第25話 灰色の空を穿つ、白の意思 ≪side 幻≫
≪幻視点≫
「幻の坊ちゃんよぉ。結芽ちゃん、ありゃ何があったんだ。魂が体から抜けたみたいになってんぞ」
「そっとしておきましょう。下手に触れるのはよくありませんよ、久志さん」
あちゃ~、これは想定外。
結芽ちゃん、結構メンタル強い方だからすぐ立ち直ると思ったけど……。
「ばぁ……」
ここ2週間、あんなに魂の抜けた状態が続くとは。
お見舞いへ向かったのがまずかったのか。
いや、それは結果論だ。根本的なものはもっと違う。
「美緒ちゃんと仲たがいしちゃったんですよ。どちらも悪くないゆえにここまで拗れているんでしょうねぇ」
いつもの2人の様子を思い出してみると、喧嘩とかしなさそうだもんなぁ。
だからこそ、ショックが大きくてここまでへこんでいるんだ。
「あの様子だと、任務受けてもらうのは絶対だめだな」
「任務ですか?」
あの抜け殻みたいになっている状態で、ちゃんと動けるのか?
それこそ、今回の美緒ちゃんの二の前に……。
いや、動ける。
気持ちの切り替えに関しては誰よりも早いんだった。
じゃなけりゃ、初見のクルイモノとあんな戦いできない。
「久志さん。お願いがあるんですけどぉ」
「なんだ? 言っておくが、お前は行かないぞ」
「それはいいんですよ。俺が知りたいのはその任務に誰がいるかですよ」
「それならいいぞ」と一冊の冊子を手渡してくる久志さん、マジでちょろい。
いつか騙されないかすごく不安になるけど、そもそもそうしようとする人たちに近づかないか。
それは置いといて。
誰が参加するのかを確認だ。
「ゲェ。これって、やばぁ」
「お前が見るからに変な顔をするって、あんましよくない人選か」
「ですねぇ」
思わず顔を引きつらせてしまったけど、これは仕方ないでしょう。
だって、これって美緒ちゃんと刹那を陥れようとした奴らの一派じゃないか。
*
結芽ちゃんがキレるのは確定だから、伝えていないことがある。
「なんであいつらだけ来たんだよ。あの、千枝ってやつも来ると思っていたのに」
「おかげで俺らの計画は全部おじゃんだ」
任務地について二手に分かれた後、誰かの話し声が耳に入る。
救援要請が来るほどの緊迫した状況のはずなのに、全く緊張感のない声が聞こえると思ったら。
あいつら、刹那の悪口をよく言っている奴らじゃないか。
この状況で聞き耳を立てるなんてするべきじゃないけど、何かきな臭い。
「まぁ、でもあいつらだって調子に乗っているし、ちょうどよかったんじゃね?」
「さっき救援要請も飛ばしたし、奴も来るだろう」
ほくそ笑む奴らはまだ俺がすぐそばに居ることに気づく様子はない。
そんなんで、あいつらに勝てるわけないだろ。
とりあえず、録音でもしておくか。
「しかし、こんな真似しておいてバレないのか?」
「バレない、バレない。だって、救援要請、七草支部にしか出してねーもん」
「最悪俺らさえ生き残ればいいもんな」
つくづく最低な奴らだな。
今ここから飛び出してもいいが、相手は2人。
下手したら、結芽ちゃんの行動を妨害される危険性がある。
さて、1回移動するか。
誰か1人に口を割らせよう。1人ぐらい、情報を漏らすやつはいるだろう。
これはあってはならない事態だ。
「ふん、ふ~ん♡あの子はどこにいるのかなぁ?」
なんだ、この気配?今いきなり、この森の中に現れたよな?
見た目は人間の少女だけど、絶対に人じゃない。人であってはならない。
一瞬、花の甘く可憐な匂いだと思ったけど、血なまぐささが混じっている。
醜悪な死臭が肺の奥までこびりつく。
あまりの強烈な匂いに思わず膝をつく。頭がクラクラしてくる。
絶対に気づかれてはいけない。気づかれたら終わりだ。
「今日、ここで陰陽師たちの任務があるはずだけど、誰もいないじゃない?」
幸いあちらはまだ気づいていないみたいだ。
今のうちにここから去って、結芽ちゃんと合流しないと。
……って、あいつら。
「救援要請出したんだろ? なのに、まだ来ていないのはなんでだ」
「それは俺だって知りたいよ。向かってきているって信号は来ているんだが」
明らかにいてはまずい気配が背後にいるのに、気づくそぶりもないなんて。
それでよく皆を見下したな。
「あっ、ちょうどいいところに人間がいるじゃん♡……って、あれ? いなくなった」
どれだけ屑でも目の前で死なれるのは寝覚めが悪い。
ここは幻術で何とか惑わせて……。
「まぁ、あんな雑魚みたいな気配した奴らだし、そう遠くへと逃げられないっしょ」
そう微笑んだ彼女は地面から茨を生やす。
勢いよく伸びたそれは彼らの体を穿とうとしていた。
ここで、飛び出すつもりは無かったけど、仕方がない。
茨は俺の足元まで来ているのは好都合だ。
手に炎を纏わせ、茨を全て燃やす。
「あら? 誰かに燃やされちゃったみたい。……本当は探した方がいいけど、良いか。あの子の気配も見つけられたし♡」
興味を無くしたように茨を消し去った彼女はどこかへ飛んでいく。
あの方面は確か……結芽ちゃんがいる方だ!
まずい、あの存在と接敵することだけは避けないと。
「あいつらはどうするか……」
放っておくのはあまりよくないけど、あいつらに構っている余裕は俺にはない。
あとで叱られるか何かされるかもしれないけど、優先順位は結芽ちゃんの方が上だ。
そう思って、結芽ちゃんの元へ向かっていった。
*
「話を聞く限り、刹那たちをいびっている奴らが結芽ちゃんにも手を出そうとしていると……」
「あくまでも俺の推測ですけどね。ただ、この任務の内容が件の任務内容と似ているのが気になって」
やっぱり久志さんも怒るよな、これ。
右手に握られた冊子がミシミシと音を立てて、搾りたての雑巾みたいになっている。
刹那本人はケロッとしていたし、美緒ちゃん自身も諦めた感じだから特に突っ込むことはしなかったけど。
もっとちゃんとキレるべきだよな、あの2人。
今回は俺と結芽ちゃんが間に合ったから良いけど、毎回それで済むわけがないからな。
「……それ、新しい任務?」
「結芽ちゃん?!」
びっくりした。いきなり後ろから手を伸ばされたものだから肝が冷える。
何やら真剣な面持ちをした彼女は冊子を手に取った。
ペラペラとページを捲る手がピタリと止まると、眉間にキュッと皺を寄せる。
そのページはちょうど、任務にあたる人員配置についてだ。
「いつから、そこにいたの?」
「幻さんが『ゲェ。これって、やばぁ』って言っている所から」
最初からじゃないかい!
つまりはこの任務で起こっていたことを聞かれてしまったってこと?
今の精神状態で絶対に聞かせたくなかったのに。
でも、それにしてはあまり怒っていなさそうな……。
「この任務、行けばいいんでしょ?」
彼女はいつの間にか戦闘服を纏い、そこに立っていた。
発する霊力はいつもの柔らかな陽光のようなものではない。
刃のように鋭利になっているそれは、彼女の心境を現しているみたいだ。
「ア、アノ~。本当にダイジョウブ?」
「大丈夫? 全くもって大丈夫じゃないに決まっているじゃない」
随分と堂々と言うなぁ。
まぁ、こういうところがあるから結芽ちゃんに関してはあんまり心配していない。
自分の声をちゃんと聞ける子だから。
「その人たちって、私たちのことを勝手に僻んで恨んだんでしょ? その自己満足のせいで、刹那さんは怪我しちゃったし、美緒は自らを檻に閉じ込めてしまった」
悔しそうに拳を握る彼女はなにかを覚悟しているみたいだ。
俺と久志さんはその様子になにも言うことはできない。何を言ってもいけない。
「私は私にとって最善の『未来』を歩むために戦うの。それをバカみたいな理由で汚す愚か者を私は許さない」
濃密な霊力の圧に気押されそうになる。
もともと霊力の多い子だとは思っていたけど、想像以上だ。
多分だけど、まだ限界じゃなさそうだし。一体どうなってんだ。
「やる気満々だな。……とはいっても、任務は明後日だぞ」
「あっ、そうですか。すみません、気が昂ってしまって」
へにゃりと笑う彼女はもう平常通りみたいで安心した。
恥ずかしくなったのか、トイレかどこかへ行った彼女を除くと、久志さんと二人きり。
「すっげーな、流石三宗家の霊力。天気まで変わってんぞ」
「え? あっ、本当だ」
久志さんが窓を指さすと、そこには雲一つない快晴が。
えっ、さっきまで雨が降り出しそうなほどの曇り空だったのに。
「幻の坊ちゃん。あんまりあの子のことを心配する必要はないさ」
「この霊力が理由ですか? ……でも、あいつら権力を笠に着ますよ?」
久志さんは『心配はいらない』と言わんばかりに、別の冊子を手渡す。
その表紙には『DNA鑑定結果』と書かれている。
「これって、まさか」
「結芽ちゃんは賀茂家の唯一の正統な後継者だ」
久志さんは煙草を吸って、煙を吐きながら俯く。
「前の任務の二の前にはならないさ。ただ、結芽ちゃんは確実にキレるとは思うがね」
さっきのあの霊力を思い出すと、乾いた笑いしか出ない。
でも、俺も久志さんと同意見だ。
「無事に任務終わってくれよ~」
そう、祈るばかりだった。




