第5話 街の人々との絆
温泉が使えないというのに、湯けむり亭の台所からは、良い匂いが漂っていた。
「アルト様、お口に合うかわかりませんが……」
ユキが恐る恐る差し出したのは、質素だが丁寧に作られたスープだった。手に入る食材が限られる中、精一杯のもてなしなのだろう。
「へえ。……美味しいじゃん」
アルトは一口飲んで、素直にそう呟いた。ユキの顔が、ぱっと明るくなる。
「本当ですか! 良かった……!」
「うん。この街、温泉が使えないだけで、食材はちゃんといいもの使ってるんだね。土そのものは、まだ死んでない」
その言葉に、ユキは少し驚いたような顔をした。
「アルト様は……不思議な方ですね。傲慢で、意地悪なことも仰るのに……時々、誰よりも街のことを見てくださっているような」
「な、なに言ってんの。僕はただ、投資先の価値を見極めてるだけだよ」
アルトは慌てたように目をそらす。その様子を、部屋の隅で控えていたエリーゼが、無表情のままじっと見つめていた。
(……アルト様は、ああいう顔もするのですね)
エリーゼの胸の奥に、何か小さな、名前のつかない感情がちりりと灯る。だが彼女はそれを自覚することなく、いつも通りの無表情のまま、静かに報告を続けた。
「アルト様。ユキの父君についてですが、牢の環境は劣悪なものの、命に別状はないとのことです」
「そう。……よかった」
アルトの声色が、少しだけ和らぐ。
「ユキ。もう少しだけ待ってて。約束するよ、お父さんはちゃんと帰ってくる」
「……はい」
ユキは涙ぐみながら、深く頭を下げた。
その夜。アルトとエリーゼは、宿の裏庭で今後の計画を整理していた。
「エリーゼ、明日は男爵の商業ギルドへの根回しを進めよう。表向きの評判を、じわじわ削っておきたい」
「畏まりました」
エリーゼは頷きながら、ふと、アルトの横顔を見つめた。
「アルト様は……いつも、こうして誰かのために動いておられますね」
「別に。……ただ、僕の商売の邪魔だから潰すだけだよ」
アルトはそっぽを向いて答えたが、エリーゼには、その言葉が照れ隠しであることが、なんとなくわかっていた。
(……本当に、不器用な方)
エリーゼは小さく、けれど確かに、口元を緩めた。誰にも気づかれないくらい、わずかに。
(つづく)




