開戦
「……あら、気付かれてたのね」
「どうした?」
霞の独り言に反応した王。
「【風聴】で敵情報の収集を試みたのですが、子供冒険者に感知されました」
少し悔しそうに霞がそう報告した。
「あれを感知だと? そんな事が可能なのか?」
「……私以上の力を持つ精霊がいたら、おそらくは」
「王、【風聴】は上位精霊を使役して風を集める魔法です。こと風属性に関しては天賦の才である霞の上を行く等、それこそ霞の守護精霊を越える力を持つ精霊を使役しない限り不可能です」
霞は、生まれながらに風属性の精霊を守護に持つ人物なのである。
精霊とは属性の化身であり、この世に存在する属性そのものの『七星龍』の卷属である。
精霊には意思が存在し、人に召喚され、力を貸す精霊、生まれつき素質のある人間を守護し、対話が可能な精霊がいる。霞は後者であり、生まれつき風の精霊に好かれる体質なのである。
「相手は能力が未知数、俺の隠密すら見破った相手。だから可能なんだろう」
静かにそう語る壮年の男性は、身を潜めての行動を主とする『影』である。
十八番の隠密を見破られた彼だけは、他のメンバー以上にファルを警戒していて、今も数ある可能性を全て『子供冒険者なら可能かもしれない』としている。
「幻からの連絡も数日前に途絶えた。これで敵の情報を探るのは不可能になった。どうする?」
「幸い、子供冒険者は【風聴】の解除までには至っておりません」
霞の言葉を聞いて暫く考えた末、王がこんな指示を出した。
「霞は現状を維持、影はベクトリールにて幻の安否確認と情報収集。闇は分かっていると思うが――」
「はい、例のあれですね」
神妙な顔つきで頷く王。
人を操って情報を収集する事に長けている彼は、王にこれから任される事の重大さ、危険性を承知の上で平静を繕っている。
「頼めるか?」
「「無論です」」
バッ、と全員が一瞬の内に消えた。
そして王以外、誰もいなくなった王室。
「……亜理子」
「分かってるわ」
カーテンの向こう側、子供部屋のように散らかったその場所に、亜理子はいた。
虚空を見つめながら亜理子は、怒りと恐怖の入り交じったような不安定な声音で答えた。
「あの時に逃がしちゃった分も……全部全部全部、あの子に返してあげるわ」
パパの為に……と呟きながら何も無い場所へ手を伸ばす亜理子。
「前列からの報告はあったか?」
「敵兵士現れる気配無し、だそうです」
アパカータ砦を攻めるベクトリール軍の司令官は、アシュトルス軍の動きの無さに疑問を抱き始めていた。
「ここまで進軍しているのに、敵兵の一人すら現れないとは……アシュトルスは何を考えているのだ?」
「罠か何かでしょうか?」
「だとしたら悪手だな」
上空を飛行していた鷹にとある魔法を掛けた司令官は、そうバッサリと切り捨てた。
「仮に誘い込んでいるのだとしたら、俺達は人海戦術を用いれば良い。それに、この軍は魔術による巨大な結界で守られているのだ。大規模魔法が来ようとも数発は防ぐ」
司令官は、早い話勝利を確信しているのだ。その表情には既に勝ち誇っているものがある。
「成る程、この場所に兵の大半を設置したのは良案だったんですね」
「そういうことだ。この「司令官」どうした?」
後方から別の兵士がやって来た。
「たった今、本国より報告がございました」
「何だと、王からか?」
「はい、『敵国は籠城戦を行う模様。幹部情報故、信憑性高し』とのこと」
羊皮紙に書かれた内容を読み、最後に司令官に手渡した。
再度読み返した司令官は、その羊皮紙に押してある印が本物であることを確認して兵士に返した。
「幹部……幻霞闇影の事か。分かった」
では、と言って立ち去った兵士を見送り、白く発光する石を取り出した。
「籠城戦、どうしますか?」
「無論、攻めるまでだ。アシュトルスの王は戦を知らん阿呆みたいだな。一気に攻め入って終わらせるぞ」
「はっ」
そして、同じ石をもつ相手と会話が可能の魔導具に『開戦』の命令を放った司令官。
戦争が始まった。
同時刻
「……見えてきたっすね」
「始まるか……」
「怖いっすか?」
ファルの様子の変化を感じ取ったラーフ。見ると、ファルの見張り台に置かれた手が微かに震えていた。
「……誰かが死ぬ、殺すっていう事がね」
『御主人様……』
恨み心で殺した大地の時でさえ、足が震えて言うことを聞かなかったのだ。恨んでもいない相手と戦って殺して、味方が殺されるのを見て……俺はそれに耐えられるだろうか。
「なんだ、隊長も普通な所あるじゃん」
「……ん? それはどういう……」
どこか「俺は普通じゃない」と言われているような気がして思わず聞いてしまった。
「俺は、今まで隊長は修羅場を潜って生きてきた人物で、恐れる物は何も無いっつう人物だと思ってたんすよ」
「俺だって怖い物の一つや二つ、普通にあるから」
そう返した俺。「冗談っすよ」という言葉を聞いた俺は、少し気が楽になった。
「今はそんな事言ってる場合じゃないね」
「そうっすよ」
両手で頬を叩き、今の事に意識を向けた俺。
「よし、やってやるか」
「勝って戻って、一杯やるっすよ」
「……全軍注目っ!」
俺は出るだけの声を振り絞り、全員に呼び掛けた。
「あと数分もしない内に此処は戦場になる! それはつまり、生きるか死ぬかの戦いだ」
全員が黙り、静かに俺の言葉に耳を傾けている。
「この戦場が多勢に無勢なのは知っての通りだろう。けど、数が全てじゃないという事をベクトリールに、他の国に教えてやろう!」
「「おぉっ!」」
「全員、行動開始!」
俺達の、国を懸けた戦争が今始まる。
「司令官、突如アシュトルスの兵が進軍を開始したという報告が」
「構わない、進めろ」
「はっ」
命令を受けて野営地を出た兵士。
司令官は顎に手をやって考えに耽る。
(籠城と思わせておいての進軍……いや、悟られないようにそう見せているだけか……?)
そう一人呟き、目を閉じた。
先程鷹に掛けた【傍受】で、前方の戦場の様子を見ているのだが、
「こ、これは……」
鷹の目には、突如出現した巨大な穴とそれに吸い込まれるように落ちていく兵士達が映っていた。
「司令官! 前列およそ千二百名の兵士が「分かっている!」」
「何なんだ、あれは」
突然目の前の兵士達が大穴へと落下し、それに戸惑う兵士達を、黒い服に身を包んだ少女が襲う。
そしてそれに追随するかのように大柄な女性が、大剣を振るって二、三人を一気に凪ぎ払う
「急いで兵を後退させろ!」
「巨大な穴のせいで後退できません!」
巨大な穴は前方だけではなく、退路を塞ぐかのように後方にも開いていたのである。
「森を通れ!」
「しかし……「これ以上兵に損害を出す訳にはいかない!」はっ」
今は魔物の繁殖期、危険を承知でそう命令する司令官の元へ、別の場所から慌てた様子の兵士が次々と走ってきた。
「五班、十二班からの連絡が途絶えました!」
「第八小隊の魔術兵死亡! 結界の維持、困難!」
「ひ、引け! とにかく体勢を整えるのだ!」
想像を絶するアシュトルス軍の攻撃的に混乱を極めるベクトリール軍。
司令官も情報の量に退避以外の命令を下す事ができない状況に陥っている。
「アシュトルスが中規模魔法! 今の攻撃で第六小隊も壊滅しました!」
「何だと!? 今の被害状況は!」
通信用の魔導具越しに現状を確認した兵士の一人が、顔を青くしながらも報告する。
「第九小隊までが全て全滅、三中隊と連絡が取れません! 後退すべく森に入った兵も音信不通、全体の被害はおよそ七分の一に及びます!」
「くそっ、隊列を乱すな「背後から敵の接近を確認しました!」背後だと!?」
「だ、第四大隊隊長が無力化されました!」
結界が機能せずに退路も塞がれた彼等は、アシュトルス軍の策略に翻弄され、どんどんと戦力を削られていく。
「何としても退路を作れ!」
ベクトリール軍の戦力が半分にまで減少する、ほんの一時間の事であった。
『御主人様、『土罠』作動しました』
半日仕込みで完成させた巨大な落とし穴が問題なく機能したのを確認し、ひとまずは安堵の溜め息を吐いた。
あの穴は、この砦に到着した俺達が最初に作った罠で、土属性魔法の1つ『掘削』を使用して地下に巨大な穴を兵士達全員で作ったのだ。
そして『土壁』という、文字通り土の壁を作って穴に蓋をして形を整えたのだ。
『土罠』は対象の地面を砂状に変化させて動きを阻害させる魔法なのだが、これを空洞になっている地面に使用すると、脆くなって数百人の重量に耐えきれなくなった土壁は自然崩壊、解除不能の土壁を突き破って深さ数十メートルの穴に兵士達が落ちていったのだ。
敵兵士だとしても、そんな無闇矢鱈と死なせたくは無かったので、穴の底は水属性魔法で泥沼のようにしてある。
「よし、『陣形を『嵐』に……突撃!』」
俺は、兵士達全員に自信の声を届ける『風届』を使用してそう命令、前方に残った百数十人の兵士を片付けるべく、百五十人の兵士を突撃させた。
陣形の『嵐』とは、四人一組でそれぞれ直接攻撃二人、支援攻撃、魔法での防御という組み合わせで兵士を敵軍に突撃させ、リスクを少なくして敵兵を減らすのが目的の陣形である。
冒険者のパーティー編成からヒントを得た。
『三十箇所から魔法、そっちに向かって飛んでいやす』
しかし敵軍も黙って見ているだけではない。
最も兵の集まっている場所――俺の今いる辺りだ――に魔法を放ってきたベクトリール軍。
指示が行き届いてなかったのか、バラバラにこちらへ向かってきている。
「こっちに飛んでくる魔法は俺が何とかする!『蟋蟀は魔法の準備! 装備の質の良い兵を狙って魔法を収束させるんだ!』」
『わぁってます』
俺は蟋蟀にそう命令した。
蟋蟀は長距離支援……所謂スナイパーで、長距離での攻撃魔法を得意としている。
「カト……虎狩人と地獄猫、お願い」
穴の手前の敵兵士があらかた片付いたのを確認し、後ろで待機していたカトラさんとルーガを出撃させる。
攻撃や防御をオールラウンドにこなしてくれそうなカトラさんは『虎』、ルーガは猫の獣人という事もあって『猫』という名前にしようとしたのだが、「虎と比べて凄い弱そうじゃないですか!」という無意識の自虐をしていたので、防御を一切考えてなさそうという事で地獄を追加させた。
「任せな!」
「何で私は虎じゃないんですか!」
「お前は猫だろ! というか、わざわざ要望聞いてそれっぽく名前付けたんだから、我慢して!」
いまいち納得していない様子のルーガを何とか送り出し、大穴に土壁で橋を作り、再び戦場に目を移した。
カトラさんは剣を放り回して敵兵士を凪ぎ払い、ルーガは兵士達の僅かな隙間を縫って兵士の急所を狙って一撃で仕留める。
そんな二人の無双劇を、味方兵士も唖然とした表情で見ている。
『結界が消えやした。属性魔法が撃てやすが、どうしやしょう』
『小隊を吹き飛ばす位のやつを右方面に!』
誰かが結界を張っている兵士を倒したのだろう、本領の発揮できるようになった蟋蟀に、味方兵士のいない場所への攻撃を命令した。
そして俺も、二つ目の落とし穴を発動させる。
『二回目いくよ!』
「「『はっ!』」」
今度は一番後ろ、敵兵士の逃げ場を無くす為の大穴を開けた。
どんな様子かは分からないが、兵の大半はこれで逃げられなくなっただろう。
「疎らになったな。『陣形を『象』に、進軍して!』」
俺は敵兵士の減少を確認し、大穴を渡らせて敵の本陣に突撃させる為に、『嵐』以上に防御と火力を上げた『象』という六人編成の陣形に変化させて土壁の橋を渡らせた。
「隊長、『蛍』の裏取りが完了したみたいっす」
報告を受けたラーフが、俺にそう報告した。
蛍とは、地中を『掘削』で移動して敵軍の背後を取る、奇襲部隊である。
「分かった。『蛍は、そっちの敵兵の注意が全部向こうに向いたと判断したら突撃!』」
こちらからだと様子が見えないので、敵の程度を見て行動させる事にした。
「そろそろっすかね」
「だね。『全軍、敵兵を押し込んで数メートル撤退! すぐにに三回目いくよ!』」
次は中間、敵軍を少しづつ減らす為に等間隔で穴を開ける。
ちなみに、大穴はあと四ヶ所残っていたりする。
「よっしゃ! 結構落ちたんじゃねぇっすか? あれ」
「狙ったからね。今の被害状況は?」
【観察眼】という技能を持っているラーフは、味方兵士の状況報告と被害報告をやってもらっている。
「死亡十五の重症三十、軽症は沢山っす」
「軽症はいいや、重症をこっちに運んで。俺が手当てする。死者も……出来る限りは俺の所に」
「……? 何で死体を?」
「国に遺族がいるだろうし、何よりも俺の命令で死なせたんだ。……その事をね」
不思議そうに首を傾げるラーフ。
「俺にゃ良く分からんっすけど、伝えとくっす」
少し表情の陰ったファルに気を利かせたのだろう。ラーフはその場を後にして近くの兵士に軽く指示を出している。
そしてファルも、頭の中に浮かんでいる事を振り払って戦場に集中する。
『穴に落ちた兵士、どうしやすか?』
俺が用意した魔力の塊を使って魔力を回復させた蟋蟀が、そんな事を聞いてきた。
ツボのように壁を反らせているので、『掘削』で上がる事はできないので無視させていたのだが、念を押しての質問なのだろう。
『死なない程度に放っておいて。多分逃げられないと思うけど、穴から出た兵士は下に落とす程度の攻撃をして』
『ういっす』
「次のやつで敵の人数も俺達と同じ位になると思うから、その時は俺達も出るよ」
「やっと俺も戦えるっすか」
獰猛な笑みを浮かべるラーフ。やはり彼は戦闘が性に合っているのだろう。
「それじゃあ『四回目いくよ!』」
「「『はっ!』」」
オマケ
【傍受】
対象の視界を盗み見る闇属性の魔法。
『土罠』
地面を柔らかい砂に変化させて対象のバランスを崩させる土属性の魔法。
『土壁』
土を固めて巨大な壁を作る土属性の魔法。
普通は橋として使わない。
『掘削』
文字通り土を掘る魔法。
『嵐』『虎狩人』『地獄猫』『蟋蟀』『象』『蛍』
全て戦車ネタです。
駆逐戦車って良いですよね!(知らない方すいません)




