第36話 任務への道先は前途多難?!
支部へ戻ると、まだ皆はのんびり休んでいた。
――これから、任務へ行くんだよね?
そう思いながら周りを見渡すと、一人足りない。
私以外にも何か忘れ物した人がいるのかな?
よく観察してみると、幻さんがいない。
「すみません、お待たせしました。……って、あれ? 幻さんはどこへ行ったんですか」
「お帰り、嬢ちゃん。幻のやつなら『霊具忘れた~』って、今取りに行っているよ」
「霊具を、忘れた」
帰って来たのに気づいた久志さんが、札を吟味しながら、答える。
幻さん……幻さん!
荷物を忘れた私が言えたことではない。
ないけど、陰陽師として霊具は忘れたらダメでしょ。
「ただいま戻りました!」
勢いよく扉を開いた幻さんは霊具を担いでいる。
『ごめんごめん』とへらへらする様子はやはり締まりがない。
「……これで全員揃ったみたいですね」
指さしで確認を終えた佐藤さんは私たちに切符を手渡していく。
あれ、切符なんだ。
てっきり霊術を使って移動するものだと思っていた。
私の視線に気づいた佐藤さんは遠い目をしながら言う。
「保護任務では、私たちが陰陽師であることを気づかれない必要があります――我々が陰陽師だと知った途端、行方を眩ます加害者は少なくありませんから」
なるほど、確かに霊術なんて使ったら『私たちは陰陽師ですよ~』って、馬鹿正直に言っているようなものね。
今回の任務は山奥の村だ。そして、すでに帰ってきていない人も多数いる。
下手な真似をしたら命取りになってしまう。
その対策として、交通機関での移動ってことか。
「では、早速向かいましょう――シジマ村へ」
*
「結芽、どうしてそんなに元気なの? 長時間の列車移動って、きつくない」
「え、別に普通じゃない? ただ美緒が酔いやすいだけでしょ? 萌黄ちゃんも平気そうだよ」
まぁ、確かにぐったりしてしまうのも分からなくもない。
実際私たちはかれこれ五時間ほど電車に揺られ続けている。
座っているだけで何もしないのは逆に疲れるのかも。
少なくとも幸いなのは、今は私たちしか乗っていないこと。
だから、こうやって喋っても誰にも怒られない。
「昔から酔いやすかったよね、美緒」
「あの頃よりはだいぶマシ」
「確かに、ビニール袋をずっと抱えていた時とは大違い」
2人は昔から知り合いだったのかな?
随分と気安い様子で会話をしているような気がする。
美緒は陰陽師の家生まれだし、そっちの繋がりがあってもおかしくない。
「千枝さんも平気そう。よくこうやって長時間移動してた?」
「部活で遠方まで大会に行くことなんてザラだったからね。ここ3年で慣れたよ」
びっくりした。この流れでまさか私の方に話を振られるとか思わないじゃん。
中学、高校の両方で地区大会には何回も出ていたから、慣れたんだ。
私だって最初は頭痛くなったりしたけど、今はそんなことない。
「部活は何をやっていたの?」
「テニス部。これでも一応エースだったよ」
「へぇ、すごいなぁ」
萌黄ちゃんが目を輝かせながら、私に問う。
いつの間にかパソコンを閉じた彼女は、ずいっと近づいて様々な質問をする。
学校の近くにあるコンビニのジュースがおいしいとか、最近の流行ファッションとか。
そうして、しばらくの間、等身大の女子高生の話をし続けた。
*
「最寄りの駅に着きましたよ。皆さん降りてください」
佐藤さんに促されて電車を降りると、乗車した駅とはまったく違う景色が眼前に広がっていた。
少し錆びついた鉄の柱に、風が吹いたら飛ばされそうな改札口の屋根。
そして、見渡す限り荒れ果てた田園が広がっている。
カラスがカーカーと鳴くのが酷く不気味だ。
「あの、佐藤さん。本当にここで合っていますか?」
「疑いたくなる気持ちは分かりますが、ここからは歩きになります」
そうだよね。分かっていた。
だって、まともに道路も整備されていない。
人が住んでいる気配もまるで感じられない時点で、バスが通るわけない。
しまいには、シジマ村は山奥にある村だ。
どの道歩く必要があったのは想像に難くないのだ。
「はーい、それでは頑張って歩いて行きましょう。これまでの調査結果では、ここからおよそ1時間程度らしいので、日の暮れる前には着けますよ」
あれ、意外と時間かからない?それなら大丈夫そうな気がする。
部活で山間部での合宿で、坂道をひたすらダッシュとかしたけど、それよりはまし。
多分みんなも大丈夫だろう。
*
――そう思っていた時期が私にもありました。
「みんなー、大丈夫? ……じゃないね」
「普段皆さんは平地の歩きやすい道を歩いていますからね」
「そういう刹那さんは平気そう」
歩き始めて10分ほど経った頃だろうか、息の上がる音が耳に入る。
一人のものではない。複数人のものだ。
そう気づいたときに後ろを振り返ったら、あら不思議。
「ハァ、待って、2人とも。ちょっと休憩が、欲しい」
「ゼェゼェ、キッツイ」
私と刹那さん以外の面々が、限界を迎えていた。
確かに道はあれど草が生えていて、人が歩くような場所ではなかった。
でも、下り坂な分まだましだと思ったんだけどな。
一番ましだったのは、多分幻さん。
「なんでこんなに歩き慣れてんの?」
幻さんの霊具は杖だもんね。
それを支えにできる分、彼はかろうじて立っていた。
逆に一番ひどかったのは、萌黄さん。
「…………」
全くの無言。
気絶しているかどうか不安だったけど、少し座らせたら多少顔色はよくなった。
「少し、休もう。ちょうど、あそこらへんに平らなところあるし」
「ですね。限界そうな方々は僕たちが運びましょう」
ここで離脱者が出たら元も子もないもの。
今はできるだけ体力を消費しすぎないようにしないと。
「よいしょ。兄さん、ちゃんとご飯食べてます? あまりにも軽すぎます」
「食っているよ。カロリーメイト、5本くらい」
「それは食事とは言いません」
刹那さんは呆れながらも、久志さんを軽々と背負う。
結構細いのになんなく持てるってことは、筋肉がたくさんついているのだろうか?
「萌黄さん、少し動ける?」
まだ顔の青い彼女に問いかけると小さく頷く。
ゆっくりと彼女は手を伸ばす。
私の首元に回された手は余りにもか細く感じた。
雑に扱ったら折れてしまいそうで怖かったから、できるだけ慎重に動いたけど大丈夫かな?
「ありがとう、千枝さん。普段あまり動かないから、慣れてなくて」
「デコボコしているし、緩急が変わりやすいから仕方ないよ」
少し喋れるまで回復しているし、ひとまずは大丈夫そうだな。
次は美緒、と。
さっき後ろ向いたときは肩で息をしていたけど、今はどうかな?
「飲み物持っていたの忘れていた。ちゃんと飲んだら回復したよ」
息も整っているし、体調は良さそうだ。
あと少し休んだら行けそう。
「ん? 何だこの音?」
「結芽さん、どうかなさいましたか?」
草むらの方から、カサカサと音がする。
狸やウサギにしては音数が多い。小型動物とかではなさそう。
クマかイノシシ?
でも、それらだったら日の高い今、姿の一部も見えないわけがない。
となると、もしかして――
いや、考えすぎか。
「何でもない。ただの気のせいだったみたい」
*
「……久しぶりに見た。まだ、この山の中に入る人たちがいるんだ」
草むらから覗く影は確かに結芽たちの姿を捉えていた。
それには彼女たちに対する悪意はなく、込められていたのはただの憧憬と危惧のみ。
「この前来た人たちよりも強そう。もしかしたら――」
……僕も自由になれるのかな?
それは希望を口にしようとするが、できなかった。
「まぁ、そんなの幻想か。僕はまた眠れぬ夜を過ごすだけ」
影――ある孤独な青年は、結芽たちがその場から離れる前に、草むらを後にする。
「一度ぐらいはぐっすり眠りたいなぁ」




