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レガリアス・カード~真白の乙女は七彩の夢を見る~  作者: ほっとけぇき
青の章:悩める少女よ、その心で自由を描け

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第28話 苦難はいつか、希望の種に

「結芽。そんなところに立ち止まらないで、中に入ってきたらどう?」


「あっ、そうだね。ごめん……」


 私が美緒を励まそうと思ったのに、逆に気を遣わせてしまった。


 本当に、こういう大切なところで私は空回りしてしまう。


 それでも、まだ巻き返せる。

 今日こそは、ちゃんと美緒と向き合うんだ。

 

 そのために、色々準備してきた。


「あのさ、美緒……」


「刹那さんから聞いたよ。結芽、任務相手に対して怒ったって」


 な、なんで知っているの?

 ……って、それもそうか。刹那さんは久志さんの親戚だし、同じ支部に所属しているから当然か。

 

 低い声で凄むように呟くのが聞こえたから顔を上げると、明らかに目が笑ってないよ。


 下手にこれは言い訳しない方がいいな。


「はい、その通りデス。面目アリマセン」


「……どうして、怒ったの?」


「え?」


 素直に怒られるか、文句を言われるかと思っていた。

 でも、それはあくまでも私の想像に過ぎない。


「下手したら、危険な目に遭うかもしれないのに。どうして、そんなに危ない橋を渡ったの?」


 実際の美緒は目じりに涙を蓄えながら静かに私へ問う。

 

 彼女の碧い瞳には、はっきりと心配の色が浮かんでいた。

 他人を危険な目に遭わせた私を、それでも「私」として見てくれている。


「今回は結芽自身が機転を利かせたからよかったけど、いつもそうだとは限らないんだよ? 下手したら怪我するだけでもすまないかもしれないのに!」


「分かっているよ。……だからこそ、ここで止めたかったの」


「え?」

 

 美緒は忘れている。というか、考える余裕がないんだろう。

 その毒牙に最初かかったのは彼女自身であること。犠牲になっているのはきっと、私たちだけじゃないこと。


 今の彼女の視野は限りなく狭くなっている。


「私だってね、嫌だったのよ。どんどん精神的に疲弊していく美緒を見るのが。それを止められるって言うのなら、何でもするわ」

 

 もっと早く言葉にしていれば、ここまでこじれなかったかもしれない。

 心の中で言わずとも理解してくれるのかもしれないという傲慢があった。


 でも、それじゃ足りないの。足りなかったからこうなった。


「私のために、なの?」


「他にも色々理由はあるけど、最も原動力になったのはそうだよ」


 美緒は布団を握りながらうなだれる。


 きっと悔しいだろう。悲しいだろう。

 その思いを噛みしめているのが、微量に流れる霊力から分かる。


 私自身もそう思っていたから身をもって理解している。


「……それであなた自身が犠牲になるのは嫌よ」


 絞り出すように吐かれた言葉は、今まで言えなかった彼女の本心の一部だろう。

 口に出してからしばらくして、目を丸くする。

 

「あ、ごめん。こんなこと、言うつもりは無かったのに」


「いいんだよ。吐き出しちゃっても、誰も文句は言わないから」

 

 そっと彼女を抱きしめると啜り泣く声が聞こえてくる。


 やっぱり、強がっている部分はあったんだな。


 悔しいな。

 一番の友人だと思っていたのに、彼女の苦悩に気づけなかったなんて。


 いや、見せなかったのだろう。


 本当にこういうところは出会った時から変わらない。



「ねぇ、よってたかって恥ずかしくないの?」


 中学校に転入してから、私はものの見事に浮いていた。


 小学校へ行ったことがないし、記憶もないし本当の親がいるのかどうかも分からない。

 自分で言うのもなんだけど、人よりも見た目がよかった。


 だから、妬まれたりするのは当たり前で、靴をごみ箱に捨てられるみたいないじめもされていた。


「だってよー、こいつ何されても表情を変えないんだぜ。気味が悪いだろ」


 その日もいつも通り、男子達に上靴を隠されていた。

 ――正確に言えば、隠されそうになっていた時だっけ?


 どちらも些細なことだ。

 どうせもう慣れっこだったし、反応するだけ無駄だと思っていたからだ。


 私にとって、鮮烈なあの出会いに比べたら、どうでもよかった。

 

「気味が悪いのはあなたたちの方じゃない?」


 艶やかな黒髪はふわりと風に舞い、空の碧さで彩られた瞳はキュッと細められている。

 凛とした声ははっきりと男子達への非難を紡ぐ。


 同じクラスの女子たちのほとんどは、遠目から私の様子を見守ってしかいなかった。

 ……中にはそのいじめに加担している子もいたけど。


 まるで、雷が目の前に落ちてきたみたいだった。


「ねぇ、あなた大丈夫? これまで見ているだけになっちゃってごめんね」


 ――もうただ耐える必要はないのよ。

 

 その差し伸べられた手が温かかったのを今も覚えている。



 それから私たちが仲良くなるのに時間は必要なかった。


 2人ともクラスで浮いて友人と言う友人もいなかったし、何より家がかなり近所だったことも大きいだろう。

 

 気づけば2人で一緒に登下校するのが当たり前になっていた。


「私、自由に生きたいの。陰陽師になっちゃったら自由に生きて死ぬなんてできなくなるから、なりたくないの」


 ある日の放課後、確か「お互いの家の話」をしている中でそんな言葉を聞いた気がする。

 どうなるのかも分かっていないのに、根拠もなく諦めきった瞳をしていたのが、酷くふしぎだった。


 その時はこの業界がここまで腐っている人だらけなことなんて知らなかったから、ある疑問を何気なく口に出してしまった。

 

「自由に生きて何がしたいの?」


「え? それは……」


「だってさ、自由ってことは全部自分で考えなくちゃいけないってことでしょ? それって、すごく大変な事じゃないの?」


 今振り返れば、彼女を激しく悩ませることだった。

 それでも、笑って彼女は答えてくれた。


「そうね。でも、その苦悩の中に確かに”私”はいるの」


 ――私は私らしくあるために、人生を選び取りたいの。



「ごめん、情けない姿を見せた」


「別にいいよ。いつもは私の方がだらしない姿を晒しているし」


 ひとしきり泣いた後の美緒は、目じりこそ赤くなっているけど先ほどまでの重々しい面持ちよりもいくらか晴れやかだ。


 とりあえずはいい方へ向かったって思っていいのかな?


「それもそうかもしれない。変なところで抜けているときもあるし」


「ちょっと、美緒ひどい」


 二人で顔を見合わせながら笑い合う。

 

「ねぇ、結芽。お願いがあるの。結芽がいないとできないことなの」


「もちろん。私にできることなら」


 お願いってもしかして、右手のことを言っているのだろうか。

 でも、私は医者じゃないから治せないし、違うか。


「退院したらこの前の任務で行った廃墟へ行こう。そこでやらなくちゃいけないことがある」


 ――この前の任務で行った廃墟。

 私が初めて陰陽師として、任務へ向かった場所。フラウスと初めて相対した場所。


 そして……

 

「あの喋るクルイモノを討伐しきっていなかったの。今の私じゃ、足手まといになることは分かっている。でも……」


 強い責任を感じているのか、彼女は再び顔を伏せてしまう。


 そこまで責任を感じる必要はないのに。

 そもそも、あのクルイモノを逃がしてしまったのは私だ。

 

 だから、「私が頑張るから」と、言おうとした。


 でも、今私が言うべき言葉はそうじゃない。


「一緒に、倒しに行こう」


「……ありがとう。私のわがままを聞いてくれて」


 美緒の目に一筋の覚悟がきらめいている。


 それならば、その覚悟を否定するのは私のやるべきことじゃない。


「彼が罪を犯す前に引導を渡すのもまた優しさよ」


 大丈夫。こうして、また立ち上がることができたもの。


 もう地に堕ちる必要はないわ。

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