第18話 私は私のために私の自由を貫きたい≪side 美緒≫
≪美緒視点≫
カキンカキンと、小気味の良い武器が打ち合う音。
大きくなったり、小さく成ったりするその音はどこから聞こえるのだろう?
そもそも、今私何をしていたのかも分からない。
「ん……ここは、どこだっけ?」
目が覚めたばかりで、思い出せない。
あぁ、そうだ。私たちは調査のために屋敷を訪れた。
それで、この屋敷にいるクルイモノを退治するためにやって来たんだ。
その後はどうなったの?
ものも碌に見えないほど暗い視界に、さっきまで気絶していたこと。
いつの間にか握りしめられた拳が、小刻みに震える。
「オねェさん」
誰かに声を掛けられる。後ろの方だ。
ノイズが混じった声は随分とたどたどしい。
「あなたは、あの部屋にいたクルイモノ?」
「ソうダよ」
「でも、ここはあなたのいた場所じゃないよね」
「ウン、|アノヘヤトハチガウバショ《あの部屋とは違う場所》、ハジメて」
じゃらりと腕に付けられた鎖を揺らす、目の前の泥の塊を見て思いだした。
結芽が「処理しないといけないものがある」と言って、2階の奥の部屋に行ったら彼がいた。
彼は人の言葉を操るけど、明らかにクルイモノ。
だから、結芽は彼に刃を突き立てようとしたけど、それはできなかった。
「あのギャルみたいな子。彼女も恐らくクルイモノ? よね」
「チガウよ。|ソンナにヨワイモノじゃナイ《そんなに弱いものじゃない》」
随分と食い気味に否定されたけど、そんなに違う存在なの?
確かに、この子に比べたら随分と流暢にしゃべるし、見た目も色を除けばほぼ人だ。
私たちが気づかないうちに分断できるほどだし、彼の言う通り只者ではないことには間違いない。
となると、結芽は大丈夫なの?
最後に見えたのは、結芽の頬に触れる彼女の姿だった。
少なくとも、結芽はここにはいない。
もしかしたら、彼女の相手をしているのかもしれない。
「どうしよう。結芽が危ない」
今も鳴りやんでいないけど、あのぶつかり合っている金属音は戦っている証拠と考えたら現時点では大丈夫。
でも、万が一武装を使っていたのだとしたら?
結芽はいい意味でも悪い意味でも躊躇いがない。
その選択肢に欠点があると分かっていても、少しでもいい未来になるのなら、すべてを賭けてしまう。
彼女のいいところであり、悪いところだ。
「行かなくちゃ、早く彼女のところへ」
そうは思っても、どうするのが正しいのだろう。
目の前には人の言葉を話す知性を持つクルイモノと、未だに気絶している幻と刹那。
いくら凶暴性がないとはいえ、彼はクルイモノだ。
私がいなくなった隙に、何か気が変わって襲いだすかもしれない。
ここから離れるのは今やるべきことじゃない。
だからといって、結芽を見捨てることもまたできない。
私にとって、自分の命よりも大切な人なの。何に変えても守り抜きたい。
一体、どっちを取ればいいの?
「オネエサン、イッタライイジャン」
「それができたら、こんなに悩んでいない。一時の感情で決めていいことじゃないの」
「オネエサンノココロハ、イキタガッテイルのに?」
人の思いも知らないで、本当によく言えるよね。
私がどうして、拳を握りしめて叩きつけることしかできないのかも考えないで、彼はきょとんと首を傾げる。
クルイモノは基本「食らいたい」と言う本能のみで動く。
だから、彼もその価値観でなんとなく口にしただけなのだろう。
怒ったって仕方がない。意味がない。
でも、心の奥底では彼の言葉を認める自分がいる。
「ねぇ、坊や。1つ約束してくれない? 私がここに戻るまで、ここから一歩も動かないって」
「イイよォ。ドウせ、ウゴケナイシ」
「そうだったね。……これなら、心置きなく行ける」
刹那と幻には申し訳ないけど、私は結芽を取る。
人として、陰陽師として最低なのは分かっている。
今、私がやろうとしていることは2人の命を見捨てることだから。
でも、私に結芽を見捨てることはできない。
「行ってくる。次、戻ってくるときは結芽と一緒に戻ってくるよ」
せめて、ここを去る前にここで彼女が襲ってこないように結界を張る。
雀の涙ばかりだけど、彼らをどうか守ってほしい。
「イッテラッシャイ、オネエサン」
私がその場を去るのを見届けて、彼は眠りについた。
「ありがとう」
*
武器の打ち合う音を辿って、がむしゃらに走る。
五感を研ぎ澄ませ、大切な結芽を探す。
普段の鍛錬以外でこんなに一生懸命に走るのは初めてだ。
動くのは嫌い。戦うのも嫌い。
できることなら、美しい色を描いていたい。
淡い理想ばかり胸に抱いていた私は、かつて『自由』を選んだ。
「あっちの方から音がする。……あぁ、もう。今度はこっち。どっちに行けばいいの?!」
周りは薄暗く、色をろくに認識することができない。頼れるのは己の聴力だけだ。
よほど激しい戦いだからだろうか、四方八方で轟音が鳴り響く。
あまりにも刺激の強い音に眩暈でもしそうだ。
でも、ここで止まるわけにはいかない。
「結芽、今からあなたのところに行くから」
そう一歩踏み出した瞬間、ひと際大きな爆発音がすぐそばで轟いた。
本当に間近で起こったことらしく、目の前の壁から薄っすらと光が差し込む。
直後、視界の端で白い絹のような髪の散るのが見えた。
ゆらゆらと幽霊のように揺れるそれは見知った少女の形。
「美緒? ……無事でよかった」
「は、結芽?」
私の顔に手を添えた彼女は、私に傷1つないことを見届けて崩れ落ちる。
目の前で起きたことを受け入れられない。頭が真っ白だ。
ぐったりと倒れこんだ彼女は幾度か白く点滅してから、いつもの姿へと戻る。
幸いにも息はあるけど、これって……。
「ねぇ、もうちょっと遊ぼうよ♡ ……って、もうアンタ起きていたんだ」
楽しそうにスキップしながら現れたのは、あのギャルだった。
結芽を見る彼女は嬉しそうに笑みを浮かべ、結芽の腕に触れようとする。
彼女は私を一瞥すると、舌打ちをしながら目を細める。
不快気に唾を吐き出した彼女は私を嗤う。
「ウチ、弱い子を甚振る趣味はないの。どうしてか分かる? アンタが中途半端だからだよ」
中途半端、ね。
確かに彼女の言う通り、私はどこまでいっても半端者だ。
自分で陰陽師への道を捨てたくせに、結局戻ってきてしまった。
一度決めた意志を貫くことができない未熟者だ。
でも、それはあくまで思うがままに貫いていないだけ。
「ねぇ、その子を置いてさっさと逃げたら? アンタがウチに勝つなんてありえないから」
さっきから、彼女の声を聴いてどうして、腹の底から怒りが渦巻くのかが分からなかった。
今なら分かる。彼女は私が一番嫌いな類の者だ。
人のことを碌に見ていないくせに、知った気になってその選択を否定する。
「絶対に嫌だ」
「ふーん、断るの? 勝ち目がないなら逃げればいいのに」
自分の尺度で人のことを推し量ろうとするな。分かった気になるな。
その人の本質も、意志も選び取るのは本人次第だ。
それを外野にがやがや言われるのが、一番腹立たしい。
「さっき、アンタは私に中途半端って言ったよね。そうだよ。その通り、間違っていない」
今でも、昔選んだ陰陽師にならないという選択肢は本当に良かったのか。今、こうして陰陽師になることは正しかったか。
「それが正解」だなんて、大声では言えない。
でも、「正解であること」に全ての価値があるとは思えない。
「だからと言って、勝ち目がないとか弱いとかってあくまで貴女の価値観だよね?」
足元にこつん、と結芽のあの日記帳があたる。
結芽は白く見えると言っていたけど、今の私の目には青く映るそれを手に取る。
『それでも、君は自由を捨ててまで彼女と共に戦うことを選ぶのかい?』
少し前に、会長に言われたことが改めて反響する。
今なら、答えが出ている。
「私はここから逃げないよ。だって、結芽が大好きだから。それを助けようとするのも私の自由よね?」
そう声高らかに宣言した瞬間、手の中にある結芽の日記帳が輝きだした。




