9、奴隷落ち
ゴブリンたちの殲滅から一夜明けた。
昨日はあのあと、突然の火事に驚いた村人たちが集まってきて気まずい雰囲気になってしまった。だが、魔物は倒してきたというと、皆一様に喜んでいた。
俺たちも狩ってきた甲斐があったというものだ。エミーリアとカローラと顔を見合わせて笑った。
これで魔物の騒動は一件落着。
……とはいかないようだ。
村には不穏な空気が漂っている。
「お前らも生活が苦しいだろ? どんなときだって代償は必要なんだよ」
村長の前で厭らしい笑顔を浮かべている男。今集まっている広場には、たくさんの人が乗った馬車が無造作に止められている。
「し、しかし……村人を奴隷にするなど……」
いつもはいかつい村長が押されていて弱々しく見える。村人たちも突然のことに、それぞれに騒ぎ出した。
「だが誰も出さなかったら、食料不足で村自体が死んじまうぜ。お前らもほしいだろ? 食料」
奴隷商の男はニヤニヤと笑ったまま、村長の前で食料の入った袋をぶらぶらと揺らして見せている。最近ではすっかり見なくなった、色とりどりの野菜だった。
隣にいるカローラのお腹がぐるぐると唸る。目が合うと恥ずかしそうに笑っていたが、残念ながらすでに涎が出ていてあまり意味を成していない。
「……わかった、今から村で話し合う。少し待っていてくれ」
村人たちの視線が一気に野菜に寄せられたことに気が付いたのだろう。渋々といった様子で、村長は頷いた。
村長の家に、大人たちが入っていく。すれ違いざまに寄せられる視線にはもちろん気が付いていた。
飢饉によってどこの村でも食料が不足している。中でも貧しいところは、村を存続させるために村人を売るしかなくなってくる。それを見越して、遠くからわざわざ馬車を引いてきたわけだ。
汚いが、賢いやり方だと言わざるを得ない。
だからこそ、人情に厚い村長も話に乗ってしまったのだ。
とはいえ、話し合うまでもないことは俺が一番よく分かっている。
寄せられた視線がその証拠だ。
「どうなるんだろうね……」
「……さあな」
不安げにこちらを見つめるカローラに、そっけない返事を返す。
答えは分かりきっているが、カローラに心配はさせたくなかった。
ぼんやりと村長の家を見つめながら、考えを張り巡らせる。
おそらく、グエラ村が出す奴隷は俺だろう。
前世のクビとは違い、理由だってある。
まず1つめに、俺が子供だということ。グエラ村は子供の人数が少ない。七年たって子供が生まれていないわけではないが、その分子供だったものが成人してしまっている。
奴隷の価値は子供のほうが高いのだ。仕事の呑み込みが早いからだろう。
美女に限って言えば、子供と比べても何ら遜色ない価値が付くそうだが。
そして村の利益から言えば、価値の高い方がいいに決まっている。
2つめは、俺が男であること。
これは大きな理由となる。勿論女の方が価値は高いが、それは性奴隷にされる可能性が高いからだ。いくら利益を求めていても、村人にそんなことを強要させたくはないはずだ。
そして3つめは、俺が魔法を使えること。
つまり自衛手段が多いということだ。何か窮地に陥った時、切り抜けられるかもしれない。
これらの点から、グエラ村がそこそこの利益を得てあまりダメージを負わないためには、俺が最善の人選なのだ。
ダメージというのは精神的な話だ。村の危機を脱するためとはいえ、女の子が一人で奴隷に落ちるのを見たくはないだろう。
ついでにいうと、カローラも多くの条件を満たしているが、村長がそれを許さないだろうし……。
俺も身内が奴隷になるところなんて見たくはないしな。
流石に納得はしていないが、理解はできる。
「あ、お父さん」
話し合いがまとまったのか、ぞろぞろと村長の家から大人たちが出てくる。
精々10分程度の短い話し合いだ。そもそも確認作業だけなのだから当然かもしれない。
そしてその結論は、村人たちが向けてくる申し訳なさそうな視線ですぐに察せた。
予想通りの結果に思わずため息が漏れる。
「……アルフォン君」
覚悟を決めたような目で俺を呼ぶ村長。
俺は「はい」とだけ返事をして、自ら奴隷商の前に立った。
「え……?」
カローラはそんな俺を見て、目を見開き困惑していた。
「……すまない、これも村のためだ」
「分かっています」
「……そうか」
おもむろに言葉を告げる村長は、痛々しげな顔をしていて本心からの行為ではないことが分かる。それが分かっただけでも、少しほっとした。この村はなんとかやっていけそうだ。
「アルフ……? 嘘でしょ?」
「カローラ、またいつか会おうぜ、どこかで」
俺が不器用に笑ってみせると、カローラは涙を流して漏れ出る嗚咽を手で隠そうとする。
認めない、という風に首を振り続けるカローラの頭を撫でる。やはり触り心地の好い柔らかさだった。
カローラは目を大きく見開くと、とうとう俯いて大粒の涙を流し始めた。
泣かせてしまったが、俺にはどうしようもない。
小さく笑ってカローラを見やった後、奴隷商と相対する。
村との別れだというのに、男は嫌らしい笑みを崩さず、むしろ楽しんでいるかのようだった。趣味の悪い男だ。
「別れの挨拶はすんだのかい?」
気持ちの悪い男の言葉に苛立ちながら、挨拶をしていない人について考える。
両親は問題ない、村長の家で一緒に話し合ってきたはずだ。
となると、エミーリアだが……。
どうやらエミーリアはこの喧騒を知らず、まだ家の中にいるようだ。
無理に起こすのも悪いし、あまり悲しんでいる様子を見たくもなかったので、伝えないまま行くことにする。後日、カローラや村長から聞けばいいだろう。
考えがまとまり、男に頷いた。
後ろのカローラの嗚咽がさらに激しくなる。村長は慰めたいが、悲しむことを承知で決定したのだからどうしてよいかわからないようだ。近くでおろおろと見つめている。
「アルフ……? 何してるの……?」
そこへ、震える小さな声が聞こえた。
その声はよく澄んでいて、小さかったにもかかわらず全員に聞こえたようだ。
一斉に視線が集まる。広場に来たばかりのエミーリアに。
エミーリアは血の気が引いた顔をしていて、およそ何が起こっているのかを瞬時に察したようだ。
「……エミーリア、今までありがとう」
後ろ髪を引かれないように、俺から別れの言葉を切り出す。
10年間俺のことを育ててくれた親同然のエミーリアなのだ。正直、別れがつらい。
「……っ!」
エミーリアは大きな目をさらに広げて、息をのんだ。
やがて必死に周囲を見渡して、誰かを探し始める。
「お母さんは……? レータさんは?」
そして村人の中にその人を見つけ、駆け寄る。
黒髪の冴えない顔立ちであるレータ、俺の母親だ。俺自身はあまり接点がなく、他人のように感じているのだが。
エミーリアはレータの前に立ち視線を合わせて、感情を必死に押さえつけるような声で呟く。
「貴方は本当に……これでいいんですか?」
レータは困ったような顔で、しばし考え込んでから、その質問に答える。
「確かに、私も子供と別れるのは辛いけど……」
「ッ辛いのはアルフだ! あんたなんかじゃない! これで本当にいいの!?」
エミーリアの金切り声がレータの言葉を遮った。
そしてレータの肩をつかみ、何度も何度も揺さぶる。
広場が沈黙し、レータの体が揺れる音だけがやけに聞こえる。
その手は次第に力をなくし、肩から滑り落ちて縋りつくようにレータの貧相な服を握りこんだ。
「あんたなんかじゃない……これでいいわけがない……」
エミーリアは俯いて、尚も繰り返した。その声はもう弱々しく、震えていた。
エミーリアがこんなにも感情的になっているのは初めてのことだった。
いつも一歩引いたところで穏やかに見守っている、お姉さんのような存在だった。俺にとっても、カローラにとっても。
だから、どうしたらよいのかわからない。泣きそうなエミーリアを、ただ見ていることしかできなかった。
泣いていたカローラも呆然とエミーリアを見つめていた。その目は擦ったせいで赤くなっているが、今はもう涙を流していなかった。
やがてエミーリアは立ち上がり、何か決心したように俺の前に立った。
大層面白そうにこの場を見ていた奴隷商に、勇ましく告げる。
「アルフがなるくらいなら、私が……!」
一瞬意味が分からなかった。
呆然と、前に立つエミーリアを眺める。
すると男は頬を釣り上げて、不気味に笑った。
エミーリアの顔を間近で見て、価値があると判断したのだろう。
艶のある銀髪に澄んだ青の目。20代になっているとはいえ、文句なしの美人だ。
滲む大人っぽさに惹かれて、すぐに買い手が集まってしまいそうだ。
「ああ、いいだろう。お前が奴隷になるんだな?」
男に問いただされ、エミーリアがはっと息をのんだ。
しばしの沈黙が、2人の間に生まれる。
ふと、何かを強く握りしめるような、ギュっという音が耳に入った。
とても小さな音だ。静かでなければ聞こえなかっただろう。
音の発生源は、エミーリアの左手だった。
白い手袋をつけた拳が傍目からわかるほど強く握りこまれている。
その手は、小刻みに震えていた。
なんとなく、胸の中にすとんと落ちるものがあった。
……そうか、エミーリアもまだまだ子供なんだ。
体を震えさせながらも俺を守ろうとするエミーリアの姿に、純粋な嬉しさがこみ上げた。
尚更、エミーリアを奴隷などにするわけにはいかない。
震えているエミーリアの左手を、両手でやさしく握る。そして、皮膚に食い込んでいた指を、ゆっくりと解いていく。
エミーリアは俺の方へ振り返って、唖然としていた。
「エミー姉、やっぱり俺が行くよ。今度また村に何かあったときは、カローラとエミー姉に任せるからな」
エミーリア、カローラの順に目を合わせて笑った。
エミーリアはわけがわからないのか呆然としていたが、カローラはぎこちなくも微笑み返してくれた。
前に立つエミーリアの手を引っ張って、後ろへ引き寄せる。代わりに俺が奴隷商の前に出た。
「アルフ……?」
エミーリアが見つめてくるが、顔を合わせずに男と向き合った。
つまらなそうな顔をする奴隷商に向けて、左手の甲を差し出す。
「結局こいつなのかよ。まあいい、押すぞ」
「ああ」
左手の甲に、魔法がかけられた判が押される。
じゅうっという肉が焼ける音に思わず顔をしかめた。
判が離されると、甲には手錠や鎖を象徴した幾何学的な模様が彫られていた。奴隷の烙印だ。
奴隷を買う際には、この彫に契約者の血が流し込まれる。これで魔法が発動し、主人には手を出せなくなる制御がかかるのだ。
「んじゃ、中入れよ。次の村にも行かなきゃなんねえんだから、もう別れはおしまいな」
言われるままに、広場に置かれていた馬車へと移動する。ちらりと後ろを振り返ると、エミーリアも、泣き止んだはずのカローラも泣いていた。
俺は2人に苦笑いだけを返して、中へと乗り込んだ。
中には他の村から出された奴隷たちが所狭しと並んでいた。誰も彼もが一様に暗い顔をしている。
俺はできるだけ出口に近いところに落ちないように座った。最後まで2人の顔を焼き付けておくためだ。
村長との取引が終わったようだ。
やがて馬車が村を出て、ゆっくりと先へ進んでいく。少し揺れたが、落ちることはなかった。
「アルフ!! アルフ!!」
エミーリアが暴れているのか、カローラが羽交い絞めにして何とか押さえ込んでいた。
言葉を出すと泣いてしまいそうで、笑顔を浮かべて右手を上げるのみにしておく。
馬車が進み、小さな村がどんどんと遠ざかっていった。
「っうわあああああ」
最後に見たエミーリアは、地面に座り込んで大声を上げ、子供みたいに泣いていた。
これで1章が終了です。
ようやく主人公が奴隷になりました。なかなかしぶとい奴め。
幕間に主人公以外の視点を挟んでから、2章へ入ります。




