第3話 若旦那、噛みつく
バルカス男爵の館は、村の窮状とは対照的に、悪趣味なほどの豪華さに満ちていた。
通された広間で、アルトは深々と頭を下げた。いつもの傲慢さはどこへやら、まるで借りてきた猫のような態度だ。
「本日はお目通りいただき、誠にありがとうございます、男爵様」
「ふん」
ふんぞり返った男爵は、鼻で笑った。隣には、闇の錬金術師ゼイドが不気味な笑みを浮かべて控えている。
「あの名高い商会『黄金の手』の若造か。まあいい、話とやらを聞いてやろう」
「はい、実は温泉地への投資を検討しておりまして。もしよろしければ、源泉の権利の一部をお譲りいただけないかと……」
「投資?」
男爵は一笑に付した。
「お前のような小僧に、この土地の価値がわかるものか。第一、源泉はすでに私が『有効活用』しておる。他人が口を出す話ではない」
ゼイドがくすくすと笑いながら口を挟む。
「男爵様。この小僧、昨夜も広場をうろついていたようですぞ。何を嗅ぎ回っているのやら」
「ほう?」
男爵の目つきが、猜疑心に鋭くなる。アルトは慌てたように両手を振った。
「い、いえ! 単に観光を……夜の広場は賑やかだと聞いたもので!」
その慌てぶりに、男爵とゼイドは顔を見合わせ、下卑た笑い声を上げた。
「はっはっは! なんだ、ただの小心者か!」
「所詮、金だけの商家の小倅よ。度胸も知恵もないと見える」
勝ち誇った男爵は、傍らのグラスを傾けながら、上機嫌に続けた。
「まあいい。坊やに免じて、一つ教えてやろう。……『投資』などと知った風な口を利く前に、本物の商売というものを見せてやる」
「ほ、本物の、商売、ですか……?」
「そうだ。この程度の田舎領地からでも、やり方次第で富はいくらでも生み出せるということよ。……北の街道沿いにある宿場町、あそこの取引所は、王都の目も税も一切届かぬ場所での商売にうってつけでな。もう半年、丸儲けさせてもらっておる」
「バ、バルカス男爵!」
ゼイドが血相を変えて袖を引いた。だが、酒気で気が大きくなった男爵は、意にも介さない。
「なんだ、構わんだろう。この小僧ごときに、我が領地の何が変えられるというのだ」
男爵は勝ち誇ったように立ち上がり、アルトを見下ろした。
「いいか、小僧。これ以上この街をうろつくようなら、お前の商会ごと、この地から追い出してやってもいいのだぞ? 国王陛下より賜ったこの領地で、誰が主か、思い知らせてやろうか」
「そ、それだけは……! も、申し訳ございませんでした!」
アルトは深々と頭を下げると、逃げるようにその場を後にした。背後から、男爵たちの嘲笑がいつまでも聞こえていた。
「……くくく」
館を出た馬車の中。アルトはさっきまでの怯えた表情を消し去り、口元だけで小さく笑った。
「ライナス。聞いた? 『国王陛下より賜った』、だってさ」
「はい。……嘘ではございませんな。バルカス男爵の叙任記録は、確かに存在します」
「うん。だからこそ、ね」
アルトは指先で、自分の唇をなぞった。
「叙任してくれた国王陛下の名前を、あんな風に自分の悪事の免罪符に使うなんて。……最高に、頭にくるよね」
その声には、先ほどまでの怯えた小僧の欠片もなかった。
「エリーゼ、館の中の見取り図と、隠し金庫の位置、大体わかった?」
「はい。滞在中、魔力の流れを地図化しておきました。地下に、不自然に強固な結界が一箇所」
「よし。……舐められるだけ舐められておいて正解だったね。おかげで、警戒心がすっかり緩んで、余計なことまで喋ってくれた」
アルトは窓の外に流れる景色を見ながら、静かに呟いた。
「『北の街道沿いの宿場町』、か。酒に酔って口が滑るとか、本当に助かるよね」
「アルト様、あの発言、どこまで真に受けてよろしいのでしょうか」
ライナスが慎重に尋ねる。
「真に受けるっていうか、裏取りはするよ。エリーゼの調べた密輸ルートと照らし合わせれば、多分本当だと思う。……ああいう手合いは、調子に乗ると、本当のことを自慢げに喋るものだからね」
「では、明日は北の宿場町へ?」
「うん。さて——次は、あの商売の『取引先』から潰していこうか」
(つづく)




