第27話 この思いを花束に乗せて
――3日前
「本日はよろしくお願いします! 七草支部所属の千枝結芽と申します」
「ハハハ、元気がいいね。千枝ちゃん、こちらこそ、どうぞよろしくね」
人のよさそうな笑顔で微笑みながら手を差し伸べる彼は、今日の任務を率いる指揮官のような人だ。
任務前に久志さんから話を聞く限り、悪い人ではないと言われているらしい。
――この人、黒だな。
手を握り返すと感じる。流れる霊力は決して清らかじゃない。
泥のように淀み、穢れている。
「ありがとうございます」
本心を悟らせないように目一杯の笑みを浮かべ、『馬鹿な女の子』を演じるのだ。
そうすれば、愚かな自覚のない愚者達は油断する。
全ては、彼らが二度と、誰に対しても馬鹿な真似をできないようにするため。
そして美緒が、出会った頃みたいに心から笑えるようにするため。
*
あのね、幻さん。私、全部知っていたんだよ?
あの任務で、本当に狙われていたのが誰か。
陰陽師の中にどれだけ腐っている人がいっぱいいるのとか。
わざわざ私の耳に入らないように気を使ってくれていたみたいだけど、全部分かっているよ。
まぁ、それを理解したのは幻さんの言うあの任務のときなんだけどね。
「なに、これ。いっぱい声が耳に入ってくる」
少なくない霊力が漂う森の中を一生懸命、走っていく。
その中で少しでも2人の手がかりを探すため、たくさん霊力を読み取っていく。
体の中に入っていく霊力は怨嗟で汚れているの。
それだけでも酷く不快だったけど、もっと嫌だったのは流れてくる記憶だった。
『ガキども本当に調子に乗りやがって。あいつら、怪我させるか? そうしたら少しは黙るだろう?』
『いや、親に対し圧力をかけたら、何も言うことはできない。』
栄えある才能の芽を、平然と摘み取ろうとする愚者の声。
苛立つ気持ちはあったけど、怒りに身を任せている場合じゃないから我慢した。
『あいつらをおとりにして逃げよーぜ。金さえ手に入ればそれでいいさ』
どうして、ここまで人は醜悪になれるのだろう。
そう純粋に疑問を呈するのと同時に、一種の諦めが心の中に芽生えた。
ここまであからさまな悪意なのだ。
きっと、どう訴えていっても無駄。
美緒もそう思ったのだろうか。
私は彼女じゃないから分からないけど、少なからず思っていたんだろうな。
だからこそ、時々すべてを冷めた目で見ていたのかもしれない。
*
「千枝ちゃん、俺たち君と任務できるの楽しみにしていたんだ」
前を進むその人からかけられる声で、意識が一気に現実へと戻る。
微笑む彼の横顔は朗らかで優しいものだと、多くの人は思うだろう。
私にはうさん臭さしか感じないけど。
「それは、ありがたい限りですね。いかんせん私は新参者ですから、年長者の方に受け入れられるのかが不安だったんです」
うわべだけは彼らを讃えるように、気分がよくなるような言葉をささやく。
そんなことは一切心の中でつゆほど思っていないけど、少しだけ煽てれば彼らはすぐに化けの皮をはがす。
「君は礼儀正しい子だね。他の子とは大違いだ」
「他の子とは、いったい誰のことなのですか?」
わざとバカの振りをしておどけるように言うと、愚者たちは嗤う。
「わざわざ聞かなくても分かるだろう? 君と同じ、七草の子たちだよ」
そう答える彼の言葉に同調するように、他の面々も愉しそうに嗤う。
彼らは考えないのだろうか。
そう話すことで私が不満に思わないかとか、激昂しないかとか。
いや、きっと考えないだろうな。
考えることのできる頭があれば、わざわざ学生を戦闘要員に入れる必要はない。
それにこの時点で私のこと、見下しているのが見え見えだ。
「着いたよ、千枝ちゃん。ここが任務場所だ」
彼の指さす方には滝つぼとそこに群がるクルイモノ達。
今は茂みから覗いているけど、いつ気付かれてもおかしくない状況だ。
それだというのに他の人たちは戦闘用意をする気配はない。
嫌な予感がする……。
その時、誰かによって背中を押され、クルイモノ達の前に飛び出してしまう。
「え、これはどういうことですか。……どうして、押し飛ばしたのですか?」
「少し考えれば分かるだろう? 君には囮になってもらう。俺らが逃げるまでの間は耐えてくれよ?」
振り返ると、彼らはすでにかなりの距離まで走っているのが見える。
最初からそう示し合わせていたのか。余りにも手際が良い。
何度もこうやってやって来たのね。
あの任務のときもこうやって、美緒と刹那さんを見捨てたのだろうか。
「まぁ、そう簡単に逃げさせるわけないけどね」
指先をくいっと内側に曲げると、森の木々たちが彼らの行く手を阻ませる。
蔦たちが彼らの体に巻き付き、逃がさないように固定させるのだ。
「な、何するんだ! 俺たちに……」
「『俺たちに従わないと、家族がひどい目にあうぞ』ですか? もう聞き飽きているので黙ってくださる?」
「はぁ、どうして……」
鳩が豆鉄砲を食らったような間抜けな顔。
どんなことでも想定するべきなのに、それすらもすることがないなんて無能ね。
ここまでは予想で来ていたわ。予想通り過ぎて、一種の諦観すらも覚えるけど。
「お話ができないから、あなた方には退場してもらいましょう」
目の前には、相も変わらずぎらぎらとした眼光を向けるクルイモノ達。
彼らは私を睨むことしかできない。
頑丈な結界を張ったけど、破ろうと体当たりしているのが目に見える。
「安心してね。すぐに終わらせるから」
右手に握る刀だけに武装を施し、光を纏わせる。
限界まで光輝くタイミングを見計らい、刀を上から下へ振り下ろす。
白き光の斬撃をクルイモノ達は正面から受けたことで、チリとなって消えた。
「もう気配はないようね。さて……」
これでようやく、彼らに言いたいことを言うことができる。
刀の武装を解除しながら、一歩ずつ彼らの元へ近づいていく。
私を見て、顔を青ざめさせ後ずさる彼らの姿が瞳に映る。
「やめてくれ。近づくな、この化け物が」
怯えた目で男が私に懇願するが響かない。
ただ、自分のやって来たことを棚に上げて人のことを化け物と呼ぶのはいかがかと思う。
「お前、俺たちに手を出そうとしてみろ。もうこの業界にいられると思うなよ」
――どうぞ、ご自由に? でも、その権力はあなたのものではないですよね?
だなんて、馬鹿正直に言ってあげるほど私は優しくない。
私が言いたいことは1つだけ。
「これに懲りたらもう、学生たちをいびるのをやめてください。次は――これでは済みませんから」
*
「……『任務相手へ恫喝』、『同意なしの拘束』に『指示の不履行』ねぇ。随分とやらかしちゃったね、結芽ちゃん」
「いやぁ、すみません。本当はやるつもりなかったんですよ?でも、命の危険を感じましてね」
任務から帰ってしばらく休んでいると、あきれた様子の久志さんが一枚の紙を私の前に突き出した。
『謹慎処分』と書かれたその紙には私の名前と、やらかした事項について書かれていた。
「まぁ君がそう言うのならそうなのだろう?」
「あら、流石に小言1つはあると思ったのですが。それはなしですか」
下手したら誰か人死にが出ていてもおかしくなかったのに。
何も叱られないなんて。正直これは予想外。
「相手がそれまでやらかしていることの方が酷かったからね。本当なら『謹慎処分』もないはずだったけど……」
「それはさすがにどうなんですか?」
やらかした側が言うことではないけど、突っ込まずには入れない。
そういう体質がある組織だから、こんなことが起こっているのではないだろうか。
「俺もそう思って、上に言ったら『それもそうか』ってね。だから『処分』は下されているけど、名前だけだからね。任務には行けないけど、ここに来る分にはいいからね」
やっぱり、緩すぎないか。
思わず顔を顰めるが、久志さんはそれを見てにこにこと笑う。
「ほら、ちょうどいい機会だ。久しぶりに美緒ちゃんのお見舞いに行ったらどうだい?」
「え?」
さも当たり前のように『面会届』――しかも、美緒が確実に病室にいる時間帯のものをひらひらと揺らす。
「この方が君にとっては十分処分になるだろう?」
「……は、はい」
*
「とは言っても、あんな感じになってからは会いに行っていなかったわね。どの面下げて会いに行くって言うのよ」
とりあえず、近くにある花屋へ入り見舞いに持っていく花たちを吟味する。
どの花がいいのかな?
花を見るのは好きだけど、どの組み合わせがいいとかはまるで分からない。
その時、ふと一輪の青いバラが目に入る。
「お客様、そちらのバラが気になりますか?」
「あっ、はい。青いバラって珍しいな、と思って」
びっくりした。いきなり人に話しかけられるなんて。
そりゃ花屋だから人がいるのはおかしくないけど、まるで気配を感じなかった。
「そうですよね。実はこのバラ、もともとは『不可能』と言う花言葉だったのです」
「え、そうなんですか?」
それじゃ、この花をお見舞いに持っていくのはあんまりよくないじゃん。
別の花を持っていこうかな?
綺麗だけど、あまりにも縁起が悪い。今回のところはやめておこうかな。
「でも、それは青いバラが創作上のものでしかなかったときのものです。今は違いますよ」
あっ、そうか。花の花言葉は1つとは限らないものね。
「奇跡――それこそが、この青いバラの花言葉なのです」
「いい花言葉ですね」
今の美緒にお節介かもしれないけど、何もしないよりはましだ。
「あの、この花で花束をつくってもらえませんか? 友人のお見舞いに持っていきたくて」
「もちろん、よろしいですよ。他に、どの花にしますか?」
*
「わぁ、いいですね」
花屋さんに手渡された花束は、青いバラを中心に青い花と白い花で出来た爽やかな空みたいだ。
「満足していただけたようでよかったです。友人さん、喜んでもらえるといいですね」
「……喜んでもらう」
こうやってやってみて、どうにもならないかもしれない。
でも、少しでも良くなるのならそれでいい。
「よし、行こう」




