狂った茶会
「何でライムが……?」
数キロメートル前方から木々を薙ぎ倒しながら近付いてくる巨大な生物を目の当たりにして、俺の口からごく自然な形でライムの単語が出てきた。
そう、ライムだ。【神察眼】でほぼ真昼と同じように見えるその透明で不規則な形状、そして何より、あの体から今も漏れ出ている魔力は、ライム以外の他でもない。
『御主人様、粘性魔物から漏れ出る魔力から、別の人物のものを確認しました。恐らく……』
「……亜理子か」
『はい、例の技能でしょう』
初めて亜理子と対峙した際、岩を生物のように変化させて操っていたのを思い出した俺。きっとあれでライムを操っているのだろう。
『数日前にベクトリールにて岩守護人形を粘性魔物が無力化させた際、粘性魔物は岩守護人形の核を吸収しておりました。あくまで推測ですが、あの時に吸収した技能の力が粘性魔物を操り、侵食していたのでしょう』
どうしてライムがあの時消えたのか、今のルシアの言葉で納得した。
つまりはあの時、既に操られてたという事だろう。
「ファルちゃん、あれって……」
猫の獣人で夜目の利くルーガが、少し遅れてその全貌を目にして驚く。
「うん、ライムだよ」
俺はそれに肯定するように頷き、答えた。そしえその言葉に、未だ輪郭しか捉えられていないカトラさんとラーフが反応した。
「あのスライムかい? にしては随分とデカイが……」
「スライム……えっ!? あれがスライム!? 丘みたいなサイズじゃねぇっすか!」
通常、スライムという生物は成長する事は一切無いが獲物の吸収で体積を増やす事が可能らしい。しかしそれは一時的な変化であって、あんなサイズには絶対にならないらしい。
「なんであんなにデカイのかは取り敢えず置いておくとして、どうしてあのスライムはアタシ達に向かって来てるんだい?」
「……俺がベクトリールから戻った次の日から、急にいなくなってたんだ。……多分ベクトリールに操られてる」
カトラさんには既に俺がベクトリールに行って亜理子に襲われたという節の話はしているが、まだライムがいなくなっていた事は話していなかった。
俺のそんな簡単な経緯と推測を聞いたカトラさんは、成る程ね、と頷いて再びライムに顔を向けた。
「何だかよく分からん話をしてやすが、この状況をどうするんで? 早く下の兵に指示をしてやんなきゃあ、混乱じゃあ済まない事態になっちまいやすよ」
ラーフと共に話に付いていけていない蟋蟀が、しびれを切らしたように俺にそう聞いてきた。
「分かってる……もう少し待って(ルシア、どう?)」
『……技能に【解析鑑定】を無効化されましたので断定は出来ませんでしたが、少なくともあの粘性魔物のみが有していた『意思』を全く感じ取れません』
そう報告したルシア。俺はルシアに、今のライムがどのような状態なのかを確認すべく様々な方法で調べてもらっていたのだ。
「(操られてるのは確定なんだな)……よし、『全軍に告ぐ!』」
俺は声を張り上げ、『風届』で兵士全員に呼び掛けた。幸い、今は砦の頂上でのみライムの姿を確認できるので、下の兵士達に混乱は無かった。
『今、巨大な魔物がこのアパカータ砦に向かってきている! 確実にベクトリールの差し金だろう、魔法に自身のある兵は砦頂上へ向かってくれ! 直接『攻撃』を行う!』
「ちょっ……ファル」
カトラさんが驚いた様子で俺を見てきたが、それを軽くスルーして俺は続ける。
『その他の兵士は巻き込まれないように一時待機! ベクトリール軍の奇襲に備えろ!』
『『はっ!』』
俺の命令で全員が即行動に移りだした。
「あのスライムは仲間じゃあ無かったのかい?」
「ライムは敵に操られてるんだ。俺が絶対に元に戻してやる。けど、ライムには生半可な攻撃は効かない」
全属性に耐性を持っているので、兵士達の魔法による波状攻撃だろうが余裕で耐えるだろう。しかしそれでも多少の足止めにはなる筈だ。
「……確かにそうだね。じゃあ、本当にそれで良いのかい?」
「……今のライムは、俺達の敵だから」
できる事なら攻撃をしたくはない。そう言いたいのをぐっと堪えて俺はそう答えた。
そんなファルの、決意の込められた眼差しを見たカトラは頷き、自身の胸をドン! と叩いた。
「よし分かった、アタシ等で何とかしようじゃないか」
「ライムちゃんを元に戻しましょうファルちゃん。私達の手で」
ルーガもカトラに倣って胸を叩き、そして物悲しそうな顔をしながら自身とカトラのの胸部を見比べる。
……見なかった事にして、俺は周囲を見渡す。
「……いた。皆はライムをお願い」
俺は上空をふわふわと浮いている亜理子を発見し、近くまで転移した。
「亜理子」
突然の俺の登場に驚いた様子の亜理子だが、直後に笑みを浮かべて俺を見た。
髪はボサボサに乱れ、目の下には隈ができている。その姿は、数日前とは随分かけ離れた酷いものとなっていた。
「自分から出てきてくれるなんて、有難う、お陰で探す手間が省けたわ」
「ライムをあんな状態にしたのはお前だな」
間髪を入れずにそう問いた俺に怪訝そうな視線を向けた亜理子は、すぐに表情を戻して俺を見下ろした。
「言う義理なんて無いわ。貴方は今から私に殺されるんだから」
そう言って両手に魔力を籠始めた亜理子。その禍々しさは数日前の比ではない。
「さぁ、今度こそ死んで!」
数日前、
ファルを逃した事によって、ほぼ確実だった勝利がほんの僅かに遠のき、新たに作戦を練り直す事となったベクトリールの王。
「王! 巨大な魔物がベクトリールに向けて進行しています」
そんな彼の書斎に、一人の兵士が焦った様子で飛び込んできた。『幻霞闇影』の一人、幻である。
「魔物? 巨大とはどの程度だ?」
「国の門を破壊しかねません」
自国を象徴する建造物の一つである巨大な門、それを破壊する程の魔物とは……。そんな疑問が浮かんだマグナだが、戦争前の今、国に損害を出すのはマズイという王としての使命感が働き、瞬時に行動までの指示を出した。
「……とにかく食い止めろ」
「はっ」
そして再び自身の仕事に戻ったマグナ。
その部屋に、先程まで共にいた筈の亜理子がいなくなっていた事に気付くのは、まだもう少し先の事。
「っ! こいつ、魔法が効かない!」
「逃げるな! とにかく魔法を放て!」
「このままでは国にこいつが突っ込む事になる、それだけはなんとしても阻止するんだ!」
兵士達の必死な魔法による攻撃をものともせず、強制スクロールの様に容赦なく進み続けるライムに、思わずたじろぐ兵士達。
しかし、そんな進行を続けていたライムの目の前に一人の女性が現れると、ライムの動きはピタッと止まった。
「……大きい、スライム。……もしかしてあの子供と一緒にいた……?」
まるで蝋が固まったかのように動かない。それは、現在も魔法の波状攻撃を受け続けているライムも同様だ。
しかしそれも一瞬。亜理子が形相を変えて自身の技能放った。
「操り人形になりなさい!」
形を変化させ、己の意のままに操る事ができる技能の攻撃、しかしそれは、水に溶ける雪のようにライムの中で霧散した。直後、ライムの体が更に巨大化し、文字通り津波の如く亜理子を飲み込まんと襲い掛かる。
「ッ!? 何で……何で効かないの!」
後ろへ飛んでライムの攻撃をかわした亜理子は、自身の攻撃が一切効いていない事に激しく狼狽した。
「効いて、ねぇ効いて! 効きなさいよ!」
何度放っても効果の無い、そんなライムに向かって吠えながらも、池に雪玉を放り込むように魔法を放ち続ける亜理子だったが、やがて攻撃の手が止み、絶望感の漂う表情でその場に立ち尽くした。
「……また駄目になっちゃう……パパの期待に応えられない……」
ライムによる二度目の攻撃が亜理子を襲うが、当の彼女はその場から動く気配がない。
ブツブツと呟きながら髪を雑に掻く亜理子にライムが覆い被さろうとした瞬間――、
【ユニークスキル:夜妖精の悪戯が『狂った茶会場』へ進化しました】
どこからか聞こえてくるその声と共に、突如苦しむように次々に形を変えるライム。
その中から亜理子が姿を現す。
「やった……効いたわ! ねぇパパ、見てくれてる? 私やったわ!」
動かなくなったライムを眼下に見下ろしてそう高笑いする亜理子。
兵士達は、その一部始終をただ眺めている事しかできなかった。
「くっ……ってぇ」
「あはは! 当たった!」
亜理子の放つ攻撃に吹っ飛ぶ俺を見て、そう狂ったように笑う亜理子。
前回戦った時とはまるで違う、技能を駆使した肉弾戦に、俺は苦戦していた。
『技能が進化しています』
どうやら、亜理子の周りには常にあの技能が発動する様になっているらしく、攻撃の寸前に地面が変化して俺の足を拘束して、亜理子の魔力が籠められた拳によって俺にダメージが蓄積される。
亜理子が体術に関して素人だったのが幸いか、攻撃を防ぐ事はできるが、ただてさえ片腕が不自由な俺が不利なのは変わりない。
「まだまだいくわ! 死んで!」
俺の両足が完全に動かなくなったのを確認した亜理子が、岩程度なら破壊しかねない程の魔力を拳に纏わせて殴り掛かってきた。
流石の俺でもあれはガードでは防ぎきれないだろう。
「な、っめんじゃ……ねぇぞ!」
「っつあっ!」
顔面目掛けて飛んできた拳を、紙一重で避け、胴体へ思いっきり一撃を叩き込んだ俺。
焦ったせいで力加減を間違えてしまい、柔らかい感触と共にメシメシッ! と何かが潰れる音がした。
『肋骨の亀裂骨折です。内臓や重要器官への損傷はありません』
「少しの間寝てろ!」
首の裏側、急所の部分を狙って俺は拳を振った。
アニメでよく見る『当身』というやつだ。絞め技で気絶させる以外の手段として、ルーガの指導の下、少し前に完成させたのだ。
「あぐっ! パパ……!」
その言葉を最後に意識を失った亜理子。
「ふぅ……どうしようか」
何とか気絶させる事はできたが、流石にライムを何とかするまで寝ていてはくれないだろう。
『【魂離脱】で魂を本体から分け、【万物吸収】で魂を保管する事を推奨します』
突然ルシアがそんな提案をしてきた。
(どうして?)
『技能というものは魂に刻み込まれるもの、つまり魂を別の場所に隔絶させてしまえば、封印と同じ原理で技能を封じる事ができます。幸い、御主人様には【万物吸収】がありますので、内側から技能を使用されても問題な無いでしょう』
つまり亜理子の体と魂を別々にしてしまえば、もしかしたらライムを操ってる技能も消せるかもしれないという事だろう。
亜理子の技能は俺には通用しないし、上手くいけばこのままライムも元に戻せる。
(成る程、やってみる)
『はっ……!』
目を覚ました亜理子。
先程まで戦っていた事を思いだし、その場から飛び退く……が、空に浮いている訳ではない謎の浮遊感に、不思議なものを感じていた。
『ここは……どこ?』
気が付いたように辺りを見渡す。しかし、そこには何もない空間が広がっているだけ。
『何? 何なの……?』
真っ白に覆い尽くされた空間に自分だけ、自分の声だけが鳴り響く。そんな虚無に、亜理子は恐怖していた。
『五月蝿いわね……人の中でも黙れないのかしら?』
『ひっ……何処? 誰っ!?』
声がするのに、誰もいない。亜理子の恐怖は更に強くなり、無意識に【狂った茶会】を発動させた。
『無駄よ。貴方の技能は此処では通用しない』
『来ないでっ!』
スゥ……と姿を現したディメアを見た亜理子は、顔を引き攣らせながら魔法やら何やらと連発する。
しかしそれはディメアに当たる事無く、魔法が自ら反れて彼方へ飛んでいく。
『はぁ……ちょっと黙ってなさい』
溜め息と共にそう言い残して消えたディメア。亜理子の周りの空間だけ隔絶させたのだ。
再び誰もいない何もない空間に取り残された亜理子。 暫くは呆然としていたが、やがて叫びだした。
『イヤ……こんな所で一人なんて嫌! 誰か出して! パパ助けて!』
彼女は知っている。この世で最も恐ろしいのは死ではなく『孤独』という事を。
オマケ
【狂った茶会】
【夜妖精の悪戯】の上位互角。自身の周囲十メートルの物体、生物を変化可能で、コモンスキル【闇属性攻撃耐性】を無効化可能。




