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幕間、カローラの決意

今回はカローラの視点です。

短いです。


ようやく暑かった夏が終わりの兆しを見せている。

皮肉なことにアルフがいなくなった翌日、久方ぶりの雨が降った。それから雨は今までの分を取り戻すかのように降り注ぎ、連日どしゃ降りである。

一週間たった今でもまだ、雨足が遠ざからない。


暗くどんよりとした灰色の雲を見上げてため息が漏れ出た。

雨のせいで剣の修行もできやしない。室内での筋トレはもう飽き飽きだ。


「おい、カローラ! そろそろご飯だぞー」

「はーい」


リビングから掛けられた声に返事をして、自室を出る。

自室とはいっても中にいることはほとんどなかったため、物は何もない。自分でいうのもなんだけど、女の子の部屋とはかけ離れていると思う。


リビングのテーブルに着くと、そこにはすでにお父さんとわたしの分の食事が広げられていた。

固いパンに薄い野菜のスープ。スープの中にはやはり野菜がごろごろと入っているわけではないけれど、少量すら取れなかった数日間を考えると随分ましだ。


木のスプーンを使って、小さな四角形にされたニンジンを掬い上げる。

そのまま口に運ぶと少し硬い感触が残ったが、薄いスープの中ではっきりと存在を主張した。


長い間見ていなかった野菜を見るたびに、涙が出そうになる。

このたった1皿分の野菜や穀物のためにアルフはいなくなってしまった。


ふと、誰もいない隣を振り向く。

ここで修行の途中に2人でよく昼食をとったものだが、今は隣の席は空席のままだ。

顔をしかめてしまったことに気づいた。手持無沙汰で、寄った眉間に皺を指で伸ばす。


いつもはアルフと一緒にいたので、隣に誰もいないのは寂しかった。

グエラ村もわたし達以外に子供がいないわけじゃない。

でも、大してアルフを知らない子供たちが、食べ物が多くなったと無邪気に笑っているのを見て、苛立ちが収まらない。一緒になどいたくなかった。


エミーリアさんは家に閉じ籠ってしまっていて、あれから一度も見ていない。

家にも何度か尋ねたが出てくれず、勝手に家の中へ入るのもなんとなく憚られた。


子供の様に泣きじゃくるエミーリアさんの姿が頭をよぎる。

原因のない奴隷落ちではないというのに、エミーリアさんの反応は異常だった。奴隷落ちはそんなに珍しいことじゃない。

何だか触れてはいけないことのような気がして、結局理由は聞けないままだ。


エミーリアさんの様子に慌てたせいで、アルフに言いたいと思っていたことも言えなかった。

胸の中に隠したままの感情にむしゃくしゃする。

沈み始める思考を首を振って取り払った。


そうだ、アルフはまたいつか会おうといっていた。

一生会えなくなるわけじゃない。アルフがそう信じているんだから、わたしも信じなくちゃだめだ。

となればわたしのすることは決まっている。


エミーリアさんを元気にすることと、剣の腕を磨くことだ。

村に何かあったときは、わたし達で守るとアルフに約束したのだから。


「ごちそうさま!」


ガチャガチャと音を立てて食器を片付けると、おざなりに告げた。

降りしきる雨を気にも留めず、家を飛び出す。

お父さんが何か言っていたが聞こえなかったふりだ。

すぐに水を吸い込む服やぬかるんで走りづらい地面も気にしない。


エミーリアさんの家のある森へと一直線に走り出す。

森の小道に入ると、アルフがいるような気がして振り返るが、いない。

わたしの大切なものが急になくなってしまって、心に穴が開いたような気さえする。


けれどもう泣きはしない。

やらなくてはならないことが分かっているのだ。あとはひたすら進めばいい。


何度か転びそうになりながらも、エミーリアさんの家へとたどり着く。

まずは強くノックして、扉の前でひたすら待った。

2回目、3回目、4回目。


数えながら間隔をあけて叩いていくが、エミーリアさんはやはり顔を見せなかった。

あと一回、あと一回叩いて出なかったら、中に入ろう。

エミーリアさんだって閉じ籠ってるだけじゃダメだって、気づいてるはずなんだ。


祈るような気持ちで5回目のノック。

辺りは雨音だけが響いており、家の中からは生活音がまるでしなかった。

しばらく待つも、エミーリアさんは現れない。


やっぱりだめか。中へ入ろう。


半ば投げやりな気持ちで、ドアノブに手をかける。

そのとき、押しても引いてもいないのに扉が勝手に開いた。


思わずバランスを崩して開きかけの扉に顔からぶつかる。


「……いひゃあっ!」


ドンっと凄い音がした。打ち付けた鼻がヒリヒリする、きっと赤くなっていることだろう。


鼻を押さえたままの間抜けな顔で、扉を開けた主を見やる。

息を呑んでしまっていた。


「エミーリアさん……」


ここ一週間あっていなかったとはいえ、エミーリアさんは見違えるほどに痩せていた。

手首なんかは掴んだだけで折れそうだった。ろくに栄養を取っていなかったのだろう。

青白い色が、無表情な顔と相まって怖い。


「……カ、ローラ」


弱々しい声がぎこちない苦笑いとともに吐き出される。耳を澄ませていなければ聞こえないくらいの声だ。


わたしも苦しかった。

アルフがいなくなった後は、村はどんどんと活気を取り戻していった。まるでアルフなど最初からいなかったかのように。

翌日はみんなが申し訳なさそうに野菜を食べていたのに、一週間もたってしまえばただの食の喜びに変わってしまっていて。

エミーリアさんがいない村では、わたしだけが苦しいような気がしていた。


だけど、わたしよりもきっとエミーリアさんのほうが苦しんでいる。

昔何があったのかは知らないし、聞こうとも思わないけれど何かに苦しめられていた。


やっぱり、決めた。


「エミーリアさん! 修行、しましょうよ!」


どこかどんよりとした空気を飛ばすために、わざとらしすぎるほどに笑ってみせる。

そう、修行だ。

今度は体だけじゃなくて、心も鍛えられるように。

またいつか会った時、アルフに釣り合うような、そんな強い女になってやる。


そんな決意が伝わったのか、エミーリアさんもどこかほっとしたように笑っていた。



次はとうとう2章です。


お読みいただきありがとうございます。

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