第6話 敵、勘づく
「男爵様。落ち着いてください」
ゼイドの声に、バルカスは肩で息をしながら振り返った。
「落ち着けるか! あの小僧が……あの、私をコケにした小僧が、まさか『黄金の手』本体を動かせる立場だったとは……!」
「ですが、まだ確定したわけでは。同じ『黄金の手』の名を騙る、別口の可能性も——」
「甘い!」
バルカスは机を叩いた。
「大陸一の商会の名を、他人が気安く騙れるものか! あの小僧で間違いない!」
執務室に沈黙が落ちる。やがて、ゼイドが低い声で口を開いた。
「……仮にそうだとして、男爵様。どう動きます? 正面から『黄金の手』を敵に回すのは、得策とは言えません」
「わかっておる! あの商会の財力を本気で敵に回せば、この領地ごと買い叩かれて終わりだ……!」
バルカスは苛立たしげに髪をかきむしった。ゼイドが、狡猾な笑みを浮かべる。
「ならば——正面からではなく、からめ手で参りましょう」
「からめ手だと?」
「差出人を伏せて、王都の商業ギルドに『黄金の手の若旦那は、詐欺まがいの取引で各地の商人を騙している』と信用調査を依頼するのです。噂だけを流し、あちらの出方を見る。名乗りを上げて反論してくれば、それはそれで『何かやましいことがある証拠』にできますし、黙っていれば黙っていたで、こちらの流した噂が独り歩きする」
「……くく。悪くない」
バルカスの口元に、ようやく笑みが戻った。
「やれ。奴に、身の程を思い知らせてやる」
匿名の信用調査依頼が、王都のギルドへと放たれた。
翌日。湯けむり亭に、王都の商業ギルドから一通の書状が届いた。ライナスがそれを読み上げる。
「アルト様。『黄金の手商会に関する信用調査依頼』が、王都のギルドに提出されたとのことです。差出人は不明ですが……」
「ふーん。正面から来ないで、匿名の讒言、か」
アルトは意外にも、楽しそうに笑った。
「律儀なとこだけは律儀だね。……でも、正々堂々と名乗り出てこないってことは、それだけ僕の後ろにある『黄金の手』の看板を怖がってるってことでしょ」
「アルト様。これは、由々しき事態では……」
エリーゼが珍しく、心配そうな声を出す。アルトは肩をすくめた。
「大丈夫。うちの商会の信用は、王都の貴族連中より遥かに厚いよ。デタラメな讒言くらいで揺らぐようなら、そもそも大陸一の商会になんてなってない」
アルトは窓の外、男爵の館がある方角を見つめた。
「でも……正面から来られない分、次はもっと姑息で、もっと汚い手を使ってくるはずだよ。ライナス、警戒レベルを上げて。特にユキと、彼女の家族の安全を最優先に」
「畏まりました」
「エリーゼは、男爵の館の防御結界の解析を進めておいて。……そろそろ、こっちも本腰を入れる時期だ」
アルトの声には、これまでの軽薄さが消え、静かな覚悟だけが滲んでいた。
(つづく)




