第43話 暗闇のような恐怖を塗り替えて ≪side 美緒≫
≪美緒視点≫
本当に最悪だ。
結芽と萌黄と離れ離れになってしまった。
どうせならまとめて拘束でもすると予測していたのに。
外した。
乱暴に石畳に叩きつけられたのか、体が痛い。
「ひとまず、2人と合流しないと……」
光を灯しながら周りを見渡すと、どうやらここは牢屋みたいだ。
出入り口にはご丁寧に南京錠が掛けられている。
近くに鍵は見当たらないし、どうしようか。
「はぁ、パランディン」
この檻には特に霊術が施されていない。
それならば、壊しちゃった方が早いよね?
「この檻を破壊して」
指を鳴らすと、彼は片手に持つ大剣で檻を破壊する。
カラカラと鉄が落ちる音を耳にしながら、ため息を1つ。
「近くにはいなさそうね」
かなり大きな音がしたというのに、何も動かない。
誰かの息を吞む音も、何もしない。
つまり近くに2人はいない可能性が高い。
それかもしくは……
悪い方に考えるのはやめよう。
とにかく、2人を見つけなきゃ。
小さな灯りを頼りに前へ進んでいく。
本当にたくさんの檻たちね。
ところどころに骨が落ちているのが見える。
この骨が誰のものなのかは、一切見分けがつかない。
「大丈夫、きっと2人は生きている。……佐藤さんは分からないけど」
私たちよりも先に連れてこられたであろう彼女へ思いを馳せる。
『私に何かあったとしても、気に留めないでください。これでも修羅場はたくさん経験していますので』
昨日2人きりになった時、彼女に言われた言葉。
あの時にはすでに彼女自身もこうなる覚悟ができていたのだろうか。
それとも私を安心させるために言った言葉なのか。
今になっては分からない。
ただ、その言葉があったからこうなっても下を向かず動けている。
そんなことを考えながら、右側の区画を探索しようとした時だった。
「あ、アァ。イヤぁアアアアア!」
「結芽?」
誰かの、女の断末魔が、空気を切り裂く。
その声に聞き覚えがあった私はすぐさま走り出す。
「結芽……お願い。無事でいて」
小さく零れた祈りに返すものは誰もいない。
とにかくがむしゃらに駆けていくと、風に乗って霊力が流れる。
――私をどこかへ導くように。
流れに沿って進めば進むほど霊力が強まっていく。
酷く嫌な予感を覚える。
「まさか結芽、霊力が暴走してしまっているの?」
ひと際大きな霊力の波を感知する。
恐らくここが、結芽のいる場所なのだろう。
微かに見えた光の方を見て、絶句した。
「あ、あぁ……ごめんなさい。ごめんなさい」
まず目に映ったのは、頭から血を流して倒れている佐藤さん。
それだけでも、胸が締め付けられる思いだった。
けど、もう一人を目にしてからは意識がそちらへ向く。
ただひたすらに横たわっている佐藤さんに謝る結芽。
白い髪の毛がゆらゆらと揺れながら、彼女の黄金の瞳は佐藤さんへ釘付けだ。
「お母さま、わたくしはどうすればよかった?わたくしがにげなければよかったの?」
どうしよう。完全に錯乱している。
佐藤さんのことを親と勘違いしている。
口調も姿も何もかも変わっている。
もしかして、あれが結芽の本来の姿?
いや、今はそんなこと考えている場合じゃない。
このまま結芽の高濃度の霊力を浴びせ続けたら、佐藤さんが本当に死んでしまう。
「パランディン、結芽を佐藤さんから引き剝がして!」
声に応えたパランディンが結芽の体を抱きかかえる。
ものすごい力だ。
鉄を叩き切れるパランディンの力を以てしても、結芽はびくともしない。
こちらへ視線を寄こした彼女は人差し指をすっと下に降ろす。
その瞬間、大量の光の矢が私へ襲い掛かる。
「じゃま、しないで」
「……ク゚っ! 本当に躊躇いがないって怖いね」
結芽の霊力の揺らぎを読み取れたから間一髪で防げたけど……。
避けきれなくて少しだけ、腕が切れちゃった。
段々、その揺らぎすら見分けがつかなくなっているわ。
「パランディン、1回退いて」
このままパランディンを壊されたら埒が明かない。
一か八か、試してみるか。
右手を前にかざしながら、ある言葉を紡ぐ。
青の『レガリアス』の記憶から教えてもらった詠唱。
これを以て、完全に『レガリアス・カード』の権能を解放できるらしい。
滅多に使うことはないらしいけど、異常事態だから仕方ないわよね?
≪我は自由を描く者なり。大いなる責任と苦悩を抱え、この混沌とした世に晴れ渡る空を描かん。願わくば、この御業をもって、苦しみ喘ぐ魂を救わん≫
詠唱を終えると完全に武装したものに姿が変わる。
前までの姿とほんのちょっと違う気がするけど、今は気にしない。
「まだ、じゃまするの?」
「邪魔じゃないよ。ただ、あなたを助けたいだけ」
興味なさそうに私を一瞥した結芽はまた人差し指を上にあげる。
光の矢を降らそうとしているのだろう。
でも――
「かかったわね」
彼女の体が佐藤さんから離れた隙を見逃さない。
筆で軽く描いた動物たちに佐藤さんを牢屋の外へ連れ出してもらう。
そして、私は結芽の右腕を掴んだ。
掴んだ左手からは彼女が放出している霊力が絶え間なく流れてくる。
「とりあえず、限界まで使わせてもらうよ!」
*
「はぁ、やっと気絶した」
彼女の霊力を極限まで削るのに30分かかるなんて。
まぁ、それも仕方ないことなんだけどね。
ただでさえ濃度が濃いのに、量も多いから制御するだけでも大変だった。
それに加えて、霊力が自然回復する速さも桁違いだからより時間がかかったみたい。
「まだ、油断はならないわ。暴走も完全に終わったとは限らないし、それに……」
私の後ろで横たわる佐藤さんの喉元に手を当てる。
よかった。
本当に微かだけど、脈がある。
ひとまず、ここから地上に行かなくちゃ。状況を判断できない。
その前に萌黄と合流しないといけない。
――2人を抱えながら探しに行く?
無謀だけど、やるしかないわよね。
「さて、探しに行くとしま――」
「やっと、見つけた」
後ろから現れたのは、ドローンの上に乗った萌黄。
「うわぁ! びっくりした。急に出てこないでよ、萌黄」
「ごめん。見つけられたことが嬉しくてつい……」
全く、こんな異常事態であんな登場の仕方やめてよね。
警戒していたりしたら、どうするの?
間違って攻撃しちゃっていたかもしれないわ。
「2人はどうしているの?」
「見ての通りよ。結芽は眠っているだけだけど、佐藤さんがあまりよくない」
私の後ろにいる2人の現状を見た彼女は一瞬目を見開く。
まぁ、衝撃的よね。
ついさっきまで喋っていた人が、ダウンしているのを見るの。
「それなら一度、外へ出よう。さっきまで迷子になっていた時に、出口を見つけたから」
迷子になっていたの?!
だから、一切遭遇できなかったのね。
というか、気持ちの切り替えが凄まじく早いわね。
「これだけの人数を連れていくのなら……」
彼女が端末を操作すると、ドローンはSF映画にでも出てきそうな歩行型ロボットに変化する。
――さぁ、乗って。
そう彼女に促されるがままに乗り込む。
「目的地は外の森の中。そこまで行けば、霊力探知も円滑に使えるようになるから」




