  封筒を受け取り、懐に収めたジャック。中を改めるのは後、という事だろう。


「早速だが、戦線に出て戦って貰いたい」


「随分と劣勢のようですね」


  遠目に見える兵士達の押されように、そう呟いた豹。


「どこぞの頑固が命令を間違えてな」


「……とにかく了解しました」


  頑固が誰かを察した豹はコホン、と咳払いをしてそう答えた。

  ……決して口に出さないのが彼なりの優しさなのである。


「俺達も出る予定だ」


「ジャック隊長がですか?」


  かなり劣勢というのはあるが、それでも隊長格の人間が前で戦うというのは滅多に無いこと、目をしばたかせている豹の反応に頷くジャックは、


「こうして呼んでおいて傍観はできないからな。それに」


「それに?」


「……いや、何でもない」


  あの頑固親父が文句を垂れる前に行動してやる、と答えようとしてすぐに口を閉ざしたジャックであった。






「一つ聞くが、この中にお前さん含めてファルの兵士はどのくらいだ?」


  移動中、僅かな時間の中で兵士にそう聞くジャック。しかし、答えたのは彼ではなかった。



「二十と少し、全員が比較的防御寄りさね」


  いつの間にか真横で並走していたカトラをチラリと見たジャック。

  一瞬だけ顔がひきつったのは、おそらく気のせいだろう。


「来てたのか」


「なんだ、アタシは来ちゃいけないのかい?」


「……その兵を最前線に、残る兵士の内半分は怪我をした兵士の砦内への搬入、あと半分を一般兵として場に出す」


「無視かい」


  ……気のせいだろう。



「ジャック隊長、それともう一つ。『嵐の突撃隊(シュトゥルムズ)』ではない兵士の大半はマルクス四団隊長の兵です」


「……ならば役割は理解してる筈。ちなみにその隊長は?」


  こっちの人間は役立たずばっかだな……と悪態を隠そうともせずに吐き捨てるジャック。


「それより今はこっちが優先です」


「それもそうだな……」


「そんじゃあさっさと終わらせるよ!」


「「おおっ!」」


  カトラの声に大声で反応した嵐の突撃部隊(シュトゥルムズ)。

  他の兵士を置き去りにして前線に走っていったカトラと兵士達に、ライアンが何とも言えない表情で呟いた。


「……行ってしまいましたね」


「俺達も行くぞ。アパカータからの援軍諸君! 自分等が先日当てられていた役割を全うしてくれ! 行動開始!」







  防衛網の最前線で敵の猛攻を防いでいる兵士達。

  必死で槍を用いて抵抗する兵士達であったが、多勢に無勢……確実に押されている。


「ぐっ、駄目だ……もう突破されるぞ!」

「諦めるな! 何としても守り抜くんだろ!」

「畜生……っ! これも上の奴が兵を分散させたからだ!」

「文句を垂れる暇があるなら手を動かせ! ぐあっ!?」

「ドルス!?」

「あ、馬鹿!」


  肩口を貫かれた仲間に兵士の一人が駆け寄ったことで、途端に崩れた防衛網。好機と見たベクトリール軍にどんどんと距離を詰められ、万事休すと目を閉じた兵士。

  しかし――、






「全員伏せな!」


「ッ!?」


  ドカァァァン!




「な、なんだ?」


  空中に撒かれた麻袋を見た兵士が咄嗟に身を屈める。

  瞬間、人を一人吹っ飛ばす威力の爆発が周囲に起こった。火薬の入った麻袋に火を付けたのだ。


「ここはアタシ等に任せて、お前達は他を援護しな!」


「えっ、い、一体?」


「ほら、行った行った!」


「は、はっ!」


  爆発を起こした本人……カトラを前に、何が起こったのか理解できていない兵士だったが、カトラの一喝によって、ドルスと呼ばれていた兵士を担いで砦へと走っていった。



「よっし、前に味方はいないね」


  腰に巻いた大袋から火薬の入った麻袋を取り出し、不敵に笑うカトラは、それを遠くへばらまきながら叫ぶ。


「行くよ!」


「「おおっ!!!」」


  亀や象の声に呼応するかのように巻き起こる爆発、アパカータからの援軍による快進撃が始まる。






「……は、早くも形成が逆転し始めてますね」


  敵兵の攻撃を防ぐ『だけ』の兵士が二人と攻撃に『のみ』徹する兵士三人、あらゆる攻撃を跳ねのけながら進撃するおよそ五十人の兵士達と、単体で剣を振り回して一気に二、三人を斬り飛ばしていくカトラに、ライアンだけでなくトルタン砦の兵士達も呆気に取られていた。


「俺達も続くぞ」


「はい!」


  これは負けてはいられないな、と驚きを意識の外へ飛ばしたライアンは、腰に差してある剣を抜き放ち、ジャックと共に突撃した。








  数時間後。



「ふぅ……粗方片付いたみたいだね。全員無事かい?」


  ベクトリール軍の兵士が撤退した事により、逆転の勝利を収めたトルタン砦。


「……し、死人が皆無」


  援軍の中でも、最も前線に出て戦っていた五十数人が一人も欠けていない事に言葉を失い、魚のように口をパクパクと開閉しているライアン。


「そりゃそうさ、この面子でこれの数倍の兵士ども相手に生き残ったんだから、一人でも欠けるなんて事、アタシとファルが許す訳ないじゃないか」


  と、豪快に笑うカトラに続いて嵐の突撃部隊(シュトゥルムズ)の面々からも笑い声が聞こえてくる。


「現在の被害状況は?」


「現在確認されているだけでも死者が千二百五十、重軽傷者は九千以上であります!」


「そうか……」


  ……しかしそれでも戦争、得たものが大きいが為に、失ったものも相応に大きかった。

  ライアンが、死者の冥福を軽く目を閉じて祈る。



「ひとまず、今日は一旦砦に戻ろう」


「……はい」


「確かにそうだね、流石のアタシも疲れたよ。進軍は明日だね」




  その後、偵察兵の『豹』によってベクトリール軍の野営地の特定に成功し、見事勝利を収めたトルタン軍であった。

オマケ




齢十九という若さで近衛兵となったライアンは(ry



その後、生後約三ヶ月の少年(女)によって近衛兵最年少入隊記録は塗り替えられたとさ。

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