第33話 別れはある出会いの序章
「この屋敷ももう見納めかぁ」
ほうきを片手に、事の舞台となった廃墟の前へ立ちぼやく。
あと1週間で屋敷が解体されると聞いた私たちは、この貴重な休日を使って大掃除をしに来たのだ。
この屋敷の主の遺言を叶えるためと、ある憂いを晴らすためだ。
「みんな、準備は良い?」
他の面々に声を掛けると、口にマスク、手にはゴム手袋ですっかり準備満タンのようだ。
「できてるよー!」
「うん、大丈夫。さっそく始めよう」
「分かった。それじゃ、開けるね」
扉に手をかけ、開こうとすると相変わらず鈍い音が鳴る。
最初、この屋敷へ入った時もそうだった。
足を踏み入れると、埃が白く舞う。
前入ったときはカビ臭さがあったけど、埃は舞っていなかった気がする。
「相変わらず、埃がすごいね。少し歩いただけで舞ってるよ」
「それならまずは、この廊下を掃除しましょう。段々目がかゆくなってきました」
刹那さんの提案に全員頷き、各々道具を持って廊下の至る所を掃除し始める。
まずはほうきで床をはき、埃を極限まで減らす。
この時に掃除機を使えるのが一番だけど、そもそもこの屋敷に電気を直接つなぐ媒体はない。
霊術を使う手も考えたけど、生憎ながらそういう方面での技術を持っていないのだ。
下手したら屋敷が吹っ飛ぶ。
「それにしても、満ちる霊力が変わるだけでこんなにも雰囲気が変わるって不思議だよな。前まではおどろおどろしかったけど、今は別にそうじゃない」
「まぁ、この場所は瘴気で満たされていましたからね。いろいろと変わるのも仕方がないでしょう」
確かに言われてみれば、前ほど息苦しさは感じないような気がする。
ちり取りに集めた埃たちを見て見ると、灰色一色の中に紫色のものが少し混じっている。
それこそが瘴気であり、この屋敷が解体される直接的な原因となってしまった。
普通に掃除しているだけでこれだけ目に見えるのだ。
この屋敷がどれほど異常だったのか、考えなくても分かる。
「よーし、とりあえずここの掃除は終わった。次の場所へゴー!」
雑巾で丁寧に拭き上げると、かなり清潔感が出るようになった。
埃で汚れていたからよく見えなかったけど、壁の模様とか結構カラフルでお洒落だったのね。
時計を確認するとまだ一時間も経っていない。
この調子で行けば、今日中に終わりそうだ。
*
「最後はこの部屋か。確か持ち出さないといけないものがあるんだっけ?」
「うん、『ここにある研究資料を持ってくるように』って、久志さんが」
私たちが最後に来たのは全ての始まりとも言える、あの二階奥の部屋だった。
壁に備え付けられている霊力機構に手をかざすと、部屋の中が明るくなる。
「これは、持って帰るの大変じゃね? 分厚い本がいっぱい山積みだけど、収納系の札とか持ってきた?」
「それはこちらに」
だーから、久志さんに札束みたいに馬鹿みたいな量の札を持たされたんだ。
とりあえず、山分けするか。掃除は他の3人に任せておくことにしよう。
「えーっと、どれどれ。『研究日誌【1962】』だから、これは左端にまとめておいとくか」
分別を始めていくと、やはり研究日誌が一番多くの量を占める。
中に書いてあることは全く理解できないけど、きっと貴重なものなのだろう。
本を整理していくと、その中から一枚の写真がひらひらと舞い落ちる。
そこには、あの記憶の中にいた博士と少女が、穏やかな笑みを浮かべて写っていた。
「結芽ー! 掃除終わったよー! ……って、微笑んでどうしたの?」
「何でもない。ただ、願っていただけ」
*
「最後はここで何をするの、美緒?」
掃除が終わり、私たちは屋敷のある土地の端にある一画へ立ち寄る。
小さな崩れかけの納屋がある以外、特に何かがあるわけではない。
刹那さんと幻さんは見覚えがあるらしく、「あぁ、ここか」と頷いていた。
あれ、もしかして私だけ知らない?
「花を供えるの。あの子供のようなクルイモノにね」
そういえば、前に美緒から聞いたことがある。
初めてフラウスと対峙したとき、一緒にある場所に飛ばされたこと。そこで、彼と言葉を交わしたこと。
そして、彼に背中を押されて私の元へ来られたこと。
「彼があの時、『行けばいいじゃん』って言ってくれなかったら、今の私はいない」
ぽつりと言葉を紡ぐ美緒は今、どんなことを考えているのだろう。
その少し寂しそうなまなざしが目に焼き付く。
きっと、その胸には様々な想いでごちゃまぜになっているかもしれない。
「ありがとう。そして、さようなら」
*
「今回の件で、さらに謎が深まったわ。まさか、カードが一人でで動くなんて」
「それだけじゃない。喋ってたよ」
「え?」
あれ、喋るの?
私の手元にあるときは何の変哲もないカードだけど?
いきなりそんなことぶっこまれるものだから思わず思考停止してしまった。
「というか、思い悩んでいた原因の大半がそれを占めていたし」
「あ、え? まさかのこのカードが元凶だったの?」
それなら本当にごめん。
とんだ厄ネタじゃないか、このカード。
封印することも視野に入れた方がいいのかな?
「まぁ、そうだね。色々あったけど、結果的には強い力を手に入れられたし、別にいいよ」
当人である美緒がそれなら別にいいけど。
でも、ちゃんと調べなきゃいけないことには変わりないから、どうしよう。
「やっぱり、使う身としてはちゃんと知らなきゃいけないことには変わりないわよね」
「私もそう思う。発動条件とかも分からないと、何か手遅れになるかもしれないから」
今度支部で会ったら久志さんに聞いてみよう。
*
一方、そのころ。
「それでシジマ村へ向かった陰陽師たちは帰ってきていないのですか」
久志は対面に座っている女性にそう問いかける。
頷く彼女の表情は非常に険しいもので、目の下には濃い隈ができている。
女性は『日本陰陽師協会』の人事部に所属する久志の同期であった。
『風の噂で聞いちゃいたが、……本当にうまくいっていないんだな』
久志はぼんやりとそう聞きながら、彼女の話に耳を傾ける。
「はい。アポイントメントは取れるんです。しかし、人事を派遣しても誰も帰ってこないのです」
「一人もか?」
「えぇ。誰一人も。連絡も取れなくなっているのです」
彼女が発した言葉に彼は頭を抱える。
10年前に起きたある凄惨な事件の概要とかなり似ているのだ。
それは彼女自身も察しているのだろう。故に、ここまで眉間に皺を寄せる羽目になったのだ。
「最近、学生で優秀な人材が何人か入ったんですよね?」
「入ったけど、貸しませんよ」
恐る恐るそう聞かれた久志は、反射的に答えてしまう。
いくら実力があるとはいえ、まだ学生の彼らだ。
油断すると大人たちの操り人形になってしまう。それを危惧しているのだ。
「そこを何とか、お願いします! 本当に我々も打つ手立てがないのです」
「今、そいつらは育成中だ。まだ、潜入とか長期とかをやらせるわけにはいかない」
引き下がるつもりのない彼女へ彼はさらに強い言葉で否定する。
――ここまで言ったら流石に引き下がるだろう。
そう思っていた彼は忘れていた。
人事部の人間が、恐ろしいまでに粘り強いことを。
「二位のクルイモノを平然と倒しておいて、ですか?」
「あぁ。前にそのうちの一人が謹慎処分を喰らっているんだ。まだ、規則面では未熟な部分がある」
キッと目を細められた時点で久志は明確に不吉な予感を覚える。
「止められる人間がいればいいんですよね?」
微笑みを張り付けたまま、差し出された紙には1人の学生の情報が。
それを見て思わず、彼は顔を顰める。
「これはどういう意味だ」
「一時的に七草支部の方で預けてもらいたいんですよ。今、学生大隊の本隊が荒れていましてね」
そこでようやく久志は察した。
この任務が誰の差し金であるのかを。
「会長直々の命令です。お願いしますね♪」
それだけ言って、彼女は帰っていく。
久志は書類を改めて手に取り、深く考え込む。
その書類には『月ノ宮 萌黄』と言う名前と、刹那にかなり顔立ちの似た少女が映っていた。
「まぁ、そのうち頼ろうと思っていたし、いい機会か」
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次回からは【藍の章】となります。ここまでの話とは一風変わっているかもしれません




