第23話 あれは灰色の空の日のこと 2
そうとは言っても、誰かを守りながら戦うのは難しい。
「おっとと。このままじゃ、2人の方に攻撃が飛んできちゃうな……」
そう独り言をぼやく間にも敵はその大きな爪で私を引き裂こうとしてくる。
私よりも一回り大きな体躯から繰り出される、単純なひっかき。
だが、それが厄介だった。
爪が大きい分、攻撃範囲も広い。
生半可な位置取りでは、二人まで巻き添えになる。
かといって、私がここで倒れれば元も子もない。
「一応結界は張ってあるけど、このまま持つ……?」
それが一番無難なのは分かっている。けど、いつまでもただ避けるわけにはいかない。
先に体力が消耗するのはたぶん私の方だ。
だから、そうなる前に決着を着けたいけど……。
「守りながらってなると、2人の安全にも気を付けないと」
どうする私。全力で頭を回して、この状況の打開策を見つけて。
何か、何かあるはずだ。
2人のことを傷つけないで、私の体力の消耗も最小にできる何かが。
『みんなを■■ためなら……』
ザーザーと砂嵐のような荒い声が耳に入る。
所々音が割れていて、何を言っているのかは分からないけど、その言葉を私は知っている。
『……この身を■にしてしまってもいい』
そうか。
どうしてここまで懐かしさを感じる言葉なのかが分かった。
これは――私の過去だ。
「なーんだ。難しく考えすぎちゃった」
別にわざわざ、自分の身を犠牲にして戦う必要なんてない。
この身の血も肉も心も、犠牲にはしない。
使うのはこの身に宿る莫大な霊力のみでいいのだ。
体の中で沸々と沸き立つ霊力を指先に集中させる。糸を織るように繊細に。
そして、指を嚙み合わせ、一つの印を結ぶ。
「哀れな魂よ、我が夢の中で眠れ」
母が子を抱きしめるように、目の前にいる熊のクルイモノを霊力で抱きしめる。
その霊力はやがて揺りかごとなって、かのモノを眠りへと誘う。
霊力の白い光が収まるころには、クルイモノはもう動かなくなった。
灰にはなっていないから、完全に消滅してはいないのだろう。
でも、動く気配はない。
熊のクルイモノ程度なら、ここから動くことはままならない。
「ふぅ。思い付きと言うか、なんとなくでやった術だけど上手くいったみたいね」
これなら、私優位でクルイモノへとどめを刺せる。
でも、まだその時じゃない。
「ねぇ、後ろでこそこそするのやめてもらえる?……フラウス」
「やっぱりアンタなら気づくか~」
――久しぶり♪
髪を高く結い上げた彼女は、自分を睨みつける視線をものともせず嗤う。
その笑みは狂気そのものだ。
視線を少し下へずらすと、彼女は自らの得物を持っているようだ。
さっきから感じていたピリつく気配の正体はこれだったのね。
「ねぇ、ウチと戦ってよ。そんな霊力切れで倒れるザコたちなんか置いて行ってさ」
「断るに決まっているでしょ。どうして受け入れられると思ったの?」
本当は美緒と刹那さん――特に美緒のことはザコだなんて思っていないくせに。
ちらちらと美緒を見る目が不安に揺れていることに気づかないわけがない。
やっぱり、あの時美緒がフラウスと対峙していたのはほぼ確定ね。
「ふーん。じゃあ、そいつらのせいでこの惨状が起こっていると言っても、置いて行かないの?」
「はぁ? それってどういう意味?」
「気にはなるんだね~」
やってしまった。彼女の言葉に耳を傾けるつもりは無かったのに。
しかし、気にしないというのは無理な話だ。
今、現状この任務を通して、少なくない死者が出ている。
それを巻き起こしたのが陰陽師であるどころか、気心の知れた友人と言うのなら目を見開くのも仕方ない。
そもそも、彼女の言っていることが本当なのか怪しいが。
「今はあなたと戯れている暇はないの。そこをどいてもらえる?」
「嫌だと言ったら?」
「……それでも構わないわよ。だって、私」
――1人じゃないもの。
私がそう言葉を紡いだ瞬間、彼女の周りに陽炎が現れる。
焼けるような熱さを持たぬその炎は、確かに彼女の視界を惑わせるのだ。
「チッ、どこに行ったの? 本当にまどろっこしいわね!!」
彼女は怒りのままに茨を放とうとするが、そこに私はいない。
上手い具合にかかってくれているみたいね。
「幻さん、来てくれてありがとう。おかげで、彼女の相手をせずに済んだわ」
「どういたしまして。さ、結芽ちゃん。今のうちに2人を連れてさっさと退散しよう」
そうして、私と幻さんは2人を背負いながら、森の中を駆けていく。
いつの間にか雨がぽつりぽつりと降り出したのか、地面の色が暗くなる。
「2人が起きたら、色々と話を聞かないとね」
突然、幻さんがぽつりと一言を零す。
その目つきはいつも飄々としている幻さんが見せるには珍しい、鋭い殺意をもった眼光だ。
「さっき、結界を張るために森の中を走り回っていたけど、倒れているみんな口々に言うんだ」
――あいつらのせいで、こうなった。
自分で言っておきながらも、不快だった幻さんは『なにがあいつらのせいだ』と悪態をつく。
倒れている他の陰陽師のことを思いだしているのだろうか。
彼の顔つきは酷く険しいものになっている。
よほど癪に障ったのか、舌打ちを一度するとさらに走る速度を上げる。
「大の大人がダサいよね。よりにもよって、責任をまだ未熟な学生に擦り付けようとするなんて」
「でも」と続ける幻さんは、何か覚悟を決めるように言う。
「全てが正しいとか、間違っているとかはない。友人として、仲間として2人が起きたらちゃんと話を聞かないとね」
――ね、結芽ちゃん。
笑みを称える幻さんは私を励ますように背中を叩く。
そんな辛気臭い顔でもしていたのだろうか、私は。
でも、心が晴れやかでなかったことは間違いない。
「私は他人の口からでなく、彼らの口から言葉を聞きたい」




