第19話 青の少女は、世界を描く≪side 美緒≫
「結芽の日記帳、私へ手に取れと言っているの?」
突如として青く輝き始めたそれは、まるでその通りだと言わんばかりに上下に動く。
本当に手にしていいのかと、迷いはある。
今まで目にしてきたどの霊具よりも強い力を持っている。
それこそ神具に近しいものだ。
私には自信がない。それを手に取るべき資格があるのかどうかが。
その時、迷える私の胸元で何かが熱を帯び始める。
「これは……私の筆?」
温かさの源を手に取ると、それは一本の筆だった。
小さい頃、お母さんに買ってもらってからずっとその筆で、描きたいものを描いていた。
私の人生はこの筆と共に歩んできたと言っても過言ではない。
何の力のないはずのただの筆が、光を帯びる。
「あぁ、そうか。いろいろと難しく考えすぎたんだ」
資格だとか、ちゃんと扱いきれるかと言う不安は胸の中にある。
でも、今大切なのはそこじゃない。
今、私がやりたいのは結芽を助けること。
動く理由はそれだけでよかったの。
私は目の前にある日記帳を手に取った。
その瞬間、私の体は光に包まれる。
温かくて優しい、だけど背中を押してくれそうな感覚を覚える。
不安はあれど、もうそれは些末なものでしかない。
「よりにもよって、アンタが【青】の覚醒者ぁ?」
目を開けると、私の姿は先ほどまでのものとは大きく変わっている。
紫の戦闘服は青を基調としたエプロンドレスに変わり、髪の毛には所々青色が入る。
変わったのは姿だけじゃない。
体がいつもの何倍も軽く感じる。今ならどこへだって走っていけそうだ。
結芽がこの力を好んで使おうとする理由が理解できるわ。
それにしても、目の前にいる彼女は日記帳の力を嫌悪しているみたいね。
強い語気で喋っているみたいだけど、頬に滴る一筋の汗を私は見逃さない。
「ねぇ、そんなに顔を引きつらせて。もしかして、私のことが怖いの?」
「そ、そんなわけないに決まっているでしょ?! ウチはアンタたちよりも強い存在なの!!」
あら、こんなにも強く返されるなんて、よっぽど私のことが怖いのね。
だって、そうでしょう?
負け犬ほど、遠吠えは大きなものだから。
「でも、安心して。私はあなたと戦うつもりは無いから」
「へ、へぇ。アンタ意外と見る目があるじゃない。それなら、その子を……」
「それは無理。絶対にね」
あくまでも、戦う気はないよ? 素直に私たちをここから去らせてくれるのなら。
私は戦うのが好きじゃないもの。
でも、そんなにうまい話はないみたいね。
「さっきからアンタ、随分と舐め腐っているみたいね。礼儀と言うものを叩きこんであげる!!」
顔を顰めた彼女は地面から無数の茨を私へ向かって伸ばす。
速い。そして緻密だ。
逃げ場を無くそうと合間を縫って攻撃を仕掛けているみたい。
これは結芽にとって不利になるのも必然ね。
結芽の持つ打刀じゃ、どうしてもこの量の茨をいなすのは難しい。
「パランディン、共に踊りましょう?」
いつものようにパランディンを召喚する。
技術がないわけじゃないけど、今の状況なら大剣を持つパランディンに戦わせた方がいい。
でも、いつもよりも影の落ちる範囲が広いような……。
「パランディン、あなた随分と大きくなったわね」
私が武装を使っている影響をもろに受けているのか、パランディンも姿を変える。
灰色の甲冑は空色の甲冑へ変わり、その手に持っている武器はさらに神々しさを増している。
何よりも大きさが一回りか二回り程度大きくなっている。
「好都合ね。パランディン、茨を断ち切って!!」
私の声に従うパランディンは両手で剣を持ったかと思うと、思い切り振り下ろす。
轟音と共に茨が断ち切られるのと同時に地面には大きな亀裂が。
いきなり、こんなに火力が上がることある?
「よくも、私を吹っ飛ばしてくれたわね? ……覚悟なさい」
あ、巻き込まれていたんだ。
大口を叩いているものだから華麗に避けるものだと思っていたけど、意外とドジなのね。
1つ言えるのは間違いなく、パランディンの一撃は彼女の大きな怒りを買ったこと。
髪を逆立たせながら、顔を大きく歪ませるなんてただ事ではないわよね?
「っ、パランディン」
「いつまで、そのガラクタに頼るつもりなの? やっぱりアンタ自身にはそこまで力がないのね」
瞬きの間だった。
いつの間にか私のすぐ横に来た彼女はパランディンのみ、弾き飛ばす。
気づいたら、眼前に拳が迫っている、けど。
「確かに戦うのは得意じゃないし、好きじゃないよ。でも、一瞬のことで人を判断するなんて浅はかじゃない?」
すんでのところで拳を避けた私は懐から短剣を取り出し、彼女の喉元を切る。
喉元には大きな血管が通っている。切られたらただでは済まないはずだけど……。
「やっぱり、そううまくいくほど甘くないわよね」
戸惑う表情は見せても、倒れる気配はない。
どうするべきか。もう打てる手立てがない。けど、引くわけにはいかない。
「あぁ、この筆使えばいいじゃん」
もしかしたら、この筆だって変わっているのかもしれない。
そんな淡い期待を胸に、キャンバスのない場所に筆を走らせる。
「何もなくても、描くことはできるのね」
一筆で描いた馬が自由に走り回っていく。鮮やかな色を持つそれは、彼女に突進していく。
筆先からほとばしる鮮やかな色たちを見ると、なんでも描けるような気がするわ。
いや、もっと描いていたい。この色たちで。
「そうだ。この色をもっと広く描いたらどうなるのだろう?」
筆をもって、くるりとターンする。
その瞬間、彩り豊かな世界が眼前に広がった。
赤、青、黄色を中心にありとあらゆる色が、重なり合って鮮烈な景色を生み出すのだ。
今にも襲い掛かろうとした彼女はぐったりと座り込む。
この色の暴力は彼女のお気に召さなかったのかな?
「今が好機ね。動かないうちに行っちゃいましょう」
私の力じゃとどめを刺せない。
とりあえず、結芽を安全な場所に連れていこう。




