第24話 あれは灰色の空の日のこと 3
「私が悪いの」
あぁ、嫌だ。どうして、そんな顔をするの?
目に映るのは、悔しいはずなのに、悲しいはずなのにそれを全部押し込んで、必死に笑みを繕う美緒。
だって、話を聞いている限り、あなたは悪くないじゃない。
「私がもっと早くもっと正しく判断できていたら、死人はたくさん出なかったでしょ?」
――それは違うよ。
そう胸を張って断言できるはずなのに、漏れ出すのは、嗚咽ばかりだった。
一人の尽力だけでどうにかなるのなら、この協会は存在していない。
「だから、そんなに泣かないでよ。結芽」
それはこっちの台詞だ。
嫌なら嫌だって言ってよ。全部一人で抱え込もうとしないでよ。
「私は泣いていないよ。……泣いていないんだよ」
カタカタと震える彼女の右手をそっと握る私は、酷く無力だ。
*
美緒と刹那さんを担いだ私と幻さんが林を抜けるとそこには、見慣れない格好をした大人たちがいた。
彼らは私たちとは違い、黒を基調とした衣装を纏っていた。
そして、立ち尽くしている私たちに気づくとすぐさま駆け寄ってきた。
その中にいる、紫色に白色が混じった髪の毛を後ろで一括りにした女性が、問いかける。
「君たち!! この任務での生存者か?」
「あ、えっと……私たちは救援要請によって来た、七草支部の者です」
そう答えると、女性は微笑みながら「君たちがあの子の……」とぼそりと呟く。
視線は幻さんの背にいる気絶した刹那さんへ向けられる。
この人、誰かに似ていると思ったら刹那さんと似ているのか……。
「そうか。……その背に背負っている子らが生存者か。他に生存者は?」
「私が見た範囲では見られませんでした。幻さんはどうでしたか?」
ひとつ、嘘をついた。
本当は一人だけいた。2人を探すときに会った両腕を失った男だ。
でも、彼の目に生きる気力は見られなかった。何よりも、両腕を失った失血は少なくない。
恐らくそれで死んでしまったのだろう。
幻さんに問いかけると、静かに首を横に振った。
「とりあえず、君たちが無事でよかった。救急車両も来たし、君たちは支部で待機していてくれ」
――あとは私たちに任せてほしい。
それが、あの林での最後の記憶だった。
*
気づいたときには支部に帰って来たみたいで、2人でまた札を書いていた。
帰ってくるまでの間のことをまるで覚えていない。
私も幻さんも言葉を交わす気になんかなれず、ただ淡々と作業をしていた。
「結芽ちゃん」
雨音がザーザーと、私たちの心に打ち付けているみたいで気持ち悪かった。
「あの時、本当は生存者がいたんじゃないか?」
ボソッと零れた彼の声に耳を傾ける。
思わず顔を上にあげると、険しい顔をした幻さんが顔を逸らした。
「その表情、図星って感じだな。別に責めるつもりは無いからさ」
気づかれていたのか。顔色を変えていたつもりは無かったんだけどな。
励ましの意味か、懺悔の意味かは分からないけど、今言う必要があるのだろうか。
「今回の場合、連絡漏れしていても俺たちは罰せられないよ。何があってもね」
「どういう意味ですか?」
時が止まったみたいに、思考も音もすべてが静止した。
人を見捨てたのに、
それが、何事もなかったことにされる?
「林の中でさ、『話を聞いた』って言っていただろう?」
諦観で澱んだ瞳を伏せながら、彼は外を見る。
雨足は先ほどよりも幾分か増している。
誰かが、この場所に尋ねてくる気配はない。
「あの中の一人がさ、『自分で祠を壊した』って自供したんだよ」
彼が告げた言葉の意味が理解できなかった。
だって、今回の任務は『何者かによって壊された祠の処理』でしょ?
それは危険度が高いし、そもそも神に対する不敬だ。
ありえない。そんな高慢なことをしでかした人がいるなんて。
「しかも、それをやったのが美緒と刹那を貶めるためだって」
苛立たしげな声で告げた彼は、これを聞いたときはどう思ったのだろう。
少なくとも快いものではなかったはずだ。
だって。
「ふざけるな」
また聞きした私でさえも、怒りに支配されそうになっているから。
「どうして、その人は2人のことを陥れようとしたの?」
言い訳なんて聞く必要、全くないけど。一応ね。
「僻みだよ。特に、美緒ちゃんへのものが主な要因みたいだね」
へぇ、それってつまり、自分にはないものを持っている美緒を勝手に恨んだってことでしょ?
いい大人が本当にばかばかしい。
あきれてものを言えないとはこのことを指すのか。
でも、それ以上に悲しくなった。
「気づいて、止められていたら2人は今日怪我しなかったのかな?」
「分からない。……でも、多分いつかは起きていたことだと思うよ」
雨はまだやまない。
*
美緒と刹那さんが起きたと聞いて、幻さんと私は2人の元へ訪れた。
「結芽! お見舞いに来てくれたの?」
ベッドから体を起こした美緒は表情を見る限り、元気そうに見えた。
ここ最近あった目元の隈は薄くなっているし、頬の血色も取り戻していた。
――あぁ、良かった。
そんな安堵も、包帯でぐるぐる巻きにされた右手を見るまでは。
カシャリと音を立てて、私の手にある見舞い品は床へ落ちた。
「結芽? そんな恐ろしいものを見たような顔してどうしたの?」
「美緒、その右手、どうしてそんなことになっているの?」
落ちた見舞い品へと伸ばされようとした美緒の腕。
左腕はまっすぐに伸ばされているけど、右手は微かに曲がるだけ。
「えーっと、これはね……」
あぁ、またこの笑みだ。
確かに笑みは浮かんでいるけど、その目には温度がない。
「あの任務のとき、右手の霊力を通す管が切れちゃった」
何でもないように言わないで。
*
「あぁ、そうだ。結芽に謝らないと……」
そう話す美緒に差し出されたのは1枚の青いカード。
これは青の『レガリアス・カード』。
鮮やかな青ではなく、灰色がかった青に変わったカードには温もりはなかった。
「勝手に使っちゃってごめんね」
「別にいいよ。そのカードは私が所有しているだけで扱えないし」
――そっか。
私と美緒の間になんとも言えない空気が流れる。
先に口を開いたのは美緒だった。
「このカード、返すね。どうやら、私には正しい答えを見つけられなかったみたい」
震える声でカードを渡す美緒は悔しそうだ。それなのに、諦めているのが目に見える。
「私は相応しくない」
どうしてだろう。
本当はこうやって、病人に対して怒りなんて抱いちゃダメなのに。
根拠のない怒りに支配される。
「どうして、正しさばかりこだわるの?」
「え?」
一度話始めたら止められない。
美緒だって苦しいの分かっているのに、今の私じゃ止まらない。
「正しくできていたら? みんながみんな、全部を正しくできるわけないじゃない! もし、そうだったらクルイモノに食われて死ぬ人なんていない」
美緒の目が大きく見開くのがよく見える。
顔を顰めて何かを言い返そうとするけど、彼女は声にできないみたいだ。
その様子にさらに私の怒りは止まらない。
「なんで、全部一人で抱えようとするの?私ってそんなに頼りないの?」
――もっと、あなたの本音が聞きたいよ。
ここまで言ったのなら流石に何かしら言い返されるだろう。
「ごめんね」
彼女から帰って来たのはたった一言の謝罪のみだった。
そうか。私じゃ、彼女の心を溶かせない。
「今日は、もう、帰るね」
きつく握っていた拳を解いた私は病室を飛び出した。
病院の外へ出ると、相変わらずの灰色の空。
ぽつりぽつりと降り出した雨は、私の代わりに泣いているみたいだ。
「どうして、私はこんなに無力なの?」
その声に応えるものは誰もいない。




