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闇呪の魂

  夢現(ゆめうつつ)の中、俺は腹部に謎の重みを感じていた。腹の上に漬け物石……分かり易く例えると、そんな感じである。


  何が乗ってるんだ? と無理矢理意識を覚醒させて腹に乗っている物体を確認した俺。




「ライムと……ルーガは何してるんだ?」


  俺の腹を机にして眠っているライムと……ライムに覆い被さる形で寝ているルーガという、なかなか相当にシュールな光景がそこにはあった。

  二人分乗ってるんだし、重たい訳だ。と納得を得た俺は、二人を起こさないよう心掛けながら上体を起こした。



(……此処は砦の中か)


  周囲を見渡すと、ここが砦の中の俺の部屋(仮)なのが分かる。

  俺は別に他の兵士達と野営でも構わなかったのだが、ルーガに「ファルちゃんは女の子の自覚を持たないといけません!」と言われ、ラーフに「隊長の地位は上から数えた方が早いくらい高ぇんで、逆にこっちにいてもらわねぇと困るんすよ」と呆れられたので、仕方無しにこの部屋を使わせてもらってるのだが、どうやら、ライムを助けて力尽きた後にここまで運ばれたらしい。



『おはようございます、御主人様(マスター)


  俺が目を覚ましたのに気付いたルシアが、この前のあれは何だったんだ? と疑問を持ってしまう程いつも通りのトーンで話しかけてきた。


(今何じ『粘性魔物(スライム)と戦闘した直後の記憶はございますか? いえそれよりも何故あの時大量の技能(スキル)を入手できたのですか?』いきなりどうした!?)


  ……訳でも無かったみたいだ。

  息継ぎせずに(そもそも剣なので息も糞も無いが)そう(まく)し立てるルシアに若干引きつつ、ルシアの質問に首を傾げた俺。


(そういえば、胸貫かれてからライムの中に入るまでの記憶が無いな……というか、技能(スキル)を入手ってどういう事?)


『やはり記憶にございませんか……となるとやはり一体あの時の御主人様(マスター)は……』


(……おーい?)


  あ、駄目だ。完全に自分の世界に入っちゃってる。

  独りでブツブツと呟くルシアを見て、声を掛ける行為を無意味だと判断した俺。


『……しかしながらそう仮定したとしても御主人様(マスター)の内部へ侵入する事は不可能ですし……』


(ルシアさーん?)


『無駄よ、多分聞こえてないから』


  しかし尚も頑張って声を掛け続けている俺だったが、呆れが混じった声音でディメアが制止に入った。


(ディメア、俺って何かあったの?)


『不思議な質問するわね……、言いたい事は判るけれど』


  仕方ないじゃないか。気になるし、本当に記憶に無いんだから。

  ディメアはそうね……と話す順序を考えるように少し間を置き、



『取り敢えず自分の能力値(ステータス)を見てみなさい、詳しい説明はそのあと』


(あ、本当だ。【心身癒着】に……【憑依操作】?)


  言われた通りに自身の能力値(ステータス)を覗いた俺は、新しくコモンの欄に追加されている技能(スキル)を発見する。

  前者はともかく、後者の技能(スキル)が名前的に結構ヤバそうなのだが……。



『貴方、そこのスライムに殺されかけたのは覚えてるわよね?』


(ライムというか、ライムを操ってた奴にね)


  反射的にそう補足した俺。


『それはどっちだって良いのだけれど、それで貴方が意識を失った直後……本当に死ぬ数秒前ね。その時に技能(スキル)で、ぎりぎり復活したのよ』


  あの時は流石に焦ったわね。と、本気(マジ)のトーンで喋るディメアに、あ、本当にヤバかったんだな。と今更ながら背中に寒気が走った。



(名前からして【心身癒着】っていうのが体を治したのは分かるけど、この【憑依操作】っていうのは何なんだろうか)


  気を取り直してもうひとつの技能(スキル)、【憑依操作】の事を聞く事にした。

  名前だけでいうなら、相手に乗り移って操作しそうな感じの技能(スキル)だが、どうやらそれは違うようだ。



『別の魂を体に入れて、その魂が持ってる能力を使える技能(スキル)らしいわよ』


『はい、しかしその時御主人様(マスター)を操作していた魂の正体が未だ掴めず、様々な憶測を立ててはいるのですが……』


  成る程、対象の肉体に降りるんじゃなく、対象の魂を降ろす技能(スキル)なのか。……あれ?



『あの時のあれが誰かは分かっているのだけれど、いつどうやって『入ってきた』のかが分からなくて……待って、もしかして私の声……聞こえてる?』


  ディメアも俺と同じ理由で引っ掛かったらしい。

  いつかルシアがディメアの声や姿を知らないと言っていたのだが、今のルシアの切り返しは明らかにディメアの声を聞いてからのものであったのだ。



『あの時の対話を元に『回路』を確立させましたので』


  ルシアの言う『あの時』というのにいまいちピンと来ない俺だが、ディメアが『あ……』と、してやられたような雰囲気を漂わせる声を出したので、俺が倒れていた時の事なのだろう。


『それはそうと、あの魂の正体は一体?』


『……まぁ良いわ』


  今は言及より話を進める方が重要と判断したのか、ディメアがコホン、と咳払いをして喋り始める。











『貴方達も会った事はあると思うけど、闇じ『はぁい、どーぉもぉ』……いつの間に』


『ッ!?』


(え、誰?)


  ディメアの声に割って入ってきた声。多分、この声の(ぬし)がこの体を【憑依操作】で操ってた本人なのだろう。


『ボク自身とは『はじめまして』かなぁ? 闇呪龍だよぉ』


(……はい?)


『だからぁ、あ・ん・じゅ・りゅ・う、『ヤマタノオロチ』だよぉ』


  闇呪龍って、俺が転移罠(ワープトラップ)でリーシエに飛ばされた時の思い出(トラウマ)だろ? でも、魂って封印されてるんじゃなかったっけ?


  一度無くなった左腕を抱いてあの時を思い出してしまった俺。できる事なら二度と会いたくないと思っていたのだが、まさか再び……それも魂として出会う事になるとは……。


『何で貴方が『中』に居るのか、聞いていいかしら?』


  あの時貴方の魂は縛られていたでしょう? と言うディメア。

  封印されてたのは俺の間違いでは無かったみたいだ。



『それはボクの質問だよぉ姉さん? 何で自分の中に入ってるのぉ?』


『色々あったのよ』


『えぇ~適当ぉ』


  ディメアの本当に適当な返答に、面白そうに不満の声を洩らした……ヤマタノオロチ、さん?

  どうやら誕生した時期はディメアよりも遅いらしく、ディメアの事を『姉さん』と呼んでいる。


『いつから入ってたの?』


『姉さんがボクの所に来たときだよぉ、挨拶がてら入り込んだら、出られなくなっちゃった♪』


  マジかよ、そんな前から入ってたとか、俺はともかくディメア達も気付かなかった事に驚きだ。

  それでもって出られなくなったというのは、ディメアと同じように俺のせいだったりするのだろうか。



『なっちゃった♪ じゃ無いわよ!』


『いやまぁでもぉ、どうして姉さんが引きこもってたのか気になっちゃったしぃ? ボクも色々と聞きたい事もあったんだよぉ』


  悪びれる様子も無くそう答えるヤマタノオロチ、さんに二秒程続く深いため息で現在の内情を伝えたディメア。

  苦労人なのな。


『だからってねぇ……神龍の魂が一つの肉体に入って、魂の『器』がもたなかったらどうするのよ』


  魂の器って何だ? と首を傾げた俺。

 

  後で聞いた話だと、器というのはそれぞれの魂が持っている『魂の容量』で、技能(スキル)や魔力、他人の魂を保管できるんだそう。

  ちなみにこの魂の器が満タンになると、その魂は形を留められずに崩壊するんだとか。


『そうそれ! ボクも入ってから『あっ!』ってなったんだけどぉ、万が一『器』がいっぱいになっても消滅するのは『器』の持ち主、つまり君だけだしぃ、大丈夫かなぁ? ってねぇ』


  君とは俺の事だろう。

  ……というか俺、下手したら消滅してたんだな。



『……貴方には少しばかり指導をしてあげた方が良いかしらねぇ?』


『姉さん口調がうつってるよぉって、痛ぁい! そんな事やられたら消滅しちゃうからぁ!』


(……何が起こってるのか物凄く気になる)


  ヤマタノオロチ、さんのそんな叫びを最後に、二人の声が聞こえなくなった。




「ふぁあ……」


「あ、ルーガ」


  それとほぼ同時にルーガが目を覚ました。


「うにゃ……おはようございまふ……。……zz」


  目を擦りながら俺の顔を確認し、再び睡眠の体勢に入……、




「って、起きるの早くないですか!?」


「ッ! っくりしたぁ……」


  ……らずに、驚いた表情で俺の顔を再度凝視した。

  再び力尽きてライムの髪に顔を(うず)めて寝たと思われたルーガが飛び起き、下になっていたライムが反動で押し潰される。


「ああっ! ライムちゃんすいません!」


「ぉも……」


  眠そうに呻き声を上げながらライムがゆっくりと起き上がる。

  それにしてもよくあの体勢で寝られたよな、二人とも。


「ふぁ、朝から騒がしいね……おや、話に聞いてたより早い目覚めじゃないか」


「カトラさんもいたんだ……」


  ふと声のする方を向くと、カトラさんが欠伸をしながら立ち上がるのを発見した。どうやらカトラさんもこの部屋で寝ていたみたいだ。

  ……いやまぁ構わないけど。


「えっ、ファルちゃんって、大人になってから数日は目覚めない筈なんじゃ?」


  理由が分からず少々混乱気味のルーガ。

  少し見ていて飽きないと思ったのは内緒だ。


「ちなみに、俺が倒れてからどのくらい経ったの?」


「ファルちゃんをここに寝かして色々あって寝て……起きて今に至ります」


「……つまりは半日ってことね」


  という事は今は早朝位だろ『午前7時です』……さいですか。


『【心身癒着】によって肉体ダメージは治癒されてましたので、反動も軽かったのでしょう』


「ファル!」


「おわっぷ!」


  眠たそうに「ふぁ……ぅん」と欠伸を押し殺しながら辺りを見渡していたライムが、俺の顔を見るや否や至近距離で飛び付いてきた。

  髪の毛が目や鼻に勢い良く当たって少し痛い。


「良かったな、元に戻って」


「ファルのおカゲ」


  頭を撫でてやると、目を細めてくすぐったそうに身を(よじ)る。これが猫や犬だったら、きっと尻尾を左右に振っていた事だろう。


「もう終わりですか……」


「うん?」


  妙な事を呟くルーガについ反応してしまった俺。するとルーガが慌てたように首を振り、


「あ、いえ! なんでもありませんよ!」


「……まぁ良いけどさ」


  カトラさんも一緒になって慌てていた気がしたが、取り敢えず気付かなかった事にして部屋を出た。







「あ、隊長」


「おはようラーフ」


  砦の最上階、見張り場に行くと、ラーフと蟋蟀が薪で暖を取っていたのを発見した。

  温かそうだったので俺も火の前で座る事にした。ちなみにライムは隣に座っている。


「……どうしたの?」


  俺の顔と体を見比べる二人を不思議に思い、何か顔にくっついてるのかな? と聞いてみた。


「いや、本当に子供に戻ったんだなぁと」

技能(スキル)って奥が深いんだなと」


「まぁ、そういう技能(スキル)だからね」


  反動があるのが玉にキズだけど。


「つーか寒そうっすけど、服の換えとか無ぇんすか?」


「え、服? あっ……」


  ラーフの指摘で服を確認して初めて、俺の服に大穴が空いているのに気付いた。

  ……いや、もうこれは穴とかいうレベルじゃないな。最早胴体部分が紐みたいになってるもん。


「どうしようか……」


  子供とはいえ俺は女、何故か無傷のマントのお陰で場所という場所は隠せてはいるが、出歩くのは流石にマズイだろう。


「寒さ(しの)ぎの布くらいしか持ってねぇっすけど、使うっすか?」


「ありがとう」


  寒そうという理由からだろうが、薄手の布を貸してくれたラーフ。

  ……換えを持ってくるの忘れちゃったし、後で何とか見繕うかな。





「そういえばジャックさんの方はどうなったかとか、報告は来た?」


「早朝に手紙は来たっすけど」


  中身はまだ見てないらしい。

  なんでも、中身を覗く権利は司令官レベルにしか無く、機密情報なので普通の兵士は絶対に見てはならないらしい。

  俺が一般兵士とかだったら絶対に見てたな。と思いながら羊皮紙を広げた俺。無論全部は読めないので、『優勢』や『援軍』という単語を無理矢理繋ぎ合わせて読んでいる状態だ。


「えーと……うん、勝ってるみたい」


「どんな具合なんすか?」


  という訳で頑張って解読し、こんな事が書いてあるんだろうな~と予想した内容を伝えた。

  ……学生時代、英語が唯一嫌いだった俺としては頑張った方だと思う。


「……援軍が来たら嬉しいって書いてあるけど、どうする? 全員で突撃とかする?」


「そりゃあ流石に駄目っすよ」


  苦笑いで答えるラーフ。そりゃそうか。



「とりあえず援軍は送るとして、俺達はどうするか」


「ベクトリールまで進軍するかい? 手っ取り早く終わらせるならそれが手だし、上手くいけばそこで寝てるアリスとかいうのを身代(みのしろ)にして降伏、とかもあるかもしれないよ」


  と、進軍がどうのと話していると、ルーガとカトラさんがやって来た。何をやっていたのか分からないが、多分トイレだろう。


「うーん……この前は罠とか作戦とかで勝った感じだし、向こうにはまだ俺達の軍と同じかそれ以上の戦力は残ってるだろうし、とにかく兵が死ぬリスクを下げる為にも、今は待機かな。全員戦争での疲れもあると思うし」


  正直、この前の戦いでの勝因は、(あらかじ)め設置していた罠による部分が大きい。

  逆に言うと、あの落とし穴作戦が無ければ俺達の軍は確実に敗北していたのだ。ならば、リスクを最小限に抑える為にも向こうへ援軍を送り、出来る限りの兵力でベクトリールに進軍する方が得策だろう。


「疲れって、一番隊長が疲れてんじゃねぇすか」


「俺はダメージも回復したし、全然平気だよ」


  つい先日まで布で固定していた左肩を軽く上げ、技能(スキル)で完治したことを教える。


「まぁそう言わずに、ファルちゃんも休みましょうよ」


「休むって言っても、さっきまで寝てたからなぁ」


  俺自身、少し寝れば問題なく動けるような人間なので、ぶっちゃけ先程までの睡眠で元気が有り余っているのだ。


「茶でも飲んでゆっくりすりゃあ良いんじゃねぇっすか?」


「ほい」


  ラーフが提案した直後、待ってましたとばかりに蟋蟀がお茶を淹れて俺に手渡してきた。

  ……あ、美味しい。


  まぁ、やることが無いし、こうやって皆と駄弁るのも悪くはないだろう。



「やっぱり美味しいですねぇ……、ファルちゃん来ます?」


「……絶対膝とか乗らないからね?」

オマケ




「あ、いえ! なんでもありませんよ!」



数時間前、


「やっぱりファルちゃんの寝顔って可愛いですね」


「……確かにこれは肯定せざるを得ないね」


「おおっ……! 初めてファルちゃんの頬っぺた触りましたよ……! 触ってみます?」


「え? じ、じゃあ少し……おぉ」



本人の知らない所で遊ばれていたファルであった。

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