衝撃の再開
投稿遅れてしまい、申し訳ございません。
時刻は四時頃、アパカータ砦から見て南西の位置に建っているアシュトルス第二の防衛拠点『トルタン砦』で、数キロメートル前方のベクトリール軍とお互いに牽制し合うアシュトルス軍、その部隊長であるジャックは、つい数分前に此方へ転移してきたファルの部下にあたる兵士と共に司令塔へと赴き、向こうの状況を聞いていた。
「さて、現在のアパカータ砦の状況を聞こう。最初に言っておくが、見ての通りこちらの戦場も未だ睨み合いが続いていて兵力も五分五分、増援が欲しいこの状況での援軍は期待しないで頂きたい」
温められた水を喉に流し込んだ司令官は、最初にそう断ってから報告を聞く姿勢を取った。
彼は、最も兵の数が少なく最前線に位置するアパカータ砦を『第一防衛拠点』だと考えている。
アパカータ砦で敵軍を少しでも減らし、立地に関してはアパカータを上回るこの場所こそ本陣でベクトリール軍を迎え撃つ考えで、今この時まで時間を稼いできたのだ。
つまるとこ、今のこの砦にはアパカータ砦に援軍を送る気は更々無いのである。
司令官のその言葉を前に表情一つ崩さない兵士は、羊皮紙に書かれたファルの拙い字面の内容をそのまま彼等に読み聞かせた。
「ベクトリール軍は四分の三以上の無力化に成功、敵軍の投降により我々は勝利しました。味方兵士からの死者は百人に満たず、現在は防衛姿勢を維持しております」
「ぶっ……ゴホッゴホッ!」
「……予想していた以上の大勝利じゃないか」
司令官は水を吹き出しかけて咳き込み、ジャックは目を見開き、直後に笑みを浮かべた。
敗北を確信していた者と勝利を確信していた者、ファルの書いた報告書には、その両方の人物を驚かせるのには十分なそれがあった。
「殺す事ではなく、あくまで『無力化する』という事に重点をおいての作戦だったから、必要以上に前に出て戦う者が少なかったのが勝利に繋がった。と申してました」
「ファルがか?」
「はい」
確かに、攻撃より回避を中心に戦うファルならやりそうな作戦だったな。と納得し、微笑を浮かべたジャック。
「それと伝言を受け取りました。『援軍が必要だったら教えて』です」
落ち着こうと再び水を口に含んだ司令官が、また吹き出した。
「くっく……だそうですが?」
「……結構だ」
表情を悟られないようにと下を向いてそう応えた司令官に、勝ち誇ったようや笑みを浮かべ、兵士は椅子から立ち上がった。
「了解です。では」
納得のいかないような表情で退室した司令官を見届けるとほぼ同時に、ライアンが部屋に入ってきた。
「ジャック隊長、ファル達の方はどうでした?」
階級の問題で同席ができなかったライアンは、ジャックから情報を聞くために他人には声が届かない程度の距離でそう聞いた。
「これに纏められてる」
「っと、これは?」
「ありのままが書かれてるらしい」
差し出された羊皮紙の束を受け取り、中身を軽く拝見したライアン。
主に敵軍の隊長や自軍の兵の死者が記録されていたそれだが、戦争というものが未経験のライアンすらも最初の一行で驚愕させる程の内容がそれには書かれていた。
「私が見る限り、とてつもなく無茶苦茶なのですが……というか、え? 『アパカータ砦の防衛に成功、自軍死者五十九名。ベクトリール軍総勢二万四千八百、内一万三千の拘束に成功』、位を一つ間違えて報告しているのですか?」
同じ箇所を何度か読み返すが、当然ながら文面は変わらず、数ある突っ込み所の中からライアンはそんな問いを選んだ。
「いや、実際にその人数が向こうの砦に進軍してたからな、報告に間違いは無「ちょっと待って下さい」どうした?」
「ジャック隊長は、ベクトリール軍の半数がアパカータに来る事を知っていたのですか?」
急に表情を変えてジャックを見るライアン。彼女は、まるで予想していたかのように語るジャックに、「まさか一番危険な戦場にファルを意図して送ったのか?」という疑問を持って捨てきれないのだ。
決してそういう訳では無い筈、と心の中でそう思うライアンだったが、ジャックの返答はすぐに、それも自信の望まぬ形でやって来た。
「そうだが」
「何故ですか?」
その一言に、非難の混ざった問いで再び返したライアン。その瞳に失望の色が映っているのは、彼女がジャックに『兵士として』憧れを抱いており、そんな憧れの人物が仲間を危険に晒した事に落胆したのだ。
しかしそれもほんの数秒。
「ファルの作戦だ」
「……作戦?」
ふと顔を上げたライアン。
「前にも言ったが、あの砦が落とされたら俺達は間違いなく負ける、ならばそこを落とされない為に軍の大半をアパカータに配置する。そうベクトリールは考えるだろう」
「はい」
最前線というのもあって最も攻めてくる可能性が高いアパカータ砦は、他の砦以上に重要な、言わばアシュトルスの生命線なのである。
「なら、こっちの砦の守りが疎かになるとベクトリールは考える」
地面を足で叩きながらそう言う。数で負けているアシュトルスは、砦が一つでも占領されたら確実に劣勢となってしまうのだ。
「それでここの砦を守る為に軍の大半をここに?」
「そうだ。じゃないとベクトリール軍の数で押されてしまうからな」
「しかし、それの方がリスクは大きいのではありませんか?」
占領されたら確実に敗北する、そんな大切な場所にたったの五千という人数しか兵士を送らないのは、アパカータ砦を捨てていると考えても、ファルという戦力を捨てているのと同じなのではないのだろうか。
「俺も最初はそう思ったが、ファルの提案した作戦を聞いて、それが一番勝利の確実性が高いと判断して今に至るんだ」
「その作戦というのは?」
「それに書いてある筈だ、よく見てみろ」
言われるがままに文を読み進めていくと、中身はともかく見た目は子供のファルが考えたと解るほどに子供らしく、ぶっ飛んだ作戦が簡潔に説明された内容と共に見つかった。
「えと……、『巨大な落とし穴を複数設置、それに落として敵軍の戦力を削ぎ、敵軍の混乱を狙う』……落とし穴」
ユニークが過ぎるその発想に、先程までジャックを非難していた事を忘れてしまった程に驚いたライアン。ジャックはそんな反応を示した彼女の反応に苦笑しながら同情した。
「魔法結界が張られてたとしても、直接狙う訳では無いから発動が可能、少ない魔力で大勢を無力化できる。まず俺じゃ考えつかない発想だったな」
素晴らしい程に単純かつシンプルで効率も良いファルの作戦に、どうして今まで思い付かなかったんだろうな、と感想を呟くジャック。勿論、ファルがその作戦のみで勝利した訳では無い事も理解している。
たとえ五千だろうが、そんな人数を纏めあげ、損失を最小限に抑えて軍を勝利に導いたファルの手腕に、ジャックは驚いていたのだ。
「その作戦で作戦は成功、勝利したという事ですよね?」
ジャックに対する非難など、既に忘れてしまっているライアン。
「いや、まだだ」
「え?」
ライアンの言葉を否定したジャックは、戦場が突然騒がしくなったのを見逃さなかった。
「この砦を防衛しきって、始めて作戦は成功するからな」
「ベクトリール軍が攻撃!」
兵士の一人がそう叫んだ。
「ファルを倣って、俺達も勝利するぞ」
「はい」
トルタン砦での戦いが、今はじまる。
「ラーフ、兵の調子はどう?」
俺みたいな子供が一人、普通に入りそうな程巨大な鍋とにらめっこをしている俺は、鍋から目を離さずにラーフにそう聞いた。
アパカータ砦防衛戦は、たったの九時間を以て終了した。ベクトリール軍の最高司令官が投降したからである。
「問題ねぇっす。今は動ける奴等で食糧物資を調達してるっす。怪我人も大方が手当てを終えてゆっくりしてるっすよ」
「敵兵士は?」
「投降した兵士達に穴の底の兵を説得させたんで、今は殆どが大人しくやってるっす」
少し前まで、穴の中にいた兵士達が暴れるわ話を聞かないわで落ち着きの無かったベクトリール軍だが、今はかなり静かになっている。
やっぱ同志の声はちゃんと届くんだな。
「なら問題ないね」
「今拘束した兵士の人数を集計中っすけど、余裕で七千は越えてるっすよ、あれは」
穴の上から一人ずつ数えているので、どうしても時間が掛かってしまうのだ。
それにしても七千人以上とか、この砦の全兵士を集めても足りないじゃん。
「労働力の大量確保……これで本当に良かったのかな?」
「戦争に勝利したら、あの兵士達は全員アシュトルスの隷属下におかれるんで、心配は無いと思うっすよ」
生きている敵兵士を確保した場合、例の呪いこそ使いはしないが、捕縛された兵士はその国の奴隷となるのだ。
つまりは俺達が穴に落として無力化した兵士の大半は、戦争で俺達が勝利した時点でアシュトルスの統治下におかれるという事になる。
「それもあるんだけど」
「?」
「また別の方法もあったんじゃないかなってね」
「それは絶対ねぇっすよ」
即答で俺の呟きを否定したラーフ。俺も、一旦鍋から目を離して彼を見てしまった。
「隊長は、戦争に勝利する為に敵を全滅させるんすかい?」
「する訳無いじゃん」
こっちにも生き死にが懸かってるとはいえ、少しでも俺達に勝機があるようなら、勿論俺のただの我が儘なのは分かってるけど、殺さなくて済むようなら少なくとも俺はそれを選ぶね。
「でしょ? ならば限り無く死者の少なくなったこの作戦が、一番隊長の求めてた結果としては正しいんじゃねえっすか? 俺もまだ隊長と出会って数日しか経ってねぇっすけど、それ位は分かるっすよ」
「そう、なのかな」
「そうっすよ。少なくとも俺等兵士は、隊長の作戦があったから生きてるし戦いにも勝った。隊長に感謝してるんすよ」
正直、俺は正しい戦争というものを知らない。俺が「こうなってほしい」と願ったのは確かに誰も死なないという事だが、それは果たして正しい事なのだろうか? 「誰も死なない殺さない戦争」なんて、俺が偽善者を気取って口先から出た言葉なだけなのではないか? そう思って仕方がなかったのだ。
もしかしたら本当に、死者の出ない方法があったのかもしれない。そう思っていたが、少なくともラーフやその他の兵士は違った様だ。
「そう言って貰えると、俺も気が楽になるよ」
俺は、正しい戦争なんてものを知らない。それは何故か? 「正しい戦争なんてものが存在しないから」だろう。戦争の基準というものが存在しないのに、それについての回答を持った人物なんて、この世界だろうが前世だろうが存在する訳が無いのだ。
答えの無い疑問に、一々突っ掛かっていては元も子もない。俺は、そう割り切って自分の「正しい事」を今はやっていきたいと思う。
「そりゃあ良かったっす。んじゃ、夜に備えて食うっすよ」
気が付くと、鍋の中身は調度良い塩梅にに出来上がっていた。
「ほどほどにね」
「おおっ……なんか肉が豪勢っす」
「ルーガが取ってきてくれたやつを全部使ってみたけど、多すぎるかな?」
五メートル程のサイズの猪(潰撃猪というらしい)を三匹仕留めてきたルーガの要望で、肉のせいで野菜が見えないという肉盛り豚汁を作ったのだ。
少し張り切って作りすぎたので、もしかしたら余ってしまうのでは? と呟きながら作った、給食で使うようなサイズの鍋五個分の豚汁(というより猪汁)は、見事に腹を空かした兵士達の胃袋へと収まった。
少し前のベクトリール城。
「入れ」
見張りの兵士がなにやら騒がしくなったのを感じたマグナは、兵士が声を掛けるより早く入室を促した。
「し、失礼します王……」
「報告を聞こう」
恐らく、馬にも乗らずに走ってきたのだろう。行き絶え絶えの兵士が落ち着くのを待ってから、そう問う。
「我々ベクトリール軍……アパカータ砦での戦闘に敗北、兵士の半数を失いました……!」
「……詳しく話せ」
「はっ……!」
兵士は、アシュトルス軍との戦いを自身の知る限りの全てを王に説明した。
「……それで、帰還した兵士の大半は森へ入って生き延びた者のみとなっております」
かくいう彼も、司令官の命令で森を通って帰還し、途中で繁殖期の魔物によって部隊の半分を失った一人であった。
「それ以外は誰一人戻っていないのか?」
「はい」
眉間を抑えて玉座にもたれ掛かるマグナ。この短時間で軍の半分が敵によって失われるとは思いもしなかったからである。
「……他の砦の方は?」
「そちらは悶着状態が続いている状況です」
報告書を持った別の兵士がそう報告する。
(どうするか、このまま残る兵を送ったとしても同じ罠を踏む事は確実、あれはまだ闇が制御しきれていない。亜理子への対策は既に取られているだろうしな……)
通常は武官と共に新たな手を考える彼だが、今は別の場所で自身の仕事を全うしている。
リスクの駆け引きを考えつつ作戦を考えているマグナだったが……、
「……国に待機中の兵を残る二つの砦へ進軍させろ。確実にどちらかは攻め落とせ」
リスクの最も高く、最終手段を実行する判断を下した。
流石にこれには兵士も危険性を理解しているようで、確認の為にもう一度声を掛けた。
「アパカータは「別の戦力を送る」はっ」
即答で返ってきたその言葉に、何か勝機があるということを察した兵士は、その作戦命令を届けるべく足早に退室した。
誰もいなくなった王室、そこにはマグナ王が一人――
「……どうするか」
――作戦を練っていた。
「~♪」
「……本当に良く食うね」
「戦いの後の食事は最高ですね!」
潰撃猪の肉を幸せそうに頬張りながらそう言うルーガ。女王である彼女は、砦の一室に(兵士達によって)半ば無理矢理押し込まれ、今さっきまで大人しくしていたのだ。
「これじゃあ狩りに行けないじゃないですか~」と暇そうに足をばたつかせていたルーガだったが、俺が少し早めの夕食を持ってくると、目を輝かせながら態度を改め、今に至るのだ。
「言っておくけど、これからが本番だからね」
「分かってますって。今は英気を養う時なんですから、そう固くならないで食べましょうよ」
「少しは緊張感を持ってほしいな……」
つい一時間ほど前まで剣を振って暴れていたとは思えないような元気さで野菜炒めにがっつくルーガを見て、ほんの少し心配になってきた。
「まぁまぁ、女王さんの言ってる事も一理あるし、そんなんじゃ折角作ってくれた飯が不味くなっちまうさ」
「カトラさんもやっぱりそう思いますよね! やっぱり食べる時は食べないと!」
同じく同席しているカトラさんが、どこから取り出したのか酒を呷りながらルーガを庇護する。
なんでも、戦場での唯一の同性というのもあって意気投合したんだとか。
「太るよ?」
「これくらいじゃ太りませんよ。というか、今の私って栄養が足りてないと思うんですよね」
「……毎日あんなに食べてるのに」
日々の食事量でも体の体積に変化が無いのは毎日必ず動いてるからだろうが、流石に栄養が足りてないというのは無いだろう。
「だって、全然成長しないんですもん」
……あ、納得。
ぺたん、とした胸部に手を当てながらそう言うルーガ。きっとまぁ……、そういう事なのだろう。
(もう手遅れなんじゃ……)
『隊長』
ルーガ達ととりとめの無い会話をしている俺の頭に、蟋蟀から緊急の連絡が入ってきた。
「あ、ちょっと待ってて……『どうした?』」
『前方に敵影……何だありゃあ。とにかくでけぇ何かが近付いてきやす』
要領の得ないそれに、無意識に首を傾げた俺。
『何か……? 分かった、すぐ行く』
「どうしたんですか? もしかして敵?」
「それにしては早すぎな気がするねぇ」
「俺も詳しくは分からない。とりあえず見てみよう」
「お待たせ、何がどうしたの蟋蟀?」
「あれを見てくだせぇ」
蟋蟀が指差す方向、ベクトリール軍がやって来た場所から、報告通り巨大な何かがこの砦に向かって来ている。
夜が近付き、周囲が薄暗くなっているので良く分からないが、不規則に動く何かだ。
「見てくだせぇや。あれが触った木、全部枯れてやがる」
「……嘘だろ」
ルシアの【神察眼】で向かってくる巨大物体を視認した俺は、驚きで目を見開き、離せないでいた。
「ライム……?」
それは、サイズこそ違えど見間違える筈がない、数日前に忽然と姿を消したライムであった。




