第32話 私の愛する【自由】と言う名の彩 ≪side 美緒≫
≪美緒視点≫
一心不乱に私へ攻撃を仕掛けるフラウス。
きっと、彼女の目には『倒すべき敵である』私のことしか目に入っていないのだろう。
その証拠に、さっきから放たれる茨は、執拗に私の喉元だけを狙ってくる。
「アッハハハハ!あんなに余裕綽々としていたみたいだけど、随分と苦しそうね」
茨をいなすことしかしていない私を見た彼女は随分と油断しているみたい。
防御に徹しているものだから、対処法もないと思われているのかな?
「アンタは無様にもウチに打ちのめされる運命なのよ!」
そんなに高笑いするぐらい私を追い詰められたことが嬉しいの?
——実際のところ、私はまだ何1つ追い詰められていない。
「今のアンタはウサギみたいね。廊下を走り回って一体何が目的? 他のやつらも中途半端にしか攻撃を仕掛けないし」
笑いながら鞭のようにしなる茨が襲い掛かる。
身体を翻しながら避けると、誰かによって割られた窓が目に入る。
今が、チャンスだ。
短剣で茨を裂きながら、彼女の元へ近づく。
防御に徹していたはずの私が、いきなり距離を詰める。
予想外の事態に見舞われた彼女は思った通り、激昂した。
「あ、アンタ、一体何をするつもり?!」
「結芽から、聞いたよ。あなた、女の子を口説くのが好きなんだって。だから……」
――私ともデートしてくれない?
彼女の襟首をガっと掴み、窓の外へ投げ飛ばす。
顔を青ざめさせた彼女は「嫌だ嫌だ」と叫ぶ。
そのお誂え向きの茨を窓へ引っ掛けるなりなんなりすればいいだけなのに。
地面に叩きつけられた彼女は涙目になりながら、よろよろと立ち上がる。
その目には確かに私へ対する怒りは満ちているが、それと同じぐらい恐れも抱いている。
「アンタ、ウチに手を下そうだなんて罰当たりだとは思わないの? 神に等しい存在なのよ、ウチは!」
茨が私の元へ伸びてくるが私の体に触れることはない。
そうなる前に、茨が白い羽となって宙を舞う。
「え、あぁ、なんで……ウチの茨がどうして」
「あなたの忌み嫌う【青】の権能だよ」
【青】のカードを完全に掌握してから、色々な記憶が頭の中へ入ってきた。
あまりにも断片的で記憶と言うには不完全なものだったけど、そのすべてにある共通点がある。
全員が全員、何かを書き換えるように力を扱っていたこと。
「なんで、もう扱いきれているの? 意味が分からない!」
それを理解したから試してみたけど、上手くいったみたい。
今のところ、茨を全て裁ききれているわ。
ただ、無視できない大きな問題点が1つ。
筆をもつ手がフルフルと震えるし、瞼が今にも落ちそうになる。
「くそっ、私の体じゃ……」
この武装を使うと、霊力が急速に減っていく。
結芽のあのバカみたいな霊力量だからあんな無茶ができる。
でも、普通の陰陽師がそんなことをしたら命取りになる。
だから、私の持ちうるスペックだけだと、すべてを引き出せない。
今はそんなこと気にしている場合じゃない。けど、体が重い。
こうしている間にも、フラウスは攻撃してくるのに。
筆をもつこともままならない。
「あ、ウチに恐れおののいちゃった? やっぱり、人間って馬鹿だよねぇ」
——茨が、私を外していく。
それどころか、誰もいない空間を叩いている。
これは一体……
視界の端に橙色の炎の揺れるのが目に入る。
『ま・か・せ・て』
悪戯っぽく笑う幻は炎を楽しそうに操りながら、フラウスを引き付ける。
そうか。彼の得意な霊術は【幻想霊術】――人に幻を見せる霊術。
この状況を変えるにはぴったりな代物だ。
よく周りを見ると、フラウスの攻撃を刹那がいなしてくれている。
「美緒、手を貸して」
結芽が筆を私の手に掴ませる。
手を差し出すと彼女の手から温かいものが流れてくる。
体が活力に満たされていくのを感じる。
「ねぇ、結芽、待って。これじゃ、あなたの霊力が……」
「大丈夫。これぐらい全然平気よ」
嘘だ。微かに歯を食いしばっているのが目に入っている。
たとえ、霊力が無尽蔵と言っても過言ではない結芽でもただでは済まない。
彼女の手を放そうにも、より強い力で握り返される。
「私ね、カードを受け取るときある人に言われたの。『彼らの彩を愛して』ってね。ただ、解放するだけじゃダメなの。あなたも私もこの彩を愛さなきゃいけないの」
――それが今叶った。
うっとりとした表情で告げる彼女は私の背中をそっと押す。
「あなたの彩を、私に魅せて」
今までにないほどの力が湧き上がってくる。
さっきまで感じていた疲労感がまるで嘘みたい。
もしかして、普段の私の力だけではできないことができる?
「いいよ、全力で【描いて】あげる」
だって、目の前には描きがいのあるもので溢れているんだから!
まずはそう。余りにも毒々しい色の花を色鮮やかな花畑へ変えてしまいましょう。
赤、黄色、白の花々に、青い花も忘れちゃダメよね!
「うわぁ、何だこれ。すっごく跳ねるよ!」
「ちょっと茨で動きづらいと思っていたんですよ。……美緒さん、ありがとう」
ふふっ、みんな喜んでくれている。
それなら、もっと楽しいものを描かなくちゃ。
今度は、空を駆ける馬を描こう。
あの幼かったクルイモノでさえ魅了した、【自由】を体現したような存在を。
どこまでも駆けていけるように翼を付けよう。大地を蹴って、空さえも駆けていけるように。
「な、なんなのよ。この馬!ウチに体当たりしてくるんだけど」
「あらまぁ、さっきよりも何倍も速く動けるわ」
青空へはばたく小鳥に、空を彩る虹も添える。
そうしたら、きっと!
「——これが、私の描く【自由】」
目に映るのは晴れ渡る青い空に、悠々と駆ける動物たち。
それを慈しむように虹の輪がかけられている。
見ているだけでも心が跳ねる。
それだけではない。
霊力をあんなに追加で使っても、疲れるどころかまだまだやれる気がする。
「チッ、これじゃ勝ち目がないじゃない。こんな雑魚ぐらいすぐに殺せると思ったのに」
「そうね。あなたの言う通り、前の私のままならやれたんじゃない?」
座り込むフラウスを見て思う。
彼女は倒すべき敵。行ってきた所業を許してはならないし、許すつもりは無い。
でも、あえて今言うのなら――
「ありがとね、私に私自身と向き合う時間をくれて。霊力管を切ったことは許さないけど、それだけは感謝している」
そんなに怯えた顔しちゃって、私が覚えていないと思った?
クマのクルイモノに遭遇したとき、あれの攻撃に交じって霊力管を切ったの見えていた。
「いやぁ、やめて。そんな冒涜的なこと許されると思っているの?!」
「——さようなら」
パランディンが大きく大剣を振り下ろす。
ガゴーンと鈍い音と断末魔と共に、フラウスは霧の中へ消えていった。
「ふぅ、終わった? 結構厳しい戦いだったね」
「……終わってないよ。やり損ねた」
はらりと落ちたフラウスの髪を手に取ってみる。
一向に灰になる様子は見られない。それが指すのは、まだ彼女は死んでいないこと。
「ここで倒したかったけど、また機会は来る」
見上げると、紫色の霧で包まれていた空は爽やかな青色へと戻り、屋敷の異様な雰囲気も消え失せた。
完全に勝つことはできなかったけど、十分いい結果だ。
「それなら、これからいっぱい頑張んなきゃね♪」
いつの間にか隣にいた結芽が、そう笑う。
確かに、その通りだ。
今日取り逃がしたことでさらなる犠牲が出るかもしれない。
でも、なんとなくフラウスはしばらく前へ出てこない。そんな予感がする。
とりあえずは……
「一回、支部へ帰ろう。霊力も体力もすっからかんだ」




