第22話 あれは灰色の空の日のこと 1
その日は分厚い雲に覆われた灰色の空が印象的な日だった。
日差しが地面に当たることはなく、雨が降っているわけではない。
それなのに心の奥が湿る。
天気が良くないと気分も沈んでいくのだ。
「静かだな。退屈過ぎて死にそう」
「気持ちは、分からなくはないけど……。やることはいっぱいあるから、少なくとも退屈はしないんじゃない?」
支部の中で私たちは、任務で使う用の札を作りながらぼんやりと外を眺める。
今、支部の中にいるのは幻さんと私だけ。
美緒たちは他の支部の申請によって任務に駆り出されるし、久志さんは本部に呼び出されたとかでいない。
「ねぇ、幻さん。美緒たち、大丈夫かな?」
「大丈夫だよ、あの2人なら。そもそも、2人だけで行ってるわけじゃないんだしさ。そう気を揉んじゃ駄目さ」
「そうだけど……。今日の2人の任務先、祠だよ?」
そう呟くと幻さんは目を見開く。
小さく「軽く考えすぎた」と吐き出した彼は黙々と作業へ戻る。
今にも雷が轟きそうな空を見て、胸騒ぎが止まない。
とんでもなく、良くないことが起こりそうな根拠のない不安に駆られてしまうのだ。
「祠の一番やばいところはさ、祠にいるものが解き放たれることじゃないんだよ」
「え、そうなの? だって、祠にいるのってカミサマとかの上位の精霊種でしょ?」
よくホラーゲームとかでも、『封じられた祠を壊すと神の祟りがー』って言う展開がある。
なにせ祠にいるのはカミサマと言う名の超常現象だ。
彼らの行動には理性が働いていたとしても、それ以上の現象が起こってしまうかもしれない。
だから、解き放たれるのはよくないと思うのだけど。
「それも確かにまずいよ。でも、カミサマと言っても千差万別だ。本当にまずいのは、周辺の霊力の均衡が崩れることなんだ」
「周辺の霊力の均衡?」
「そう。今回なんか特にそうなんだけど、地鎮を目的に造られた祠は霊力が不安定に揺らぐ場所に造られているんだ」
――ここまで言えば、俺の言いたいこと分かるよね?
そう彼が私に問いかけた、その時だった。
部屋の奥の方にある受話器がけたたましく音を立てる。
あの受話器って、他支部からの救援要請を受け取るためのやつだ。
「俺が行ってくるよ。結芽ちゃんはどうなっても動けるように準備してね」
心臓がドクドクと叩く音ばかりが聞こえる。
さっき書いたばっかの札を握る手は微かに震え、涙が出そうになる。
美緒、どうか無事でいて。
「嫌な予感って、こうも当たるものなんだね。結芽ちゃん行くよ」
――祠へ行った部隊から救援要請が来た。
あぁ、どうして。こんな時ばかり予感が当たるの?
*
「うわぁ、これは想像以上に地獄だね」
任務地に着くなり、顔を顰める幻さん。
私も袖で鼻を塞いでいるが、それでもむせかえるような血の匂いがする。
今目の前で見ている景色はまさに地獄絵図だ。
人々の怒号と悲鳴と絶叫が絶え間なく聞こえてくる。
苦しみ悶える声はまるで罰を受けているみたいだ。
地面の土は人々の血で赤く染まり、瘴気が漂っているのかあたり一面が微かに紫色っぽく見える。
「どうなったら、こんなにいっぱいクルイモノが出る羽目になるんだ。……結芽ちゃん、頼める?」
「私はクルイモノを屠りながら、2人と合流すればいいよね。それなら問題ないよ」
「ありがとう。俺は周囲に術をかけながら、生存者がいないか探してくる」
幸いにも2人の霊力を感じられる。そう遠くはない場所にいるみたいだ。
――美緒と刹那さん。2人はどこにいるのだろう。
襲い掛かってくるクルイモノ達を一太刀で屠りながら考える。
2人の霊力は確かに感じられるのに、妨害系の霊術でもかかっているのか霧散して分からなくなる。
「おい、そこのあんた!!」
下の方から声が聞こえる。よく耳を立ててみると、それは男性の声みたいだ。
彼の声と共に、木々の揺れる音がする。
振り向くと、茂みの中から1人の男が顔を出していた。
「気づいてくれてよかった。あんた、七草の子だろ?」
「はい、その通りです。救援要請がここへはせ参じました」
「そうか、それならあんたの同僚の元に早急に向かった方がいい」
――なんせ、今一番激戦なのはあいつらが相手している所だからな。
彼が苦虫を嚙み潰したようにある1点へ視線を向ける。
そこからはけたたましい斬撃の音と、木の割れる轟音が聞こえてくる。
すぐに行かないと。
でも、この人を放っていくべきなのだろうか。
「さっさと行ってきな。悩む必要はない。どのみち俺はもう持たない」
その時初めて気づいた。彼の両腕が見当たらないことに。
頬に脂汗を流し、顔を歪めているこの人はとうに限界に近いのだということに。
でも、なぜかその姿に腹が立った。
「あ、あんた何するんだ!!」
「私に治療はできませんが、霊力を補給することはできます。最後まで諦めないで」
彼に渡した量程度の霊力はすぐに回復する。
これから、どうするかを決めるのは彼自身だ。
できれば生きていてほしい。でも、あの様子じゃ無理そうだ。
「あいつらに会ったら、謝っておいてくれ。馬鹿にしてすまなかったと」
*
「美緒、刹那さん。……あの人が言っていることが本当ならここにいるはず」
しばらく走っていくと、開けた場所にでた。
視界を塞ぐ木々はなく、上を向くと灰色の空が見える。
ん?いきなりあたりが暗くなった。それと、この強烈な殺意は……
「そりゃあ、こんなに大きなやつ相手するのも一苦労だよ」
目の前に飛び出してきたのは私よりも上背のある、大型の熊のクルイモノ。
今日だけでもすでに何人も食ってきたのだろう。それの吐き出す息は血なまぐさい。
刀に手をかけたときに気づく。
刹那さんと美緒の気配が薄くなっている。
「……結芽さん」
足元から耳馴染みのあるかすれ気味の声がする。その声はいつもよりも弱々しく、息も絶え絶えだ。
視線を下ろすと、そこには槍を支えに辛うじて身を起こす刹那さんと、ぐったりと倒れている美緒がいた。
「刹那さん? 美緒も、どうして」
「ある程度は僕たちが対処したのですが……あのクルイモノたちと相手する前に、霊力切れになってしまって動けないのです」
焦っていたからかちゃんと認識できていなかったけど、2人とも大怪我はしていないみたいだ。
その事実にほっと、胸を撫でおろす。
ただ、2人がここまで消耗される相手ってどんな相手だ。
「あの熊のクルイモノは何らかの強化を受けているみたいです。霊術を扱います」
――あとは頼みました。
そう言った彼は気絶した。
2人の周りにそっと、結界をかける。
「せいぜい、幻さんが来るまでは頑張るか」




