第8話 それでも、私は彼女の隣に立ちたい ≪side 美緒≫
『あの子はきっと、君が想像しているよりも強い。君がいなくても、一人でどうにかなるかもしれないよ。』
一週間前、会長にそう言われたことが今になって思い出される。
あの時は結芽が――初めてできた一番の親友が、クルイモノによって命を奪われかけたって知って、頭が真っ白になった。
だから、それを諫めるために彼は私にこの言葉を告げたのだと、今になるまで思っていた。
「結芽、あなたは本当に誰からも戦い方を教えてもらったことがないの?」
目の前で繰り広げられている結芽と刹那の模擬戦闘を見ながら、ぼんやりと考える。
二人の持つ得物がぶつかり合って、火の花を咲かす。
ちかちかと輝くそれは彼らの魂の乱舞を見ているみたい。
きっと、私はここまで戦える気がしない。
『自由』になりたいと言い訳して、逃げた臆病者だから。
*
「戦闘指導? そのまま戦いに行かされるわけじゃないんですね」
「当たり前だろ。そんな馬鹿な真似をするほど上層部も腐っちゃいねぇよ」
――意外と真っ当な業界なんですね。
そう無垢な笑顔で笑う結芽を見ると心がキシキシと痛む。
『陰陽師には腐った奴らが多い。くれぐれもそう簡単に心を許すなよ』
陰陽師として出世街道を突き進んでいく母から常日頃言われ続けた言葉。
小さい頃は意味を理解できていなかったけど、今なら身をもって理解した。
下手に権力を持った凡人が、無垢な才能ある子供たちを利用しては使い捨てる。
それが、私が家の外に出てみた大人の陰陽師たちの姿だった。
だからこそ、結芽には踏み込んでほしくなかった。
「……とりあえず、美緒の嬢ちゃんに関しては、お袋さんから話を聞いているからひとまず置いといて」
値踏みをするように結芽を頭からつま先までジーっと見つめる久志さんは、一体何をするつもりなのだろう。
お母さんから私に関して聞いていること、か。
思い浮かぶのが、私の個人的な趣味の絵か鍛錬のことぐらいだけど……。
まさか、久志さんがやろうとしていることって――
「結芽の嬢ちゃん、『今から刹那と決闘しろ』って言ったらできるか?」
「え、決闘? どうしてですか?」
結芽が驚きを隠せない様子で首を傾げる。それは当たり前の反応。
いきなりそんなこと言われても困るに決まっている。
「それは、嬢ちゃんの実力を測りたい、から?」
「なるほど……。少し時間をいただいてもいいですか?」
「あ、あぁ。構わないぞ」
でも、どうして聞いた側の久志さんも言葉が詰まっているの?
少しの間、沈黙がその場を支配した。
戸惑いを隠せない様子の結芽、何かを考え込む刹那。
――そして、言い出しっぺの癖になぜか顔を青ざめさせている久志さん。
5分ぐらい時間が経ち、口を開いたのは結芽だった。
「分かりました。ここじゃできませんよね、どこで決闘をやるのですか?」
「ちょっと待った。俺が提案した手前、ごちゃごちゃ言うべきじゃないが思い切りが良すぎるだろ!!」
「自分の力を自分でも把握できていないんです。それを推し量れる機会ならいいかなって……」
――心中お察しします、久志さん。
胃に手を当ててさすっている久志さんを見ていると、気の毒に思う。
結芽、昔からなにかと思い切りがよかったよね。
切り替えが早いというかなんというか。
高校生になっても変わっていなかったんだ。
「今からその場所に案内するから。刹那、いきなりすまんな。まさかすぐに首を縦に振るとは思わなかった」
「僕は別に構いませんよ。そもそも、新人がこの支部に来た時いつもやっていることではありませんか。今回も特に変わりません」
『そうか』と口を引きつらせる彼は、トボトボとエレベーターの方に向かっていく。
――どうして、彼がいつも胃薬を持っているのか理由が理解できたのかもしれない。
*
「うわー、地下にこんな広い空間があるなんて秘密結社みたいだね」
「結芽、1回ヤ〇ザから離れよう。意外と地下の建造物は存在するから」
『どうしてわかったの?』と言いたげに目を見開いているが、さっきボソッと 「ヤ〇ザ?」って呟いていたのを、私は聞き逃さなかった。
「それにしても、本当にすごいよね。地下に決闘場があるなんて漫画の世界みたい」
まぁ、結芽が感嘆する気持ちもよく分かる。
コンクリートでできた壁をコンコンと叩いてみても、びくともしない。
軽く手を当ててみると、かすかに霊力が流れている。
これ、『耐久性』を高める霊術でもかけられているのね。
だから、崩落の危険のある地下でも決闘訓練が可能なのか。
「今から結芽の嬢ちゃんと刹那には決闘を行ってもらう。今回の決闘は何でもありだ。勝負は先に両膝を付いた方が負け。いいな?」
「はい、分かりました!!」
「難しいことは考えなくていいから、お前のやりたいようにやれ」
初手でなんでもありって、いくら何でも無謀なのでは?
今の結芽には潤沢な霊力があるけど、その扱い方を全く教わっていない。
その状態で戦えると思っているの? それとも、もっと別の思惑があるの?
どちらにせよ、あまりにも考えなしすぎないか。
1回、刹那自身どう思っているのか聞いてみよう。きっと、彼なら反対するはず。
「刹那、あなたはあれをどう思う?」
「うーん、確かにもっと選べる手段があったとは思います。ただ、あなたが思うようなことにはならないと思いますよ」
意外と反発していない? それどころかむしろ乗り気になっている。
刹那は『こういう新人潰しみたいな真似が嫌い』って言ってたのに心境の変化でもあったの?
「まぁ、見ていてください。僕の憶測が正しければ、本気を出さなければあっさり負けるでしょう」
「え? ちょっと――」
そう告げた彼は私に考える隙も与えず、結芽の前に立った。
「よし、2人とも準備はいいか? 俺が旗を振り下ろしたら、開始だからな」
二人が戦闘に入る準備ができたと見計らった瞬間、闘いの火蓋が切られる。
何もないところから刹那が出したのは、彼が愛用している槍。
あぁ、本当に本気でやるつもりなのね。
雷を纏ったあれをまともに受けると、痺れる程度じゃすまない。
結芽はどうして――
「え、あれは武装霊術? しょっぱなからあんな切り札みたいなものを使うなんて」
彼女は胸に手を当てたと思うと、光を纏って姿を変える。
白いセーラーに、白髪になった彼女のその手には一刀の打刀。
白い刀身が綺麗に波打っているそれを何でもないように振るおうとする。
「僕の予想が当たってしまったみたいですね」
まず、先に攻撃を仕掛けたのは刹那だった。
槍を真正面に突き出したかと思うと、持ち替えて下から振り上げる。
その一連の動きを目で追うには無理があるくらい自然な流れで、攻撃を仕掛けていく。
「わぁ、危ないところだった。すーっごく、動きが速いのね!!」
あっさりと攻撃を受け流した結芽は、『今度は私の番』と言わんばかりに攻撃を仕掛ける。
本当に見分けがつかないぐらいだが体勢を崩した刹那の隙を縫うように、彼の間合いに踏み込む。
惜しくも彼の槍に阻まれてしまったけど、それでも着実に彼が攻撃を仕掛けにくくなるように彼女は追い込む。
「なぁ、美緒の嬢ちゃん。あの娘、学校では部活何やっていた?」
「テニス部でしたよ。私たちの学校、剣道部がないので刀に触れる機会ってまるでなかったと思います」
そう聞きたくなるのも分からなくはない。
クルイモノ達と戦うときにもあの武装を使っていたと仮定してみても、やはりおかしい。
あまりにも手馴れすぎている。
今、目の前でだって中段に構えを取りながら、相手の隙を見計らって懐に飛び込んでいく。
攻撃を受ける時だって、衝撃を相殺しながら次の攻撃を仕掛けられるようにする。
ここまでの流れが崩されることなく戦うのは戦い慣れていないと難しい。
「武装霊術って、ここまで長持ちするものでしたっけ?」
「いや、そんなことはない。せいぜい長くても5分が限界なんだが……」
腕時計の時間を見て見ると、2人の決闘が始まってから7分程度が経っていた。
それでも依然として2人は打ち合いを続けている。
時々火花が散ったり、2人の姿が残像でしか見えなくなる時がある。
だから、まだ余力を残っているのではないかと思う。
「とんだ化け物だな、結芽の嬢ちゃん。会長があんなに興奮していた訳も理解できるぜ」
化け物、ねぇ。
改めて、二人が戦っている様子をもう一度、目に焼き付ける。
笑い声が聞こえてきそうなほど、無邪気に楽しそうな様子で互いの武を分かつ姿はある種の異常であることには違いない。
それのみを抜き出すのなら、化け物と評するのは間違っていない。
「綺麗だな……」
気づけば、無意識のうちに心の声が口から零れ落ちた。
すっかり彼らの戦いに魅了された私は、おもむろに鞄からペンと紙を取り出した。
――この戦いを、魂のぶつけ合いのようなものを私の目と耳と記憶の中にだけのものにしたくない。
その欲求のみで、その瞬間を『絵』という形に切り出す。
ここまで胸の躍る絵のモデルも多くはない。
追える限りの動きを目で追え。一瞬たりともこの光景を描く腕を止めるな。
「美緒の嬢ちゃんまでも、おかしくなったのか」
そうしている間にも彼らの戦いはますます苛烈になっていく。
そして、互いに肩で息をするようになったころ、この決闘を終わらせるために改めて武器を構えた。
それぞれの武器には紫の雷と、白い光が纏われている。
二人が攻撃を繰り出したのは同時だった。
「ま、眩しい!! なんて強い力なの?!」
「美緒の嬢ちゃん、目を瞑れ!! 直視すると目が焼けるぞ!!」
一瞬の輝きとはいえ、2つの強大な霊力のぶつかり合いは戦いの外にいた私たちにも少なからず影響を与えた。
「はぁ、はぁ。僕の、勝ちですね」
光が収まり、目を開けるとそこには、辛うじて両足を踏みしめている刹那と四つん這いになっている結芽。
勝者は刹那だった。
しかし、勝ったのにも関わらず、彼の顔は暗い。
「結芽さん、立てますか? 霊力切れが起こっていますね」
「ありがとうございます。足の力が抜けちゃって一人で立つのはどうしても難しくて……」
何とか、刹那の肩を支えにして立った結芽は生まれたての小鹿のようにぎこちなかった。
私と久志さんはそれを呆然と見守るしかできなかった。
『あの子はきっと、君が想像しているよりも強い。君がいなくても、一人でどうにかなるかもしれないよ。』
以前、会長に言われた言葉が再び反響する。
今日この時、本当の意味でこの言葉に込められた意味を理解できたような気がする。
あの決闘を見て、まともに戦って結芽に勝てる想像が全くできなかった。
それでも……。
「美緒~、足が動かないよぉ」
私に向かって泣きつく結芽。
さっきまで鬼神のごとく戦っていた彼女と同じには全く見えない。
『それでも、君は自由を捨ててまで彼女と共に戦うことを選ぶのかい?』
えぇ、変わらないわ。
どれだけ実力がかけ離れていたとしても、彼女が私の友人であることには変わりないから。




