第9話 正体、開示
男爵の館へ、アルトたちは真っ直ぐに乗り込んだ。すでに監査団の到着を待つまでもない。証拠はすべて揃っている。
「な、何をしに来た! 衛兵、こやつらを捕らえろ!」
バルカスの号令と共に、重武装の衛兵たちが一斉に襲いかかる。だが、アルトは一歩も動かない。
「ライナス。……掃除、して」
「御意」
それは戦いというよりは、一方的な解体だった。ライナスの拳が鎧ごと衛兵を弾き飛ばし、エリーゼの放つ氷結の魔術が武器を根本から凍りつかせる。瞬く間に、広間には呻き声を上げる兵士たちの山が築かれた。
「ひ、ひぃ……ッ! 化け物か、貴様ら……!」
自慢の私兵団が蹂躙される様を目の当たりにしたバルカスは、顔面を蒼白にして後ずさった。だが、最後の命綱にすがるように叫ぶ。
「く、来るな! 私は貴族だぞ! 国王陛下より任された、この地の領主だ! これ以上の狼藉、監察官に告発してやる!」
その言葉に、ライナスの動きがピタリと止まった。
監察官——それは、エレシュタリア王国において「王の代行者」を意味する絶対不可侵の称号。ゆえに、腐敗した権力者たちが最も恐れる「生きた処刑台」の呼び名でもあった。
「ひゃはは! お前らも監察官は恐ろしいか! その剣を捨てて跪けば、慈悲をかけてやらんこともないぞ!」
勝ち誇るバルカスの声に、倒れていた衛兵たちも、痛みを堪えて口々に叫び始めた。
「そ、そうだ! 俺たちは見たぞ、貴様らが一方的に暴力を振るうのを!」
「監察官様に泣きついたところで、お前らの首は胴体とサヨナラだ!」
その滑稽な大合唱を、アルトはくすくすと、楽しそうに聞いていた。
「……あはは。面白いこと言うね。監察官に、僕を告発するの?」
「な、何がおかしい……!」
「もう良い。茶番は終わりだ。……エリーゼ、あれを」
「御意に、アルト様」
エリーゼが恭しくアルトの手から指輪を受け取り、天に向けて高く掲げた。
「ものども、静まれい!」
瞬間、指輪から放たれた銀色の光が、天井を突き抜け、夜空に巨大な紋章を浮かび上がらせた。剣と天秤が交差する、エレシュタリア王家の紋章だ。
「な……!? 王家の……紋章だと……!」
エリーゼの凛とした声が響く。
「こちらにおわすお方をどなたと心得る! 大賢者の地位継承者にして、エレシュタリア王家より特命を受けし——監察官! アルト様であるぞ! 頭が高い!」
「そ、そんな……! まさか、あの若旦那が……!?」
バルカスが腰を抜かし、その場にへたり込む。ゼイドも、アルトの放つ魔力の重圧だけで床に這いつくばった。
「バルカス男爵。君は商売の邪魔をしただけじゃない。王の名を騙り、民の命を弄び、証人を焼き殺そうとした。……その罪、万死に値する」
アルトは冷徹な瞳で、跪く男爵を見下ろした。
「監察官としての判決を言い渡す。爵位剥奪、および全財産の没収。源泉の権利は、全て村の共有財産として返還する」
「そ、そんな……!」
バルカスは震えながらも、まだ暗い野心の光を瞳に残していた。
(ふん、だが表の金だけだ。裏の資産さえ無事なら……)
その思考を見透かしたように、アルトが冷ややかに告げた。
「あ、その顔。『まだ隠し財産があるから大丈夫』とか思ってない?」
「……ッ!?」
「残念でした。本邸の地下金庫も、裏取引で貯め込んだ分も、全部回収済みだよ。君のへそくりの隠し場所まで、リスト化済みだから」
「な……ッ!?」
「あ、安心して。没収したのは『資産』だけだから。君が裏社会の金貸しから借りていた借金の名義は、そのまま君に残しておいてあげたよ」
「な、なんだと……!?」
「牢屋を出た後も、借金取りが楽しみだね。一生かけて償いなよ」
「貴様ァァァ!」
「それとゼイド。君が作った偽薬のレシピは、全部エリーゼが解析して破棄した。君の商売も、今日で廃業だね」
絶望の叫びを残し、バルカス男爵とゼイドは、王都から急行した監察局の騎士団によって連行されていった。
王家の紋章の光に照らされたアルトの姿は、もはや傲慢な若旦那などではなかった。国を背負う、若き断罪者の姿そのものだった。
(つづく)




