第21話 様子のおかしい美緒
うーん、やっぱり美緒の様子がおかしい。
ここ1週間、魂が抜け落ちたようにふらふら歩いているのをよく目にする。
今目の前でご飯を食べている時だってそうだ。
「ねぇ、美緒。今日の任務行くのやめておく? 私の方から久志さんに言うから、休んだ方がいいんじゃない?」
「……大丈夫。ちょっと眠たいだけだから平気」
ぼんやりとしながら、遠くを見つめる美緒は今にも消えそうだ。
口では「大丈夫」って言っているけど、明らかに大丈夫じゃないでしょ。
目の下には濃い隈。箸を持つ手はちょっぴり震えているし、ただでさえ少ない口数も減ってしまっている。
極めつけに、今日だけでも3回何もないところで転びかけているのを見た。
「それじゃ、先に行くね」
「あ、美緒。待ってよ」
*
「――って、ことがあったんだけど、2人には何か心当たりない?」
一番美緒の近くにいるのは私だっていう自負はある。
でも、距離が近すぎて何か大切なものを見落としているかもしれない。
だから、刹那さんと幻さんの2人に聞いてみているのだけど……。
「ないですね。確かにいつもよりも疲れて見えましたけど」
「俺もないなぁ。割と塩対応なのはいつものことじゃないか?」
やっぱり、疲れては見えているんだ。
2人にも心当たりがない、となると、もっと別のところに原因があるのかな?
もし、そうなら1つだけ心当たりがある。
「私が気絶している間、何かあったのかな」
*
思えば、支部の施設で目を覚ました時から変だった。
「ふわぁぁ、ここは支部? 戻ってこれたのね」
目を開けると、頭がずきりと痛む。
建物の壁が破壊されるほどの速さでぶつかったのだ。何も怪我せずに済むわけがない。
むしろ、この程度で済んでよかったと、しみじみと思っていた。
「結芽……」
誰かの私を呼ぶ声が聞こえる。聞き馴染みのある凛とした声だ。
しかし、その声はいつもよりも弱々しく震えている。
声の方へ思わず振り返ると、静かに涙を流す美緒がいた。
話かけようとも思った。
――どうして泣いているの? 何が起こったの?
頭の中で彼女を心配する思いが反響する。
喉元まで出かかった言葉は、彼女へ紡がれることはなかった。
「私は、どうすればいい」
触れたら壊れそうな彼女に、生半可な励ましをする勇気が私にはなかった。
*
「……屋敷のときは本当に申し訳ございませんでした」
「あれは仕方ないよ。不意打ちに近かったし。そもそも、屋敷に潜んでいる可能性を把握していながら、碌に対策していなかった私が悪いよ」
彼女の――フラウスの目的があの屋敷の主人を抹殺すること。
そう思い込んでいたからこそ、他の目的の可能性を無意識に排除してしまっていた。
だから、あんなに苦戦を強いられることになったし、皆を危険にさらした。
「2人が目を覚ましたとき、私たちはどうなっていたの?」
あの状態で少なくとも私は自分の足で施設まで帰れたとは思わない。
美緒もあの疲弊具合だ。
自力で帰るのもままならなかったのだろう。
それなら、必然的に刹那さんと幻さんの2人が私たちを運んだことになる。
「美緒さんが結芽さんを守るように気絶していましたね。後は……あっ」
いきなり固まってどうしたのだろう。
もしかして、他に思い当たる節でもあるのかな?
「結芽さんにお聞きしたいのですが、武装に用いている媒体ってあの日記帳のみですか?」
「……違う。正確には日記帳はケースだから、本物の媒体はまた違うよ」
本物の媒体は、日記帳に内包されているカードたちだ。
私のカードは初めて武装を使った時から、どこかに行ってしまったけど、他の色はまだあるはず……。
「そうですか。……僕の予想が当たったみたいですね」
「と言いますと?」
「美緒さんの手の中に1枚の青いカードが握られていたのです。あなたの持つ日記帳と同じ模様がついた、あなたの霊力を感じるカードを」
え、そんなことが起きていたの?
全然知らなかったんだけど。
「ちょっと待って。確認させて」
嫌な予感が脳裏をよぎる。
私は、おもむろに日記帳を開いた。確認するのはカードの枚数。
紫、藍色、緑、黄色、橙、赤の6色は確認できた。
唯一、青のカードのみ空白になっていた。
これが示すことは……。
「美緒が、青のカードを解放していたの?」
それならば、あんなに思い悩むことも納得できる。
私だって最初、ナナに『英雄になる力を秘めている』って言われたときは、頭を抱えた。
『レガリアス・カード』の力は人間にとって過ぎた力だ。
いきなり使えるようになったところで、すぐに受け入れられるわけがない。
だから、美緒があんなに落ち込んでいるのも理解できる。
でも、引っ掛かる。それだけではないような気がする。
力を得た混乱というよりも、これからどうするべきかを自問自答しているみたいに感じる。
「1回、ちゃんと美緒と腹を括って話そう」
「それがいいと思いますよ」
そうやって、改めてちゃんと美緒に聞こうと決めた。
美緒のことが純粋に心配だったのと、何か重要なことを隠していそうな気がしたから。
でも、それが余りに短絡的で楽観的な考えであったかを知るのは、一週間後のことだった。




