第41話 眠れるおまじない
「っは!……ハァ、ハァ」
やっぱり眠れない。
布団へ入って目を閉じ、寝ようと試みても意味がない。
『さっき仮眠をとった時みたいに悪夢を見るのではないのか』
『もしかしたら眠ったら目覚められないかもしれない』
その恐怖たちが頭の中でぐるぐる回る。
とてもじゃないけど、何も考えずに眠るのは無理だ。
本を読んだりして気分転換でもする?
「ぐぅー」
「スピィ……ゆめぇ、ゆきはたべられないよ……むにゃ」
こんなにもぐっすり眠っているのを邪魔はできないよね。
――というか、美緒。
あなた、どんな夢を見てるの?その中の私は何してるの?
随分と愉快な夢を見ているようね。
ともかく、部屋の中にこのままいるのも気まずいし。
そうだ。
「……散歩にでも行こうかしら」
障子窓から見える外は、星々がキラキラと輝いている。
普段家にいるときは滅多に星など見えないものだ。
いつもとは違うことをすれば、多少は気が紛れるはず。
「音を立てないように、そーっと」
*
宿の外へ出ると、目の前に満天の星空が広がっていた。
空気が澄んでいるからか、1つ1つの星が鮮明に見える。
「綺麗ね……」
木々に遮られていてちょっぴり見にくいけど、十分見ごたえのある景色だ。
せっかくならもっと見晴らしのいいところで見たい。
村の中へ入っていく?
ダメだ。何が起こるか分からないし、却下。
とはいえ、森の奥深くに入るのも危ないし……。
「ちょうどいいところに大きな木があるじゃん」
宿が見えるほどの距離で、他の木々よりも背が高い。
おまけに上りやすそうな枝が何本も生えている。
あの木の上から見て見ることにしよう。
「汚れたらいけないから一応上着着ておこう」
木の皮って意外とボロボロ落ちて来るものなんだ。
全然知らなかった。
地面へ落っこちないように注意しながら登っていく。
「やっぱり高いところから見る景色は格別みたいね」
一番高い場所にある枝へ腰かけながら呟く。
少し冷たい風が頬を撫でる。
眠りを促すための気分転換のはずなのに、逆に頭が冴えてきちゃった。
「ねぇ、君。外から来た人だよね?」
突然そんな声が横から流れてくる。
目線を動かすと、隣に1人の青年が私と同じように木の枝に腰かけていた。
肩にかかるくらいの藍色の髪を下の方でまとめた彼は、放っておけば夜風に攫われそうなほど儚げだ。
髪よりの暗めな色をした瞳が、こちらへ向けられる。
「そうだよ。その恰好を見るに、あなたはこの村の人よね」
「うん、一応そういう感じ」
煮え切らない反応ね。
『一応』って何よ、『一応』って。
彼の纏う服は村人と同じ着物だ。
だから、少なくともこの村に住んでいるのは間違いなさそうだけど……。
もしかして、村の外からやって来た人なのか?
「あなたは元々、村の外にいたの?」
「まさか。生まれも育ちもこの村だよ。『一応』って言ったのは村人の輪の中に入れないから」
やってしまった。
何気なく聞いたことの返答が、重すぎる。
『村人の輪の中に入れない』って、あれよね。
彼らにはない特殊なものを抱えてしまっているから、とかそういうさらけ出したくないもの。
この人にとって繊細な部分じゃないか。
「ごめんなさい。配慮が足りてなかった」
「別に平気さ。……それよりも聞きたいことがあるんだけど、聞いてもいい?」
何でもないように笑う彼の声は乾いている。
こういうことを言われ慣れてしまっているのだろうか。
詮索するのはやめにしよう。
彼に失礼だ。
「いい、けど」
ぎこちなく返す私を尻目に、彼は私を観察する。
最初は顔から始まって、足先まで見る。
かと思えば、また顔を見る。
誰かにくまなく観察されると、いやらしさを感じるものだが、彼からは一切そう言うものを感じない。
――と言うか、今気づいたんだけどこの人。
霊力の量が尋常じゃない。
纏う霊力量を目算してみても、少なくとも刹那さんの霊力量はあるぞ。
私が常軌を逸脱しているだけで、刹那さんもかなり多い方だって久志さんが言っていた。
それを超えるこの人は一体何者?
「これは、やっぱり思った通りっぽい」
「やっぱりって?」
彼は少し眉間に皺を寄せながら、私の目の下を指さす。
「君、眠れていないんでしょ?目の下の隈、くっきりと見えているよ」
――どうして、眠れていないの?
そう問いかける彼の顔にも隈ができていた。
私の目の下よりも、何倍も濃いように思える。
彼もまた眠れない人なのか。
「悪夢を見るの。目を背けたくなるような凄惨な夢。……でも、背けられない」
「そっかぁ。悪夢を見るのは嫌だよね」
柔らかく微笑みかけながら、懐かしむように星空に手を伸ばす。
――自分の方がよっぽど酷いのに、笑っていられるのはなぜ?
そんなまっすぐな疑問が喉元まで出かかって詰まる。
「でも、ちゃんと寝た方がいいよ。心の健康のためにもさ」
それはごもっともなことだ。
しかし、眠れないものは眠れない。
眠るのが恐ろしいと思うときはどうすればいいのだろう。
あぁ、もう。
考えても答えが出ないから、こうして外へ出たのに。
これじゃ本末転倒だ。
「そうだ。ねぇ、右手の小指を出してくれる?」
「別にいいけど」
恐る恐る右手の小指を彼の前に出すと、彼の小指と絡ませる。
そして、そのまま彼が何かをぼそりと呟くと、彼の小指に着けられている指輪が鈍く光る。
『もういいよ』と言われると、さっきまで感じていた息苦しさが消えている。
「これは君が眠れるようにするためのおまじない。きっと、布団へ戻ったら何事もなかったかのように眠れるよ」
――それじゃあ、またね。
その一言と共に彼は去っていく。
彼が一体何者で、どうしてここにいたのか。
それを私は一切知らない。
ただ1つだけ分かるのは、彼が異常な霊力を持ったお人よしであること。
「ふわぁあ、眠たくなってきた。宿へ戻ろう」
今なら、よく眠れそうだ。
*
――結芽が宿へ戻ろうとしている頃。
結芽と会っていた青年が住処であるかやぶき屋根の家へ帰る。
家の中にはほんのり灯りが灯されている。
青年は嫌な気分半分と、喜び半分で引き戸を引く。
「また夜に外へ行っていたの?」
「ごめん、おばさん。ダメだって分かっていたけど、どうしても気になったんだ」
彼に小言を吐く女性はため息をつく。
その様子を横目に見ながら彼は結芽のことを思いだす。
表情のコロコロと変わる人間なんて、彼は一切見たことがない。
それゆえか、彼の頬はいつもよりも緩む。
「今日泊まりに来た子たちのことかい?」
「あぁ。たまたまその中の1人の子がね、外に出ていたから声を掛けてみたんだ」
彼女――女将はぼんやりと思いだす。
普段ならいちいち客の顔を覚えることなんてないが、今日は違う。
9人の客の中に目立つ強大な気配。
それを纏った少女が何でもないように笑っていることに、彼女は恐怖したのだ。
「俺ね、初めて知ったよ。外の人だって、眠れないんだね」
悲しそうにそう吐きだす青年に彼女は申し訳ない気持ちになる。
彼女の犯した過ちが彼をここまで暗くさせてしまっているからだ。
その一方で青年は満面の笑みで彼女に笑いかける。
「でも、ここにいる人よりも楽しそうだった。また、あの子とお話がしたいなぁ」
彼は初めて話した同世代の友好的な様子を見せる結芽へ思いを馳せる。
*
しかし、彼は思いもよらなかった。
その再会が決して明るいものではないということを。




