第6話 少女、夢、『レガリアス』
「『レガリアス・カード』を7枚すべて解放してほしいの。これは私にはできない。あなたにしかできないことなの」
ナナは願いを乞うように、そっと私の両手を握りしめた。
微かに震える彼女の小さな手は酷く脆く見える。
……縋るように言われても、どう返せばいいのかが分からない。
「……いきなりそんなことを言われても。そもそも『レガリアス』が何なのかが分かんないわ」
クルイモノ達が欲していたから、きっとただものではない。でも、分かるのはそれだけよ。
あとは……日記帳が関連しているみたいだけど、本当にそのぐらいしか理解できないわ。
「君が持っているあの日記帳、あれこそが『レガイアスカード』のケースみたいなものよ」
……ケース?
そういえば、あのクルイモノ達と戦うとき、一枚の白いカードが飛び出してきたような――あれが『レガリアス・カード』なの?
「そもそも『レガリアス』って一体何なの?」
「あ、それを言うのを忘れていたわ。ごめんね?」
――やっちゃった。
そう続ける彼女はどこかぽやっと腑抜けていた。
見た目こそ私と瓜二つだけど、おっちょこちょいというか抜けている感じがする。
「『レガリアス』はね、ありとあらゆる意志を持って戦ったすべての人たちの象徴なの」
「は、はぁ。なるほど……?」
「ちょっと、なんだか煮え切らない反応ね!」
彼女は頬を膨らませてそっぽむくけど、仕方ないじゃない。
想像していたよりも壮大過ぎて頭の処理が追い付かないのだから。
「とんでもないものを持ってしまった」
「どうして、喜ばないの? それがあったら、あなたは英雄になれるのに」
「え? ちょっと待って。それってどういうこと?」
英雄になるって、そんな都合のいいおとぎ話があるわけないでしょ?
『この日記帳もとい『レガリアス・カード』を持っているから』なんて、単純な理由で英雄になれるのなら、世界はすでに平和になっているわ。
「『レガリアス・カード』はね、『レガリアス』に認められた人にしか扱えないの」
――そして、もうあなたは使っているのよ。心当たりあるんじゃない?
揶揄うように胸元を指さす彼女。
日記帳から飛び出たあの白い一枚のカードが胸に入っていったのを思い出す。
まさかと思いパジャマのボタンをはずすが、何も変化はない。
気のせい?
「惜しい。正解はこうするの」
胸元にそっと置かれた彼女の手から温かいなにかが流れ込んでくる。
彼女のものであったそれが、もともと私のものだったようによく馴染む。
――この感覚。あのカードを手にした時とそっくりだ。
「なに、これ。痣? でも、入れ墨みたいにも見えるわ」
胸の中心から枝葉が生えているような模様が、肩まで広がって輝いている。
うそぉ。これ普段から見えていたら相当目立つ。
「それは『印』。カードを得る資格を持つ人たちにのみ現れるものよ」
彼女は愛おし気に私の胸元の模様を撫でる。
ちょっとこそばゆい感じもするけど、不快だなんて思わない。
むしろ心地よいようなそんな気がする。
「あなたが完全に『レガリアス・カード』を扱えるようになるには、他の7枚のカードを解放する必要がある。ただ、解放するだけじゃダメ。――彼らの持つ彩を愛するの」
何かを決意するように頷いた彼女はそっと私の胸を押す。
その瞬間、私の体はふわりと宙を舞う。
何かに引っ張られる、いや、吸い込まれて――。
「ナナ?……ナナ!!」
――どうして、こんなことを?
訳が分からなくなった私は、彼女の名前を叫ぶ。
視界に入った彼女は儚く、壊れそうな笑顔で笑っていた。
「結芽、あなたはこれから徒労を味わうことになる。でも、あなたは一人じゃない。『レガリアス』と、その力に適応する者たちはあなたを支えてくれる」
落ち着いた声で信託を告げるように、彼女は言葉を紡ぐ。
励まされているはずなのに、恐ろしいと感じるのはなぜ?
あ。この流れ、まるでこの前の別れの夢のようだ。
「待っているわ。どうか……どうか、全力で生き抜いて、戦い抜いてほしい。それで、やるべきことを果たしたら、またこうしてお話ししましょう?」
――また、お別れ?
「嫌だ、ナナ。待って!!」
震える声でそう告げる彼女に手を伸ばす。
必死に名前を呼んで叫んで、指先が微かに触れた時、彼女は儚く笑った。
「離れ離れになるわけじゃない。ずっと、そばに居るわ。未来で微笑んで会いましょう」
*
「あっ……はぁはぁ……夢?」
長い夢を見ていたような気がする。
誰かと話していて、その人と笑い合っている夢。
楽しい夢だったはずなのに、どこか苦しさを感じるのはなぜ?
涙が流れ続けて、止められない。
胸がぎゅっと締め付けられてうまく息もできない。
「どんな夢を見ていたのかを思いだせない」
頭がズキズキ痛む。
でも、探さなきゃいけない。
あれは『約束』。……誰との?
夢の中のものが現実にあるわけないのに、衝動に駆られ探してしまう。
きっと、あるはず。
だって、あれは彼女からもらったのだから。
机の上にある開かれたままの日記帳が目に入る。
いや、違う。あれは日記帳じゃない。
「『レガリアス・カード』。……あぁ、そうだ。そうだった!」
全部思いだした。今日見た夢のこと。
彼女が、ナナが紡いだ言葉1つ1つを鮮明に!
どうしよう。涙が本当に止まらない。
とどめなく流れ続ける涙は、私の心に染みる。
胸に穴が開いてしまったような空虚感が私を支配する。
ねぇ、どうしてそばに居てくれないの?
『そばに居るよ。ずっとずっと、あなたと一緒だよ』
いるはずがないのに、彼女の優しげな声が風に乗ってやって来た。
背中を押すように、添えられた言葉は私の胸元に灯る。
「……言わなくちゃ。お義母さんに私の思いを」
さっきまであんなに悲しかったのに、もう苦しさも痛みもない。
あるのは、未来を生きるための決意。それだけだ。
この時間なら、きっと――
やっぱりいた。
義母はキッチンで、朝食を作っていた。
私の足音に気づいたのだろうか。彼女は私の方を向く。
「お義母さん、おはよう」
「おはよう、結芽。……あら、目の下が赤くなっているじゃない?何かあったの」
――俯いちゃって、悲しいことでもあった?
そう穏やかに笑う義母の前で本心を告げるには心の準備が必要みたい。
深呼吸をして、息と心を整える。
よし、いける。ちゃんと言葉にできる。
どこか幼くも強いナナみたいに。
「お義母さん、私陰陽師になる。死ぬために戦うんじゃなくて、未来を生きるために戦いたい」
ど、どうだろう。やっぱり反対されるのかな。
思い切り目を見開いているし、されるかもね。
自分でそう言った手前、うじうじしていたくはないけど、やっぱり不安。
反対されても、何回でも伝え続けるわ。
「結芽……。いいわよ、陰陽師になっても」
「え、いいの?お義母さん」
怒られると思ったのに、あっさりと返されたものだから思わず拍子抜けしてしまった。
どんな心境の変化なんだろう。
「だって、あなたは引くつもりは無いでしょう? 私が頷くまで何度も言うつもりだった――違う?」
悪戯っぽく笑いながら、義母は朝食づくりの続きを始めた。
「それに、1つ思いだしたことがあるの。とても温かな思い出。それを紡いだのはあなたぐらいの年の陰陽師だったわ」
――その中の彼女たちはいつも笑っていた。それならきっとあなたも笑って生きられると思うの。
懐かしむように吐き出した義母は、鼻を啜った。
「ありがとう、お義母さん」
*
「そうですか。それならよかったです。この度はいきなり申し訳ございませんでした。これから、どうぞよろしくお願い致します。――親御さんの許可は取れたよ」
――私の言った通りになっただろう、影山君。
眼鏡をかけた長髪の男は、受話器を片手に自身の目の前にいる部下へそう告げた。
……悪魔みたいな男だな。
そう思った影山と呼ばれた男は目の前にいる男を睨みつける。
意味がないと分かっていながらも、男は睨みつけるのをやめなかった。
「そうですね。でも、会長。年頃の乙女を血なまぐさい戦いに巻き込むのはいささかどうかと思いますが?」
この言葉は紛れもない影山という男の本心だった。
家族を失うことの苦しみを身をもって知っている彼の言葉は、決して軽々しいものではない。
いつもは飄々としている会長とはいえ、彼に関しては真摯に向き合うのだ。
「そうだね。一般的な感性を持っていたら、勧誘はしなかったよ」
――僕だって、彼女には健やかに生きて欲しいからね。
うわべを何重も取り繕う男から出る純粋な言葉に、影山は思わずたじろぐ。
会長に救われてから12年。部下になってから3年。
決して短くはない関わりの中で、初めて見る姿だったのだ。
「それなら、一体なぜ?」
「あの娘は怯えていたよ。でも、『なりたくない』とは一言も言わなかったんだ」
「は?でも……」
――あれ?そういえば、あの娘『驚いた』とは言ったけど、『なりたくない』とは言っていなかった。
影山はひたすらに恐怖した。
自分よりも5つ年下の、従兄弟と同い年の少女が『陰陽師になることを恐れていない』という事実に。
「あの精神性ならどのみち、入っていただろう。……それで、今日君を呼んだのには理由があるんだ」
影山は嫌な予感がした。長い付き合いの中で、今みたいに満面の笑みを浮かべている上司はろくなことをやらかさないと。
「君の従兄弟の班、二人ほどいないだろう。そこに彼女と美緒ちゃんを入れる。……そして、おめでとう! しばらく君は出向だ。」
――彼女たちの指導、頼んだよ。
にこやかに告げる上司の命令に彼は「イエス」か「はい」のみしか、答えることを許されない。
「承知しました。全身全霊をかけて、彼女たちを強くします。」
「……期待しているよ。きっと、あの子たちは傑物になる。特に、千枝結芽はね」
この時の言葉を影山は半ば話半分で信じていた。
しかし、その言葉の意味を彼が知るにはそう時間はかからなかった。
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