ファルの知らぬ所で
投稿遅れて申し訳ございません。
「……何が起こってるんすか? あれ」
ファルとライムの繰り広げる嵐のような攻防に、ラーフと蟋蟀の二人を筆頭とした魔法支援の兵士達は、結界を張る為の詠唱の手を止めていた。
「人の域を越えた何か、くらいなら辛うじて分かるでやすね」
「んな事、俺でも分かってるっすよ!」
思わずそう叫んだラーフは、既に自身の目で追う事が困難な程に手数の増したライムの攻撃を、これまた人間とは思えない動きでもって避けるファルを見て冷や汗を流していた。
「……今思うと、あんなバケモンが上司やってたんすよね」
「アシュトルス側の兵士で良かったでやすね、お互い」
そんな蟋蟀の言葉に周囲の兵士達も「んだんだ」と頷く。
最初のファル対兵士達の模擬戦闘以降、ファルの事を『文武共に天才』というのが兵士達のファルに対する評価だったのだが、この戦いを以て『世界最強の子供』という評価にすげ替えられるだろう、と彼等は確信した。
と、ライムの触手が背後から地面ごとファルを穿いた。
「あっ、隊長!?」
「ちょっ、ラーフの旦那! アンタまでそっちいったら流石に統率が取れなくなるでやすよ! つーかこの高さから降りようなんて馬鹿な事しねぇでくだせぇよ!」
軽く三十メートルは越える高さの頂上から飛び降りようと身を乗り出すラーフを、蟋蟀が慌てて掴む。
「だからってあのダメージは、放っておいたら隊長が死ぬんす「あれを見てくやせぇ!」何すか! 俺が今話してんのは隊長の……隊長がデカくなってる!?」
蟋蟀の割って入ってきた言葉にイラつきながらもチラッとファルを見たラーフは、【諸刃の剣】で大人へと急成長したファルに驚き、大声で叫んだ。
誰がどう見ても致命傷だった傷を瞬時に癒し、更には大人へと変貌したのだから、驚くのも無理はないだろう。
「何なんすかアレ……」
そして、先程とはうって変わってライムを圧倒し始めたファルの別人のような豹変っぷりに、声を上げる人物がいなくなった。
少し前。
「ファルの言うスライムを操ってる第三者、どんな人物だと思う?」
ライムの進んだ道を頼りに森の中を駆ける二人は暫く無言だったのだが、カトラが唐突にそんな事を聞いてきた。
「やっぱり髭の沢山生えたお爺さんとかじゃないですか? ほら、魔術師さんとかって全員髭が凄いじゃないですか」
「魔術師全員がそうジジイって訳では無いんだけどねぇ」
ルーガの口から即答で出てきたそんな言葉に、苦笑を洩らすカトラ。当の本人は至極普通に答えたのに関わらず笑われ、不思議そうに首を傾げている。
そして再び無言の空気が流れるかと思った矢先、狼の様な魔物の群れが姿を現し、二人に襲いかかってきた。
「魔物です!」
「ったく、なんたって繁殖期に戦争なんて仕掛けてきたのかねぇベクトリールは!」
普段は単体で行動する影狼が集団で行動ししている事に毒づきながら、剣やその場で拾った石を使って応戦するカトラ。
ルーガも「これは探す余裕ができませんね」と呟きつつ次々と魔物を斬り伏せていく。
と、残り十数匹まで減らした位に、突然魔物が全員一つの方向を向き、そっちとは真逆の方向に逃げていった。
「っ? 魔物が自分から逃げてくなんて珍しいね」
繁殖期の魔物は、相手か自身が死ぬまで攻撃の手を止めない程凶暴性が上がっているのをカトラは知っている。
のに関わらず、怯えるように逃げていった魔物の群れにカトラは首を傾げた。
「……カトラさん戻りましょう」
「突然どうしたんだい?」
振り向くと、眉間に少し皺を寄せて自身等のやってきた方向を向いたルーガが、剣を構えたまま動かずに先を睨んでいた。
その真剣な表情のルーガに、何か良からぬ事を察したカトラは、剣先を砦の方向に向けた。
「ファルちゃんのいる方向から凄い魔力を感じました! 魔物が急に逃げたのもそれが原因です! たぶん!」
「多分って、まぁ分かった、行ってみよう」
「隊長って子供だったっすよね?」
落ち着きを取り戻したラーフはそう呟き、蟋蟀に返事を求めた。
分かっている、とばかりに頷いた蟋蟀はファルの身体の変化を事細かに見ていた。
「大人になりやしたね、それに髪の色も変わってる。なんといっても、さっきより格段に強くなってやすね」
持っている剣を使わずに拳だけでライムを圧倒しているファルを見て、蟋蟀がそう呟いた。
「っと、ファルちゃんは無事ですか?」
急に砦の頂上、手すりの場所からルーガが現れた。
「今、かくかくしかじかで隊長が大人になってやす」
「【諸刃の剣】を……分かりました」
「……ちょっと待って欲しいっす。女王様、今どこから来ましたっすか?」
突然ルーガが現れたというショックから復活したラーフが、恐らく彼女の登場に驚いた兵士達全員が聞きたいだろう質問をした。
「時間短縮のために「ちょっ、いくらなんでも速すぎだって……壁を駆け上がるとか聞いてない……!」」
((ここにも化け物がいた……!))
息を切らしたカトラの意図せぬ説明に驚きを通り越して呆れがやってきた兵士達。
唯一表情に変化の無い蟋蟀が、先陣を切って喋りだした。
「隊長がなんか色々と変わってるんですが、あれって一体?」
「技能で一時的に成長しているんです」
「成る程、そんな技能があるんでやすね」
早くも納得している蟋蟀を信じられないものを見るような目で見る兵士達。ルーガは今も戦っているファルを見ながら、蟋蟀の問いに答えていく。
「でもあれは数分で強制的に解除されてしまうんです。それと反動で、数日は目を覚ましません」
「奥の手って事っすか」
はい、と答えたルーガ。
「ファルちゃんがあの姿になってどのくらいですか?」
「丁度二分くらいっす」
大きく深呼吸をして現実に戻ってきたラーフが、大まかにだが答えた。
「カトラさん、ファルちゃんの技能が解除されたら突撃します。援護をお願いできますか?」
「当たり前じゃないか」
息を整えたカトラは「任せな!」と言わんばかりに胸を叩いた。
「皆さんは周囲から敵が来ないか見張っていてください」
「う、うす」
「「はっ」」
そして一分と少したった頃、剣を刺したまま動かなかったファルが立ち上がり、直後に力なく倒れた。
「行きます!」
壁から飛び降りたルーガは、下で待機していたカトラと共にファルの元へ駆けた。
「うぉお! ……ってあれ? 何も来ない」
さっきまでくねくねと動いていたライムの触手はピクリともせず、まるでオブジェのように固まっているライムに、叫んだものの何も来なかった事に拍子抜けした表情のカトラ。
しかし、そんな動きの無いスライムの一部が少女に変化してファルに飛び付いた事で、カトラも納得の表情を浮かべた。
「ファルちゃん! あぁよかった、無事です! ライムちゃんも元に戻ったんですね!」
「ファル!」
人間の姿になったばかりで全裸のライムに、ルーガが自身の上着を着せてやる。
「ファルが!」
「大丈夫、今は眠ってるだけですから」
泣きそうな表情のライムを優しく宥めながら、ファルの身体に異常が無いか調べるルーガ。
服が胸から背中にかけて巨大な穴が空いていたが、傷は何処にも見当たらなく、寝息も安らかなのを確認したルーガはファルをおぶった。
「なんかデカいのはまだ残ってるんだけど……」
目の前で、依然存在感を放っているスライムに若干気圧されながらカトラがそう呟く。
「とにかく砦に戻りましょう。ライムちゃんは歩けますか?」
「……ん」
「戻ってきやしたね」
「……ん? なんか増えてるんすけど」
ルーガの上衣を羽織っただけの明らか肌寒そうな見た目をした少女を見て、あれ? おかしいな……と疑問符を浮かべたラーフ。
「どうでしたか?」
「なんも来てなかったっす。というか、その子供の事なんすけど……」
敵兵士の有無を報告したラーフは、ルーガの後ろ……正確にはファルから離れようとしない少女について質問する。
「ライムといって、あの大きなスライムの本体です」
「スライムぅ?」
思わず裏返った声が出たラーフ。
「技能で人間みたくなってるだけで、体の作りはアタシ等とは違うよ」
「……何でもできるんすね、技能って」
「ファル達が特別なだけさね」
苦笑いを苦笑いで返すカトラ。
「私はファルちゃんをちゃんとした所に寝かしてきますね。ライムちゃん、こっちですよ」
「ん」
砦の中に入るルーガにライムが追随する。
それを見送ったラーフはカトラに振り向き、神妙な顔つきで、
「……姐さん、あのスライムの事で聞きたいことがあるっす」
「言いたい事は大々予想できてるけど、なんだい?」
ラーフの言葉に反応して振り返ったカトラは、蟋蟀に淹れてもらった茶を一息に呷った。
やっぱり少ないねぇ、と呟くカトラに少々顔をひきつらせながらラーフは本題に入った。
「あの隊長と同い年くらいの子供がスライムで、ベクトリールに操作されてたんすよね?」
色々と聞きたい事はあったのだろうが、最終確認の意味もあるのだろう、先程までの説明を纏めた。
「そう、経緯はアタシも分からないけど、少し前に遺跡でファルが見つけたのを「能力や危険性が未知数だから監視する」とかいう目的で保護して、ファルが面倒を見てたのさ。まぁ実際はただ可愛がりたいだけだったみたいだけどね」
「可愛がりたいって……」
隊長に限ってそんな事は、と言おうとしてラーフは止めた。色々と心当たりがあったからである。
そしてそんなラーフの心情を察したのか、カトラが話題を変えた。
「まぁそれは置いといて、聞きたいのはそうじゃないんだろ?」
「あの止まって動かないスライムはなんなんすか?」
ラーフがオブジェと化したスライムを指差してそう質問した。
およそ四十メートルはありそうなサイズが鎮座するその光景に、やはりどうしても違和感を感じてしまうのだろう。
「やっぱその質問だろうと思ったさ。答えは「知らない」よ」
「そうっすよねぇ」
清々しいまでの即答に、呆れを通り越して笑ってしまったラーフ。
「まぁ、おおかた面積的に余った大多数をあの場所に放置してるんだろうけどね」
「でも、発見されたときにはあの子供のサイズだけだったんすよね? なら、あの丘みたいなスライムはどこから出てきたんすかね?」
独り言なんで気にしねぇでください。と続けて言ったラーフだったが、再び戻ってきたルーガによってその疑問は解消される事となる。
「少し前の事です」
「女王様」
「普通に喋ってもらって構いませんよ」
ラーフの言葉に苦笑を混ぜて答えたルーガ。
妙に畏まられるのを好かない彼女は、変に敬語を使われるのを苦手としているのだ。
「それで、少し前に何かあったのかい?」
上下関係をあまり気にしないカトラが、しびれを切らしてそう聞く。
「はい、ファルちゃんが遺跡から別の場所に転移してしまったという事があったのを知ってますか?」
「嫌というほど覚えてるけど、それがどうしたんだい?」
大陸を跨いだ転移罠でファルが転移してしまった話は、冒険者の間では有名な話である。
更に言うなら、その時その場に同行していたカトラは、忘れたくとも忘れられないのだろう。
「私も女王になって初めてファルちゃんから聞いた事だったんですが、その時は隠し部屋に罠があって、それのせいで転移したって事だったんですよね?」
「そう、あの時はファルを危険に晒しちまってね……」
しゅん、とテンションの下がったカトラは、後半何を言っているのか聞き取れない程声が小さくなり、相当気にしている事が分かる。
「ファルちゃんは全く気にしてませんでしたよ。むしろ「カトラさんが責められてないか大丈夫かな?」って心配してた位ですし」
「それがまたザクッと抉ってくるんだけどねぇ……」
先程まで一口で飲み干していた茶を、ちょびちょびと飲み始めたカトラに周囲が生暖かい視線を送る。
豪胆なカトラからは想像ができない程の小動物ぶりが珍しく、少し微笑ましいからである。
「それで、同じような罠が無いかどうか国の兵士に調査を頼んでいたんです」
そしたら、と喋るルーガの口から次の瞬間、周囲を驚かせるのには二十分な報告が出てきた。
「本来一階層でも見掛ける筈のスライムが遺跡内から姿を消し、更に最下層に、地上へと続く巨大な穴が空いていたらしいんです」
「って事は」
「はい、ライムちゃんは多分、他のスライムを吸収して巨大化したりできるんです」
一同の視線がスライムオブジェへと向かったのは言うまでもない。
「あのスライムの塊は全部遺跡のスライムって事なんでやすか。あ、茶ぁ淹れやすよ」
【多次元収納】からカップを取り出した蟋蟀がルーガに暖かい茶を淹れた。
「……しっかしそう考えると、あのスライムの正体がますます分からなくなってくるねぇ。っと、お?」
ルーガの上衣を引きずるように現れたライムに気付き、カトラが通路を譲った。
「ライムちゃん、どうしました?」
どんな時も絶対にファルから離れる事が無かったライムが自らファルの元を離れるなんて珍しい、とルーガが目をぱちくりさせていると、今まで絶対にファル以外には口を開こうともしなかったライムが自ら口を開いた。
「おしえ、ッタ(翻訳:教えに来た)」
「私達に何か教えてくれるんでしょうか?」
「ん」
初めて自身に語りかけてきたという事にルーガは衝撃を受け、内心で狂喜乱舞した。
「俺達は邪魔っすかね」
「行きやしょうか」
ライムの雰囲気からかなり重要な話、というのを察した彼等は「隊長を見てくるっす」と言い残してその場を後にした。
と、直後に二人の視界が暗転し、見慣れぬ空間へと意識が飛ばされた。
『はっ、此処は!?』
恐らく初めてだろうこの空間に、カトラは驚きつつ周囲を見渡している。
逆にルーガは何度か経験したのもあって慣れたもので、瞬時にこの空間がライムの心の中というのを確信していた。
『心の中ですね。私達は今、ライムちゃんの中にいるんです』
『……ここの方が喋りやすいから』
『おおっ、ライムちゃんが『りゅうちょう』に喋りました』
ルーガの驚きを軽くスルーしたライムは、右手を振り上げて上空に何かを映し出した。
『自分……ライムは粘性魔物の始祖、そして世界の終焉の存在』
それは、ライムを操っていた男がファルに見せていたもの、つまりライムの『記憶』である。
『ライムはある時に自我を手にいれた。それであの場所に封印された。あの場所のライムはその時に、一番深い所に封印されていたもの……終焉の本体』
『……既に話に付いていけないんだけど』
魔族と思われる生物を飲み込んでいる映像から目を離せない状況のカトラが、顔をひきつらせてそう呟く。
『教えてくれてありがとうライムちゃん』
一方でルーガは、柔らかい表情でそう言ってライムを撫でた。
『それでライムの力を知ってくれれば』
『ライムちゃんは怖くなんてありませんよ』
『でも』
ライムは終わらせる存在、と呟くライムを、次にルーガは優しく抱き締めた。
何故抱き締められているのか、理解できずにいるライムにルーガは微笑み、喋りかけた。
『今話してくれたのは……、見せてくれたのは全部が今のライムちゃんの心ができる前の事だったじゃないですか。昔は昔、今は今、ファルちゃんはライムちゃんの事を怖いなんて言ってましたか?』
『……言わなかった』
そう、ファルはあの自分を見て、それでも尚「無事で良かった」と言ったのだ。
『でしょう? 確かに私達以上の力をライムちゃんは持っているでしょう。けど、それだけで私達はライムちゃんを怖がったりなんてしません』
それに……、と言ってから暫く間をおくルーガ。
『ライムちゃんみたいな可愛い子が、怖い訳無いじゃないですか』
悪戯っぽくそう笑いかけて、再びライムを抱き寄せるルーガ。結局の所、ルーガの中では可愛いが一番なのである。
『ファルちゃんも寝てますし、帰りましょうか』
『んっ』
『……アタシが完全に忘れられてるね』
オマケ。
壁から飛び降りたルーガは(ry
皆さんは三十メートルの建物からの紐無しバンジーは控えましょう。




