第40話 知らぬ過去は悪夢の形を為す
『ここはどこ?』
確か、私はシジマ村の宿で眠りについたはず。
それなのにどうして、森の中に突っ立っているのだろう。
しかも、目に入る体の一部が幼女のものになっている。
誰かに変なものを食べさせられた記憶もないし……。
そうなると――
『また、夢を見ているのね』
最近は夢を見ることすらなかったのに。
よりにもよって、こんな時に見るなんて。
絶対、目覚めた時覚えているやつじゃないか。
そして、凄く倦怠感を感じるまでがワンセット。
はぁ、なんか喋ろうにも喋れていないみたいだし、流れに身を任そう。
「■ちゃん。本当にあたしたち、外へ行けるのかな?」
背中にとすんと誰かがぶつかる音がする。
振り返ると、顔は見えないがどこか懐かしい気配を纏う少女がいた。
不安そうに見上げる彼女は、私の手を握る。
どう声を掛けるべきだろうか。
「□□□、大丈夫。きっと助けは来るから」
気づけばそんなことを口走っていた。
何を言おうか迷っていたはずなのに、はっきりと自然に。
彼女は私を見上げる。
もう不安そうに震えていなかった。
「だから、明日頑張ろうね。みんなで笑い合えるように」
「うん!■ちゃん、ありがとう」
彼女は笑って駆け出していく。
なんとなくその手を掴まなくてはならないと思った。
放っておいたら、散ってしまいそうに見えたから。
でも、なぜか私はその手を掴めなかった。
パチンと、誰かが1回拍手する。
暗転
*
「母様、父様。待っていてくださいね、■が助けるから」
次に目を覚ますと、暗がりの中に一人立っていた。
やはり自分の体だというのに、思うがままに動かせない。
錆びた鉄の臭いがツンと鼻の奥を突き刺ささる。
ハエがブーンと鈍く鳴くのを耳にしながら、目の前にある塊へ手を添える。
温かい。
まだ微かに温もりがあるそれは、知らないはずの父と母を形どる。
「一緒に、家に帰りたいよ」
気づけばそんな弱弱しい言葉が零れ落ちていた。
誰の返事が返ってこないことぐらい、考えれば分かるはずなのに。
普通に生活していれば、願い必要なんてない些細な願い。
誰もが手に入れる事が出来る日常。
『酷く、虚しいわ』
吐き出す諦めもまた、声にはならない。
あぁ、本当にこんな夢、さっさと醒めてしまいたい。
自分が酷く哀れに見えるから。
パチンと、もう1回拍手の鳴る音が聞こえる。
まだ夢は醒めない。
*
「■ちゃん、あなただけは逃げて」
あぁ、なんで本当にまだこの悪夢から醒めないの?
火が轟々と私の周りで燃え上がる。
目に入るのは、壁際で頭から血を流して倒れている□□□ちゃん。
辛うじて息はしている。
けど、唇は青白くなっている。
人々の悲鳴が混ざり合って、頭が痛い。
『死にたくない』と叫ぶ声、親の名前やこの名前を呼ぶ声に、痛みに喘ぐ声。
「□□□ちゃん? □□□ちゃん!ねぇ、ダメ。やめて」
「■ちゃん……本当にごめん」
小さな体が、悔しそうに顔を顰めながら倒れこむ。
彼女の元へ走り出そうと立ち上がろうにも、鎖のせいで足が動かせない。
「私、何もできないの?」
現実世界だったら、どうにかなっていたのかな?
鎖なら霊力でねじ切っちゃえばいいし、怪我は札を使えば多少は治せる。
この夢の中の私は酷く無力だ。
1人の友達を助けることすらできない。
自分の境遇を変えるきっかけすら生み出せない。
燃え盛る建物の中で、床を叩いても何も変わらない。
「だれか、そこにいるの?」
返事はない。
でも、ずるずると、何かが這う音がする。
背後から近づくそれの腕が、ペタリ、ペタリと探る。
無数の視線を感じて、息が詰まる。
叫びたかった。
でも、それすら叶わない。
巨大な口が、眼前に迫る。
「あ、まだ、」
――死にたくない。
*
「……め。結芽」
誰かが私の肩を優しく叩く。
これは夢?現実?どちらなのかが分からない。
今はただ苦しい。
もしあの夢の続きなら、耐えられない。
目覚めたくない。
でも、眠っていたくもない。
「――結芽!」
肩を思い切り揺さぶられて、目を開ける。
目の前には酷く心配そうに私を見る美緒が。
となると、ここは現実?
「……おはよう、美緒。戻って来てたんだね」
「うん、ついさっきのことよ」
――そっか、寝坊しちゃったね。
できる限り『いつも通り』を装うと、美緒の顔がさらに青ざめる。
あれ。これ、返し方間違えちゃった?
いや、そんなことはないはずよ。嘘は言っていないのだから。
「本当に何にもない? あんなに魘されていて、布団が汗でぐっしょりなるぐらいなのに?」
え? 私、そんなことになっていたの。
後ろにいる佐藤さんと萌黄ちゃんも気まずそうに頷いているし、間違いなさそうだ。
「本当、本当。目が覚めたら夢の内容、忘れちゃった」
「……そうならいいけど」
美緒は納得していなさそうだけど、それ以上は追及しない。
「なんか、汗でびっしょりだからお風呂入ってくるね」
*
「ふーん、レガリアスちゃんでも怖いものはあるんだ」
村長の家の奥、『眠り神』とされる彼の孫の部屋で一人の少年が嗤う。
紫色の指をそっと水晶玉になぞらせながら少年が見るのは、宿にいる結芽たちの様子。
その紅い目の中には結芽しか映っていない。
「おい、アウラン。本当に成功するんだろうな」
ぶっきらぼうな声を掛けるのは、村で『眠り神』と言われる青年であった。
その騒々しさは村の中で『最も静かなる者』の姿とは思えない。
アウランと呼ばれた少年は『本当に馬鹿はうるさくて困る』と、心の中で愚痴りながら青年に笑いかける。
「大丈夫さ。僕はフラウスの阿呆とは違うからね。しっかり成功させるさ」
彼は思いだす。
彼女が死にそうな顔で部屋に飛び込んできたときのことを。
「あれの手筈はできているんだろう?」
「あぁ、じいさんに頼んだらあっさり了承してくれたよ」
『一体、そんなことしてどんな意味がある』と悪態をつく青年を横目に、アウランはほくそ笑む。
「君は知っているかい? ――人はね、恐怖に支配されたら冷静になんかなれないんだよ」




