第17話 あなたと私の物騒なランデブー
今、彼女はなんて言った?
『レガリアス』って、はっきり言ったわよね?
背中に生ぬるい汗が流れる。
いやな思考が巡るほど、その不快さは増すばかりだ。
ごくりとなった喉の音は果たして誰のものだろうか。
「その様子だと、図星みたいね。あぁ、本当に良かった♡」
嬉しそうに顔を歪ませる彼女は一歩ずつ近寄ろうとしてくる。
すぐにでも、武器を構えて戦えるようにしたい。
でも、それは叶わない。
目の前にいる彼女を見ていると、途方もない不安で胸を押しつぶされそうになるのだ。
武器に触れる手は小刻みに震え、踏み出すべき足は後ずさるばかり。
やがて、彼女の指が私の頬に触れようとする。
「怖がっちゃってもいいんだよ♡ 不安で逃げ出しちゃってもいいんだよ♡誰も怒らないから」
甘いささやきが私の脳を溶かそうとしてくる。
怖い、不安、困惑――負の感情がぐるぐると渦巻いて、声の通りに体が扉の方へ動きそうになる。
でも、それだけはダメ。
他の皆を置いて、一人で逃げるような真似をするわけにはいかない。
「あら、効かないの? やっぱり、こうでなくちゃ♡」
危なかった。今、意識を蝕まれていた。
咄嗟に霊力結界張らなかったら、彼女の思うがままにされていたのでしょうね。
彼女の纏うあの黄色っぽく見える霧が原因か。
これじゃ、視界もろくに機能はしないし、吸ったらさっきみたいになる。
「へぇ、結構面白いじゃん? でも、それでどうにかできると思うなんて……は?」
「油断は大敵って、言われてこなかった? 化け物」
どうせ、すぐに対処されるだろうけど、まずは右腕。
自己語りを楽しんでいる間に吹っ飛ばす。
並の戦闘だと思ってはいけない。私は多分普通にやれば、彼女に勝てない。
肌でひしひしと感じるわ。彼女の持つ霊力量は私と同等か、それ以上に持っている。
その量の霊力を使いこなしているもの。
真っ向勝負だとしたら、私に勝ち目はない。
故に、揺さぶる。
「さっきまで、あんなに顔を引きつらせていたというのにもう平気? どうやって、切り替えているわけ?」
「ふふふ、褒めてくれてありがとう。自分でも長所だと思っているわ」
流石に二度目は通じないか。
できれば、傷1つつけるぐらいはしたかったのだけど。
すぐに適応されてしまったわ。
まぁ、でもいい。ここはまだまだ小手調べだから。
「アッハハハハ!! やっぱり、アンタ面白いねぇ♡ そう言うところ好きだよ」
「それはどうも」
「あぁ、踊りたくなってきちゃった♡ねぇ、アンタ。ウチと一緒にダンスしない?」
そう恍惚に笑った少女は、足元から茨を召喚した。
後ろに跳びながら避けると、私の足を絡めとろうと茨が迫る。
なるほど。確実に行動不能にするのなら、拘束するのが一番早いわよね。
でも、その手にはかからない。
刀を構え、機を見計らう。
茨が最も私に近づいたとき、根元に近い部分を狙って切り刻む。
「容赦ないね。ウチのオトモダチがこんなにすぐに斬られるなんて。思い切りのいい人は嫌いじゃないわ♡」
愉しそうにしながら、今度は少女が私に攻撃を仕掛けようと距離を詰める。
少女の纏う霧は危険だ。
思考を惑わせ、動きを鈍くさせる。
できれば、距離を取りたいところ。
その時、視界の端に扉が目に入る。
「お姉さん。ダンスを踊るのなら、広いところの方がいいんじゃない?」
「え、乗り気になったの? ウチ、すっごく嬉しい♡」
かかった。
彼女がさらに距離を詰めようとするのと同時に、部屋から飛び出す。
薄暗くて、そこまでの広さがない部屋は私にとって大きく不利だ。
でも、廊下に出れば、それも少しは解消される。
「確かにここでなら、いーっぱい踊れるね♡」
今度は茨とナイフを使って私に攻撃をしてこようとする。
まだ鮮やかな赤が残るナイフを振りかざす彼女は、舞でも踊っているような軽やかに間合いを詰める。
合間を縫うように茨も私の動きを制限しようと伸ばされていく。
大丈夫。ちゃんと見えている。
落ち着いて、どう対処すればいいか分かる。
負ける不安はない。
「まだ、剣術しか見せないの? ウチはアンタの霊術も見たいんだけどなぁ」
「自分の手を早々に明かしきるほど、私は阿呆じゃないので。あなただって、本当の霊術は明かしていないでしょう?」
――それもそう。楽しみは後でとっておかないと♡
よかった。まだ、彼女は油断してくれている。
自分が圧倒的に私よりも上位と言う傲りがあるのだろう。
だから、私がちょくちょく霊術を使っていても気が付かない。
霊術を使って、肉体を強化することで余計な体力を消耗させないようにする。
無駄に霊力は使わない。
まだ、完全に開放するべきではない。
あそこに到着するまでは……。
*
「あー、追い込まれちゃったね♡そろそろ本気出さないとまずいんじゃない?」
わざと私の不安を煽るように囁いているつもりだろう。
これこそが、私の想定内だと知らずに。
今、私たちがいるのは階段の踊り場。
決して広いとは言えないその場所は、一歩間違えれば、バランスを崩して1階まで落っこちてしまう。
「それはどっちの方かしらね? 案外、そうでもなかったりするわよ?」
ここでやっと何かに気づいた彼女が、一切の躊躇いもなく私の喉元を狙う。
ナイフで喉元を刺されたら一溜りもないけど、刺せるナイフがなかったらなんてことない。
刺そうと迫る彼女のナイフを奪い、遠くへ投げる。
これで、私が刺される心配はなくなった。
躊躇いなく、あれをやることができる。
そして、私は彼女の首に手をまわした。
「お姉さん、一緒に地獄へランデブーしない? きっと、スリルがあって楽しいよ」
窓に足を掛け、窓ガラスを割る。
少しでもスピードが出るように意識して、私と彼女は踊り場から飛び降りた。
「ア、アンタ。人間の癖にどうしてそんなに躊躇いがないの?! 死への恐怖や不安はどこへ行ったの?!」
流石に飄々としていた彼女も、額からダラダラ汗を流したり、抱き着く私を押しのけようとするのか。
あんなに、自分は上位種だみたいな自己紹介して、意外と人間臭い。
だからこそ、私のやりたいことは上手くいく。
「死への恐怖?……誰が最初から死ぬつもりで飛び降りたって言ったの?」
「え?」
抱きしめる腕を緩め、両手を構える。
パァン
軽快な拍手音ののちに見えたのは、飛び降りる前までいたあの踊り場だった。
「これが見たかったのでしょう? 満足した?」
あぁ、聞こえていないか。
2階と地面じゃ、あまりにも距離がある。
今頃、彼女は地球の重力に引き付けられて、さすがに無事では済んでいないだろう。
はぁ、疲れた。
何とか霊力を余計に使いすぎないよう、気を付けながら戦うのあまりにも難しすぎる。
頭がクラクラするよぉ。
「そういえば、3人はどこへ行ったんだろう?」
とりあえず、3人を探しに行くか。歩いているうちに頭も冷えるだろうし。
彼女が乱入してきたときにどこかに飛ばされたみたいだけど。
霊力を伝う限りこの屋敷の中にいる。
そうして、探しに行こうと足を一歩踏み出したその時だった。
ドォォオンと、重低音の爆発音が鳴る。
土埃が舞い、上手く物が見えない状態でも現れた人物の立ち姿だけは理解できた。
ハハッ、舐めていたわけじゃないけど、やっぱりそう来るわよね。
「あー、楽しかったぁ♡もう、先に言ってよね?あんな反則技持っているならさぁ。おかげで髪の毛ほどけちゃったじゃない」
先ほど見せた笑顔よりもさらに快活な笑顔で、彼女はまた現れた。
あの高さから地面に叩きつけたら、こんなに早く復活はしないと思ったけど。
流石、クルイモノを下等と言い切れるだけあるわ。
「友達にも、言われたわ。『楽しかった』の一言で済まされるのはちょっと不満だけど」
はぁ、これはもう少し戦わなくちゃダメってことね。
「さぁ、ウチとダンスの続きをしよう? もっと、ウチを楽しませて?」
こうなったら、仕方がない。
完全に彼女の中のスイッチを押してしまったみたいだから、やるしかない。
「そうね、もう少し2人の時間を楽しみましょう?」
私は、そう微笑んで胸に手を当て武装を展開した。




