第31話 最初で最後の【自由】と言う名の祝福を ≪side 美緒≫
≪美緒視点≫
「ズット、マッテイタンダヨ。マチスギテコンナヘンなのにナッチャッタケド」
嬉しそうに笑みを浮かべる様は、最後に会った時の彼らしさが残っているような気がする。
でも、ただそれだけだ。
彼の纏う霊力は捻れ穢れている。そして、姿もより生物に近いものへ変化しているのだ。
近づけば微かに花の匂いに交じって血の匂いがする。
つまりは、何かを喰らったことになるのだろう。
それが人間とはまだ限らないけど、十中八九そうなのだと思う。
「ただ待っていただけではないんでしょう?」
「……バレチャッタカ」
バツの悪そうに顔を背ける様子は子供のように無垢。
しかし、その後に下半身の触手で人の腕らしきものを貪る様子はクルイモノであることを思いださせる。
「何人、食べてしまったの?」
「ソンナのオボエテナイ。|ソモソモカゾエルヒツヨウアル《そもそも数える必要ある》?」
――ダッテ、ニンゲンダッテ、イノチ、タベテルジャン?
何がおかしいと言わんばかりに首を傾げる様子に開いた口が塞がらない。
確かに私たちだって、生き物の命をいただいている。
時には無駄にしてしまっているのかもしれない。
だからと言って、ここまで罪悪感なくいることができるの?
いや、そもそもそう考えること自体、間違いなのか。
「ごめん。馬鹿なことを聞いた。あなた人間じゃなかったことをすっかり忘れていたの」
期待するだけ馬鹿だった。
本来なら自我がなく、本能のまま人を喰らう化け物。それがクルイモノ。
最近、あまりにもイレギュラーに遭遇しすぎてすっかり忘れていた。
「フフッ、オネエサンはカワラナイネ」
「誉め言葉をどーも」
こうやって流暢に話しているけど、攻撃を仕掛けてくる様子は見られない。
それどころかどこか冷めた目で、すべてを受け入れようとしている。
一体何を考えているんだ?
「ソンナオネエサンダカラ、タノミタイ」
両手を大きく開いたかと思うと、彼の触手が、飛んで……あれ?
触手が目の前にいる私には当たるそぶりも見せない。
それなら一体どこに飛ばされた?
「少しばかり私たちも余裕ぶりすぎたみたいね」
「クルイモノが言葉を喋ってることに、気を取られすぎてしまいました」
振り返ると何でもないように触手を切った刹那と結芽。そして、触手を杖で突き刺した幻がいた。
その様子に舌打ちを打つ彼だがさらに攻撃する様子は見られない。
「マァ、イイヨ。トニカクボクヲオワラセテホシインダ」
――|カンゼンニバケモノニナルマエニ《完全に化け物になる前に》
カタカタ震える手で体を抱きながら彼は縮こまる。
それがどうしても脆く見えて、縋っているように見えた。
その目の奥では『寂しい』と訴えているように見える。
「みんな、彼は私がやる。変に手出しはしないで」
「……え? ちょっと美緒――」
それを認識してしまってから、私の体が動くのは早かった。
懐から筆を取り出し、霊力を籠める。
「イッタイナニヲシテ……」
どちらにせよ、彼にはちゃんととどめを刺す。
ここまで【生きよう】とさせてしまったのには私にも責任がある。
きっと、普通に倒すだけでは足りない。
だから私は……
「これは、虹? 空を駆ける馬に、色鮮やかな羽を持つ小鳥までいる」
「スッゲェ、幻術じゃないよこれ。ちゃんとここに存在しているなんて」
屋敷の奥深くにいた彼の世界はとても狭いものだろう。
そして、今から去り行く彼がこれ以上知ることはままならないだろう。
本来ならこんなことすべきではない。敵に情けをかけるようなものだから。
でも、彼はまだ自分の終わりを受け入れる気概がある。
――それなら、私も全力で彼に報いなきゃいけないと思ったんだ。
「よし、描き終わった。ほら、見てごらん」
「オネエサン、コレハナァニ?」
伏せていた目をゆるりと開けた彼は、宝石のようにキラキラと目を輝かす。
描いたものに無我夢中で手を伸ばす姿は、一見すればただの子供だ。
「これはね、【空】って言うんだよ」
私がそう紡ぐと、彼も噛みしめるように【ソラ】と声に出す。
彼の目の前で広がっている空は本物ではない。
私が描いて作り出した、私の思う最も美しく輝かしい青空だ。
白い馬が自由に空を駆け、虹は踊る。
あくまでも幻想的な世界。残酷な現実ではありえないような光景だ。
「オネエサン、キレイダネ。|コンナニウツクシイモノガアッタナンテ《こんなに美しい物があったなんて》」
楽しそうに笑う彼は酷く満足げだ。
――もう、やり残したことはない。
そう言わんばかりに両手を上げる。急所である核をさらけ出す。
「オネエサン、オネガイ――ボクヲ、|コノキレイナセカイデシナセテ《このキレイな世界で死なせて》」
「分かったよ。元々そのために来たんだから」
懐から短剣を取り出し、霊力を微弱に纏う。
少しでも苦しまないように、彼の死が優しいものであるように。
胸の核に短剣の先を突くと、飴玉のようにあっけなく割れる。
「アァ、ヤッパリオネエサンタチハヤサシイネ。ハカセモ、オネエサンモアタタカイ」
サラサラと灰になりながらも彼は笑う。
最後まで彼の目には私が生み出した偽りの空がキラキラと映る。
「アリガトウ」
灰になりかけの手が最後に触れたのは、悠々と羽ばたく白い小鳥。
小鳥と共に彼だった灰も空を舞った。
「もし、来世があるのなら少しでも【自由】であれますように」
欠片もなくなってしまった彼。
その生は幸せとは言い難いものだろう。
でも、最後だけは温かいものであったらいいな。
「あっれ~。もうあの子死んじゃったの?」
ふと、この場にはいなかったはずの甘ったるい高めな女の声が耳に入る。
振り返ると予想した通り、ツインテールで露出度の高い服を身に纏ったクルイモノ――フラウスがいた。
彼女はつまらなさそうに唇を突き出す様子は実に不満げだ。
「せっかく強くしてあげようと思ったのに。まぁ、ウチの提案を拒んだ時点でこうなるのもトウゼンだよね~」
――本当にゴミだったわ。
何でもないように呟く彼女はなんて可哀そうなんだろう。
冷静になって見て見れば、あの彼よりもよっぽど精神的に未熟ではなかろうか。
全てが思い通りになるわけなんてないのに、選択肢だって無限じゃない。
自我が未熟な彼ですら理解していたことをまるで理解できていない。
「なに、アンタそこにいたの?」
強気な口調でそう問う彼女は、一見余裕があるように見える。
しかし、その内心は不安か何かで支配されていそうだ。
腰に当てる手は震え、私たちを見る目には怯えが浮かんでいる。
「まぁ、力を失った木偶の坊がいるところで何も役に立つわけないか」
チラチラと結芽の方を見ても、彼女は無視を貫き通す。
その口角が少し上がっているものだから、彼女も察知したのだろう。
その様子を見てさらに混乱した様子を見せるフラウス。
あぁ、どうして私、彼女を前にしてあんなに絶望していたのだろう。
「木偶の坊、ねぇ。何を見てあなたはそう判断したの?」
「えっ、ハァ?! どうしてアンタ、霊力管復活しているのよ!」
訳が分からないものでも見たと言いたげに目を丸くする彼女。
ついには、頭を掻きむしり始めてしまった。
目の前で地団駄を踏む彼女は、なんて見苦しいのだろう。
「もう、これじゃあウチの作戦台無しじゃん!!本当に最悪、最悪すぎる!!」
最終的に金切り声を上げた彼女は茨を沢山生やしたかと思うと、全身に纏う。
茨で出来たドレスを纏ったフラウスは私に向かって指を指す。
「アンタは……アンタだけは今日ここで殺す!」




