1、買われました
2章スタートです。
グエラ村を出て早くも2年が経過した。
今俺の目の前には、石の山がいくつも積み重なっている。山の麓には何人もの男たちが集まっていて、箱の中に発掘した鉱石を放り込んでいる。辺りには煙が漂っていて焦げ臭い匂いがする。
そう、2年だ。
2年たったのに何故俺はまだ買い手が見つかられねえんだ……?
おかしい、これはおかしい。
グエラ村を出てから馬車に揺られ、1か月弱。
周辺の村を回り奴隷を増やしながら、商業都市であるレイリス領の首都リレールに辿り着いた。
首都とはいえ、俺たちがいるのは端の最下層が集まる場所に建てられた奴隷収容所だ。この辺では秩序が乱れ犯罪が多発している。
奴隷とはいえ、集めて買い手を待つだけでは奴隷商は成り立たない。
最低限の食事や保管場の金だけで破産してしまうからだ。だから売れる見込みのない奴隷は奴隷収容所で、それぞれの奴隷商に働かされる。
俺のいる奴隷商のやり方は上層にある商館の他に、奴隷収容所で鉱山を掘り起こして小銭を稼ぐというもの。
最下層の地下に未開発の鉱山があることに気づき、儲けが出るだろうと目論み始めたらしい。
そのため、力仕事に最適な男だけを集めた収容所である。むさぐるしい。
そうして1か月に一度の商人の偵察により、売れるだろうと見込まれたものだけが、商館へ移され商品として並べられるのだ。
その判断基準に、俺は一年たった時にようやく気が付いた。
ここへ来てから知り合った、細身のイケメンのヴァルターに聞いてようやくである。
「どうして俺は商館に選ばれないんだ……」
「はあ? ……お前、一年もたつのに知らねえのか?」
肩を落とす俺に、呆れを滲ませたヴァルターの視線が刺さった。俺もヴァルターも、なかなかのイケメンに入る部類だろう。それなのに選ばれる者たちは、いつも筋肉質な男だらけだ。
これはおかしい。
ヴァルターはそうは思わないのだろうか。
疑問を前面に押し出しながら、ヴァルターに憮然とした顔で尋ねる。
「知らないって何を?」
「ここの判断基準だよ。まさか顔とかで判断されると思ってたのか?」
「う……」
図星である。
正直なところ、俺はすぐに売れる自信があった。というのに現状は、買われないどころか店にすら並べてもらえないのだ。
俺の表情で推測が当たったことに気が付いたのだろう。しょうがねえなあ、と言いたげな顔でつらつらと説明を始める。呆れたように振る舞っているが、お節介なやつなのだ。
「まあ、顔だけで選ばれるならアルフは商館に行けたかもしれないな。けどここの基準は、仕事の速さと体力筋力がどれくらいあるか、これにかかってる。俺もアルフも、ここじゃあひょろいほうだろ? 仕事も速いとは言えないし」
「……まじかよ」
ヴァルターの言葉に絶句する。
ここには無駄に筋肉質な人が多く、その仕事量も並ではない。
朝から晩までせっせと文句も言わず、鉱石を掘り起こし続けている。1日2回の村よりも貧相な食事にもかかわらず、どうしてそんなに働くのかと思ってはいたが、そういうことだったとは。
その条件では、俺が買われるのがいつになるのか全く予想もつかない。
むしろ一生ここを出られないような気がしてくる。
「ほら、この間出ていったガヴリイルのおっさんなんか、毎日ふらふらになるまで働いてたろ? それが見初められてようやく選ばれたんだよ。まあ、一年もその生活を続けてようやくなんだそうだけど」
「……うわぁ、まじかよ」
つい先日の偵察によって商館へ行ったおっさん、ガヴリイルの顔がよぎる。
選ばれていた時は羨ましさと妬みで何も考えちゃいなかったが、確かにガヴリイルは見ているこっちが不安になるほど心血を注いで働いていた。
あの勢いで仕事しても、一年がかかるのか。
思っていた以上に厳しかった現実に、ため息が漏れる。
「俺たちはこっから出られないかもな……」
「ぐ……」
ヴァルターの遠くを見るような目と共に吐き出された声に、思わず息を詰まらせる。
言葉にして告げられると、結構ダメージが来るものだ。
一歩後ずさって拳を握りこむ。
一生奴隷収容所で過ごすだなんて、冗談じゃない。
折角異世界に来て、魔術も身につけたというのに。何よりも、エミーリアとカローラにもう一度会うと約束したというのに。
こんなところにいては約束を果たせやしない。
今までの俺が馬鹿すぎたんだ。いつまでもこんなことをしていてはいけない。
「ヴァルター、俺、頑張るよ……。明日から筋トレもするし、仕事もめちゃくちゃする、明日から」
「アルフ……、今から頑張れよ」
と、まあこれを聞いた翌日から、俺は宣言通り筋トレや仕事を頑張った。本当に。
ただ懸命に働くだけでも、肉体を駆使しなければならない。そんな中で暇を見つけては筋トレをするのは、正直めちゃくちゃ辛かった。筋肉痛が何日も取れなかったし、体全体が悲鳴を上げていたと思う。
俺が怠けていた一年間とは比べ物にならなかった。
だがそんな生活も半年が過ぎれば、慣れてくる。
体中に程よく筋肉が付き、以前は苦労していた集めた鉱石を運ぶ作業も難なくこなせるようになった。
しかしここで満足してはいけない。
俺より仕事の早い連中はたくさんいるのだ。
既に日課となっている筋トレを続け、さらにこっそりと魔術の修行も始めた。
あまり使っていなかった魔力を動かすのは骨が折れたが、感覚を取り戻してしまえばあっという間にまた使えるようになった。
仕事中も魔力の循環により肉体強化を施し、仕事のスピードをぐんぐん上げた。
ヴァルターに不思議に思われたほどだ。
最初の1年が本当に悔やまれた。
収容所の生活になれていなかったとはいえ、時間を浪費していただけだ。
その記憶を戒めとして、俺はさらに肉体を苛め抜いた。
この収容所の中でも屈指の仕事スピードとなったのだが。
俺はまだここにいる。何故選ばれないんだ。
もしかして筋肉がついているように見えない体格のせいなのか。それは体質なんだから仕方がないだろうに。
とはいえ、今日は月一度の偵察の日だ。
いつも以上に働いて、商人にアピールしなくては。
そのとき、重苦しい音を立てて収容所の大きな扉が開いた。
商人様のお出ましか。顔を両手で軽くはたいて気合を入れ、発掘用のツルハシを握りしめる。
太陽が差さない地下に、開かれた扉から明るい光が差し込む。
扉の方は眩しくて何も見えない。今日の商人を把握しようと目を細める。
想像していたよりも幾分か小さなシルエットが見えた。
「お嬢様! お待ちください! このような場所にお入りになるべきではありません!」
そのシルエットの後ろから、大きなシルエットがもう一つ。
その大きなシルエットは素早く前へ出て、小さな方を庇うようにして体制をとっていた。
「なんだ?」
なにやら様子がおかしい。
どう見ても商人ではなさそうだ。他の奴隷たちもそれを感じ取ったのか、ざわざわと騒ぎ出した。
「うっ、うるさいです! 誰が何と言おうと、これだけは譲れません!」
「なっ……! お嬢様!」
護衛らしき人物の声を振り切って、小さな人影が収容所の中に飛び込んでくる。
それを追いかけて護衛も中へ。
扉が閉まり2人が近づいてきたことで、ようやく人物の姿を知ることができた。
小さな人影の方は可愛らしい少女で、この場に似合わない豪華なドレスの裾を引き上げている。艶のある金髪は肩のあたりでふんわりと巻かれている。
少女に付き従える大きな人影の方はすらりとした黒髪のイケメンで、腰の剣に手を当てこちらを警戒しているようだ。
「お嬢様、お下がりください。ここにいる者は全て奴隷、野蛮な輩です。お嬢様にどのような危害が及ぶかわかりません」
「でも……、専用奴隷だけは自分で決めたいんです」
自信のなさそうに寄せられた眉とは違い、その目にはしっかりと決意がこもっていた。護衛も曲げない意思を感じ取ったのか、額に手を当ててため息をこぼすと、後ろへ下がった。
「……わかりました。しかしすぐに出るべきです、このような場所は」
「ありがとう。分かっています、できるだけ早く決めますね」
「はい。本当は商館の方で済ませられれば良かったのですがね……」
小声で文句を言う護衛に少女は申し訳なさそうな顔をしながらも、鉱山の近くに集まっている俺たちへと歩を進める。その間にも周囲を見回し、奴隷を吟味しているようであった。
「フィリア様!」
扉が再び開かれ、慌てて転がり込んできた男。グエラ村に来て俺を奴隷にした奴隷商の男だ。
焦ったように少女の元へと駆けつける。
「フィリア様、こちらにいる奴隷どもは仕事の遅い輩です。商館にいる奴隷と比べてフィリア様のお手を煩わせてしまうやもしれません。やはり、商館でお選びになるべきかと!」
「ですが、商館にいる方たちはあまりピンと来なかったのです。……初めて自分自身で選べるものですから、慎重に選びたくて」
奴隷商の言い草に腹が立ったが、頑なな少女の言葉に顔を蒼くしていく様を見て、少しスカッとする。恐らく、不衛生な場所にお嬢様を連れ込んだとして罰せられる可能性を案じているのだろう。
身分の高い相手には驚くほど腰が低い男だ、態度からして少女の身分は相当に高いらしい。
「あの、皆さんを見て回ってもいいですか?」
物腰の丁寧な少女だ。貴族だろうに、奴隷商にまで敬語を使っているとは。
勿論奴隷商は断れるはずもなく、ここにいる全員を紹介することに決めたようだ。
一番近くにいた線の細い少年から手当たり次第に紹介を始めた。
少女は真剣な表情で奴隷たちを見つめていた。
「なあヴァルター、あの女の子誰か知ってるか?」
「えっ、お前フィリア様も知らないのか!」
「お、おう……」
近くにいたヴァルターに小声で尋ねると、大きな声の返事が返ってきた。
身を乗り出してくるヴァルターに、後ずさりながらも返事する。
するとヴァルターはまた仕方がないと言いたげな顔をして、説明を始める。
「いいか? あちらにいらっしゃるフィリア様はな、ここレイリス領の領主ルーベルト・ヴェラ・レイリス様の寵愛なさる長女であるご令嬢だぞ。ここじゃあ常識じゃないか」
「そうなのか。いや、その、俺がいたところは本当に田舎で、情報なんか全然来なかったからさ」
「その言い訳何回目だよ」
本当に領地に関する基本的なことだった。自分の世間知らずさに驚き、思わず故郷を恨んでしまう。
何か質問するたびに使ってきた理由であるため、ヴァルターの呆れも当然のことだ。
だがご令嬢となればこの状況に納得が出来た。豪華なドレスを着、奴隷商がへりくだり案内するはずだ。
……もしかしてこれはチャンスなんじゃないか。
「あ、そろそろ俺らのとこだな」
ヴァルターの声に、少し離れたところにいるご令嬢に顔を向ける。相変わらず真剣に奴隷を眺めていて、ざわざわとした空気に気づいていないようだ。
入ってきたときは遠くて顔がよく見えなかったが、近くで見てみると美少女なことがはっきりとわかる。領主が溺愛する意味もなんとなく分かるような気がした。
「すみませ……」
とうとう俺たちの元へ来たご令嬢を見つめていると、ぱっちりと目が合った。
かけられた鈴を転がしたような声が、目が合った瞬間に途切れる。
ご令嬢が視線を外さないので、しばらく互いに見つめあう。するとご令嬢の顔がどんどん赤くなっていくのが分かった。
なんだか昔カローラとこんな空気になったような。
「あ、あの! 貴方のお名前は!」
赤い顔のまま近づいてきたご令嬢に、勢いよく手を握られる。後ろの護衛の顔が凄いことになっている。
背後から発せられる無言の威圧に冷や汗を流しながらも、ご令嬢に答える。
「ア、アルフォンです」
「アルフォンさん! 貴方を買ってもいいですか?」
予想外の言葉に思わず口が開くのが分かった。
隣のヴァルターも唖然としている。後ろの護衛は更に顔をしかめて般若のようになっていた。
……意味が分からない。
奴隷に買ってもいいかと聞く人が普通いるだろうか。奴隷にも丁寧な姿勢を崩さないし、本当に貴族なのか疑ってしまう。
だが、本当にこの少女がご令嬢なら。
これはチャンスだ。それもまたとない大きなものだ。
頷くより他にない。
「お、お願いします……」
決してご令嬢の勢いに押されたわけじゃない、決して。
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