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2、奴隷執事

「うわぁ……すげぇ」


煌びやかな装飾の施された大きな館。入口にある門は特に豪華で、主の潔癖さを匂わせるほど白く傷一つついていない。

門をくぐると本館に繋がる白い道の脇に、壮大な花畑が広がっていて花の香りが辺りに漂っている。

見たことのない中世ヨーロッパのような豪華な佇まいに、思わず素直な感想が漏れた。


「ふふ、すごいでしょう? ここの花畑」

「あ……はい、とても綺麗です」


俺の独り言を拾い上げたフィリアが、振り返って自慢げに微笑んだ。

返事が返ってくるとは思わなかったため少し動揺したが、すぐに姿勢を正して返事する。侯爵のご令嬢ということもあり丁寧な態度を心掛けなければ。

フィリアは辺りの花々を見渡しながら楽しげに歩いている。


「ここの花畑ね、私も育てるの手伝ってるんです」

「へえ、そうなんですか。丁寧に育てられたんですね」

「ふふ、そうなんです」


瑞々しい美しさを放つ色とりどりの花は幻想的な雰囲気を作り出していた。

その中を微笑みながら歩くフィリアの姿は、輝く金髪と華やかなドレスと相まってお伽噺のワンシーンを連想させた。


庭の整備なんかは使用人の役目ではないのだろうか。やはりフィリアは普通の貴族とはどこか違うようだ。庭を褒めると嬉しそうにしていた。


奴隷と侯爵の位を持つレイリスの令嬢が並んで歩くわけにはいかないため、一方後ろを歩いているのだが、それでも警備員や護衛の男からの視線が刺さる。恐らく会話をしているからだろう。フィリアが望んでいるからこそ見逃されているが、そうでなければ今頃俺の命はない。それ程までに奴隷への差別は厳しいのだ。単に俺の敬語が拙いというのもあるだろうが。


やがてその長い道を歩き切り、本館への扉へと辿り着いた。

その館の大きさに見合う、前に立つと全貌を収めきれない大きな扉である。

扉の前に控えていた警備員が俺たちの前に立ち、その扉を開いた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


見るからに高価なシャンデリアが照らす廊下に、使用人と思われる人々がずらりと列を作り、フィリアを見るなり一斉に礼をした。タイミングは絶妙にあっており、よく洗練された使用人であることを窺わせる。


見たこともない圧巻な光景に委縮していると、フィリアが後ろを振り向いて笑んだ。


「アルフォンさん、レイリス家にようこそ」


もったいなすぎる歓迎の言葉に、使用人たちの視線が一斉に俺を射抜いた。

背筋に何か凍るものを感じつつ、曖昧に笑ってフィリアの言葉に返す。

楽しそうに笑顔を振りまくフィリアの後ろで、ひどく場違いな気まずさを感じながらもその歩を進めた。






黒と白のコントラストが美しいやけにサイズがぴったりな執事服を、慣れない手で着ていく。

生地の触り心地だけでも高級品だというのはすぐに分かった。俺がこの世界どころか前世でも着たことのないような服だ。

服に袖を通すとき、ボタンを留めるときに手が震え、無駄に時間がかかってしまった。


「うん! すごくお似合いですよ」


着替え終わったことを報告すると、フィリアは舐め回すように全身に目を走らせて、満足げな顔でひとつ頷いた。お気に召したらしい。

俺自身としてはコスプレの様でなんとなく気が乗らないのだが。


とはいえ、俺の格好よりももっと重要なことがあった。


「フィリア様、私ごときに敬語をお使いになるのはお止めください」


貴族に対する態度なんてわかりはしないが、とりあえずできる限り丁寧な口調を努める。

フィリアが俺に敬語を使うせいで、周りの使用人たちの目が痛くて仕方がないのだ。


「えっ! ……じゃ、じゃあ、アルフ君って呼びますね、いや呼ぶね」

「はい、お願いいたします」


どことなく顔の赤いフィリア様がたじたじに言った言葉に、即座に頷く。そうしてもらわないと、ここで生きていける気がしない。

今も向かい合っているフィリア様の背後からの視線が冷たいのだ。


玄関ホールにて盛大な歓迎――といっても本当の意味で歓迎されたのはフィリアのみだが――を受けた後、俺はフィリアの命を受けた使用人に案内され、風呂へと入った。この世界に来てから初めての風呂である。前世の記憶があるせいで風呂に入れないというのはきつかったが、その分初めての風呂は最高に気持ち良かった。煙のこもる不衛生な場所に2年もいたためか、酷くぼさぼさになってしまっていた髪も艶を取り戻していた。


さっぱりとした俺が次に案内されたのは、フィリアの自室だった。

シャンデリアや天蓋のついたベッドという、いかにも貴族の令嬢といった豪華絢爛な部屋である。


みすぼらしかった俺の服は、新品の執事服へと変えられている。

どうやらフィリア様が何故かわがままを言ったらしく、俺は奴隷としてではなく執事としてレイリス家に仕えることとなったのだ。


もちろん、左手の甲の烙印にはすでにフィリアの血が流し込まれており、契約は終わっている。今は執事服と同じく新調された真っ白な手袋をつけているが。


「アルフ君、アルフ君も私のこと呼び捨てでいいよ」


照れ交じりの嬉しそうな顔のままにフィリアが爆弾を落とした。

投下されたとたんに、この部屋の入り口付近に待機する護衛二人の殺気が俺へと向けられる。

頼むからこの状況に気づいてくれご令嬢様……!


冷や汗を背中にだらだらと流しながら、護衛たちを刺激しないように慎重に言葉を選び返事をする。


「いえ、フィリア様。私にはもったいなきお言葉でございます。お心遣いは大変嬉しいのですが……」

「そ、そっか」


自分の言葉の意味を考えようやく分かったのか、どこか申し訳なさそうに悲しそうにフィリアは頷いた。項垂れた肩のまましばらくしょぼくれていたが、やがて妥協案を思いついたようだ。


「そしたら、アルフ君もお嬢様って呼んでくれない、ですか? あの、えっと、ここの使用人たちはみんなそう呼んでるんだけど」


だんだんと恥ずかしくなってきたのか尻すぼみになっていく言葉。それにあわせて、もともと小柄な体が縮こまっていく。


更にコスプレみたいで恥ずかしいんだが……。

ここで断るのもどうなんだろうか。

ちらりと横目で護衛たちの様子を確認すると、待たせるとは何様だ、早くしろとでも言いたげな雰囲気だった。殺気は大分収まったものの、やはり刺々しい。


しばらく考えた後に、頷いた。


「はい、ではそのようにお呼びさせていただきます。お嬢様」

「……ありがとう!」


返事を聞いて顔を輝かせるフィリアの姿に、思わず頬が緩んだ。気弱そうな態度も関係しているのか、どこか庇護欲を掻き立てられたのだ。

直後に浴びせられた殺気のせいで、すぐに無表情になったが。


そのとき、扉の向こうから慌ただしい足音が聞こえた。

足音が次第に近づいてくるが、護衛が何も言わないところから考えるに、使用人か誰かだろう。

間違っても不審人物ではないと警戒はあまりしていなかった、のだが。


「お嬢様! 奴隷を執事にするとは真ですか!」


足音の主がフィリアの部屋へと飛び込んできた。

その男は俺が奴隷収容所で見た護衛で、入り口付近に立っていた護衛たちの上司であるらしかった。

慌てて姿勢を正す護衛たちを尻目に、男はフィリアへと詰め寄る。

フィリアは男の言葉を聞いて少し不快そうに眉を顰めたが、反撃の言葉はどことなく弱々しい。


「……はい、本当ですよ」

「お止めください! 汚らわしい奴隷ごときがお嬢様に仕えてよいなど、到底思えません!」


フィリアの小さな声に男は即座に噛みつき、大声で言った。

早速執事服を着ている俺を蔑むように鋭く睨んでいる。男が左腰に下げている華やかな直剣と相まって、俺の背筋を凍らせる。

黙りこくったフィリアを横目で見ると、その小さな手でドレスの裾を握りしめていた。やがてその手を放すと、小さく息を吸い込む。


「……でも、契約したのは私です。彼は私の奴隷です。私の物をどう扱おうと私の勝手ですよ」

「っしかしお嬢様!」

「出て行ってください!」


フィリアは一際大きな声で言い、俯いた。普段とは違う威圧するような雰囲気に、男ははっと息を呑んで後退った。

しばらく沈黙した後、男は渋々といった風な様子で頷いた。


「……わかりました」


フィリアに一礼して、部屋から立ち去る。その際俺を睨むことも忘れずに。


男が去り殺伐とした雰囲気が漂う中で、フィリアは苦笑いした。


「ごめんねアルフ君。見苦しいところ見せちゃって……。あと、私はアルフ君のこと物だなんて思ってないからね」


フォローするようにいうフィリア。

正直なところ場の雰囲気にすっかり飲まれてしまっていたので、まったく気にしていなかったのだがその心遣いは素直に嬉しかった。


とはいえ、男の言葉は至極真っ当で、男の反応が過剰なわけではない。

俺自身にとっても執事として扱われるのは甚だ疑問だったのだ。


「いえ、そもそも私が執事など、私自身もできるわけがないと思っていますし……。お嬢様のお心遣いは大変嬉しいのですが」


遠回しに執事として扱われなくともいい、と伝える。

奴隷が執事として扱われるなど、例外もいいところだ。一般的な奴隷は使用人も嫌がるような不衛生な場所を掃除させられたり、魔道具などの実験に使われたりと酷な扱いをされるものなのだ。最悪な場合だと、ストレス発散に暴力を振るわれることすらある。

収容所にいた頃にヴァルターから口を酸っぱくして言われたので間違いない。

ひどい扱いだが、それでも外に出られるというだけで収容所よりましだという人も多い。


それだけ俺にとって、執事として扱われるのは破格の対応だったのだ。

風呂に入らせてもらったり、質のいい洋服を着させてもらったりと、一生分の贅沢をしたような心地である。


だがフィリアは俺の言葉に首を振ると、照れくさそうにはにかむ。


「私がアルフ君に執事をしてほしいんです」

「……ありがとうございます」


真っ直ぐすぎる言葉に、思わず視線を逸らして頬を掻く。

やがて礼を言うと、フィリアは嬉しそうに笑った。


「では、明日から執事修行ですね」

「っはい」


予想していなかった修行の話に「えっ」と漏らしてしまいそうになったが、寸でのところで止める。

確かに今の俺は執事どころか、護衛すらできないだろう。執事らしい身のこなしができなければ、先ほどの男のように掴みかかられかねない。

早いところ身につければ、周りからの冷たい視線はなくなるかもしれないし。

今、扉の付近の護衛から浴びせられているような視線が。


……このままだと寿命がどんどん短くなっている気がしてならないのだ。

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