第15話 死せる貴方に、敬意と愛を持って祈る
「おっとぉ、これは想定外ってやつでしょうか?」
「刹那さん? どうして私の目を隠すの?」
「ちょっとショッキングなものがそこに転がっていまして……」
部屋に入ると幻さんに大きな声で「入ってきちゃダメぇ!!」って、叫ばれた。
先に入った刹那さんは、なぜか私の目を塞ぎながら中に入ったけど……。
いや、私何があるか把握できているよ?
多分だけど、男の人――それもかなり年を取っている人の死体でしょ。
「お気遣いありがとう。でも、大丈夫よ。霊力で見えているから」
「えっ、そうなのですか」
流石に首が飛んでいたり、五臓六腑がまろびでていたら、こんなこと言わない。
でも、胸にナイフが突き立てられている程度なら、大丈夫。
「いつから、この死体はあったの?」
「俺らがこの部屋に入ったときはもう倒れていたぜ。その時は血がまだ流れていたような……」
「なるほどね、それなら何か分かるかもしれない」
あんまり、こうやって人の死体を触るのはよくないけど、これも調査のため。
まだ、死んでからあまり時間が経っていないみたい。
霊力が微かに帯びているのが見える見える。
触れるとほとんど冷たいけど、温もりは少しだけ残っているわ。
「ごめんなさい。こんな死者への冒涜したくないけど、あなたの記憶を見せて」
最近分かったことだけど、どうやら私は霊力を伝って他人の記憶を見ることができるみたいだ。
だから、今回はそれを使わせてもらおう。
私の霊力を伝って記憶が流れ込む。
*
「お父さん、見て見て!! 綺麗なお花を描けたのよ!!」
「上手じゃないか、マサエ。この花はキンモクセイ、かな?」
目を開けると、そこにはまだ廃墟になっていないこの屋敷と微笑む父娘がいた。
これが、この亡くなってしまった方の幸せの記憶なのかしら?
それがどうしてあんな死を迎えることに……。
「そうよ!! お父さんは何でも知っているのね」
「あぁ、お父さんは先生だからな」
幸せな父娘そのものね。
ちょっと気になるのは女の子の体が弱々しく見えてしまうところ。
よく見ると咳き込んでいるようね。病気がちなのかしら。
「先生、か。お父さん、学校はどういうところなの?」
「そうだねぇ。子供たちがいろいろなことをお勉強したり、遊んだりする場所かな?」
「……そうなんだ。いいなぁ」
純粋な憧れを目に宿した少女の様子を見ると胸が痛む。
今の私には分かってしまう。
彼女に残された時間はきっともう長くないことが。
画材を持つ指先も、言葉を紡ぐ唇も青紫色になって震えている。
植物に隠れてよく見えなかったけど、この子車いすに乗っている。
「ゴホッ、ゴホッ。だって……」
「無理にしゃべらなくていいぞ。そろそろ中へ入ろうか」
「あの鳥たちのように、自由に飛べるんでしょ? 羨ましいなぁ」
諦めきったように俯く彼女にかける言葉を、彼は見つけられないようだ。
とぷりと意識が沈む。
*
「どうして、あの子は……!!」
次に目を開けると、あの屋敷は静寂に沈んでいた。
曇り空の下で男の人の嗚咽のみが響き渡る。
この声は父娘の父の方の声? もしかして、娘さんは……。
「クルイモノに食われて死ぬなんて、あんまりだ!!」
は? ……いや、どういうこと?
病気じゃなくて、クルイモノに食われて死んだ?
ただでさえ、病気で苦しみ喘ぐことだけでも苦痛だ。
そうだというのに、それ以上にむごい死を迎えたということなの?
「マサエ、マサエ……」
やりきれないだろう。苦しいだろう。
大切にしていた宝物のような娘が、不条理な死を迎えたのだから。
「……そうだな。自由でありたいよな。お父さん、頑張るよ」
娘さんとの記憶を思い出したのだろうか。
さっきまでの悲しみに打ちひしがれる男はそこにはいない。
いるのは……
「クルイモノは獣だ。馬鹿馬鹿しいという奴もいるかもしれないが、俺はやる。」
――あいつらに心を植え付けて、苦しませてやる。
あぁ、そうか。
彼こそが、この屋敷でクルイモノの実験を行っていた人間なのね。
彼はクルイモノを使って、何か力を得たかったわけじゃない。
本当に彼がやりたかったのは、クルイモノへの復讐なのね。
多分、次が最後。どうして、彼はああやって死を迎えたのかを私は知らなくてはならない。
*
「来たのかい、お嬢さん。君が来るのをずっと待っていたよ」
ここは、今私たちのいる部屋かしら?
置いてある家具の位置、壁紙の模様が一緒のような気がする。
色のくすみ具合も、窓から見える景色も私が見たものと似ている。
これが、恐らくこの亡くなられた方の最期の瞬間なのだろう。
「私は疑問だったんだ。クルイモノ達は様々な動物に擬態するのに、なぜヒト型のは存在しないのかと」
コツリコツリと、誰かが部屋の中へ入ってくる音がする。
その誰かの気配にぞわりと背中へ鳥肌が立つ。
少なくとも人ではない。
この気配、人間と言うよりもクルイモノに近いような気がする。
「存在しないのではない、存在できないのだ。君たちのような神に近しい存在がいるから」
「へぇ、おじいさん。やっぱりウチらのこと研究しているだけのことはあるね」
入ってきた少女を見て、思わず目を丸くした。
長い髪を高めのツインテールにして、服はいわゆるギャルと呼ばれる類の人たちのような露出度の高い恰好をしていた。
毒々しい紫色の肌に、白髪なんてクルイモノそのものじゃないか。
「それで、君はどうしてここへ訪ねてきたのかね。まぁ、わざわざそんなこと聞かなくても理由は分かるが、一応ね」
「意外と直球に聞くんだね。ウチ、そういうの嫌いじゃないよ」
――アンタはね、凡人にしては知りすぎたの。
そう囁いた彼女は彼の胸にナイフを突き立てる。
暴れることもなく、嘆くこともなく、ただ静かに自分自身に訪れる死を彼は受け入れる。
「キレるなり、なんなりすればよかったのに。他の人間はみんなそうしていたよ。アンタ異常者だね」
「別に構わないさ。事実を否定するほど私は耄碌してはいない」
「……あっそ」
もう力の入らないであろう彼の体を、苛立たしいままに蹴とばした彼女は部屋を去る。
「まだ、そこにいるのかな? 君が答えなくても、独り言だと思って聞いてほしい」
バチりと朧げな目と合ったような気がする。
そんなはずはない。だって、本当の私はそこにはいないはずだもの。
私はあくまでも霊力を伝って彼の記憶を見ているだけ。
「影山君から聞いたよ。千枝結芽くん、君がどんな姿をしているのかを見ることが叶わないのは悲しいな」
本当に私を認識して、私に向かって話をしているの?
一体、何のために。
「この階の最も奥の部屋に行っておくれ。本当は私自身で処理をしたかったがね。こんな状態じゃ叶わない」
実験で使ったクルイモノ達のことか。
もう、本当に命が尽きる寸前なのだろう。
体がふるふると震え、肌から温度が消えていく。口からは血を吐き、満身創痍と言う言葉がふさわしい状態だ。
「あ、君たちの姿が見えた。時はもうすぐ満ちる」
体を捻り、仰向きになった彼は再度私と目を合わせた。
「この屋敷にある書物は全部協会に持っていくがいい。ただし、一番最初に全てを目に通すのは君であってほしい」
――だって、君はまだこのくそったれた世界に染まっていないのだろう?
刺されて苦しいはずなのに、彼の顔に浮かぶは笑みだった。
さようなら、どこまでも苦しんでどこまでも報われなかった研究者さん。
せめて、その最後があなたに安らぎを与えるものであることを願う。
*
目を開けると、3人が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
ここまで長い記憶を見るのは初めてだったから、思ったよりも時間がかかってしまったのかもしれない。
「結芽、大丈夫? 私のハンカチ、使う?」
「え? 何か汚れでもついているのかしら?」
美緒は首を横に振る。
それなら一体何なのだろう?
「結芽、泣いているよ。涙が頬を伝って零れ落ちちゃう」
どうして、視界が歪んでいるのか分からなかった。目を瞑りすぎたのかと思っていた。
そうか、私泣いていたんだ。
「ありがとう、美緒。ただ、ちょっと悲しい記憶を見てしまっただけ」
「本当に大丈夫? もう少し休んでいってもいいんだよ」
心配そうな目で覗き込みながら、彼女は私の手をそっと握った。
あぁ、温かい。その温かさだけで、私のどこか荒んだ心に染みわたる。
「ううん、行こう。私はもう、大丈夫だから」
ただ、最後にこれだけはさせてほしい。
「どうか、あなたの眠りが安らかで温かなものでありますように」
――黄泉の果てで、娘さんと笑い合えますように。
すでに温もりをなくした彼の両手を握り、祈る。
今の私にできる最大限の手向けであり、敬意を示す行為だ。
よし、もう大丈夫。覚悟はできた。
「この階の奥に、デカ物がいるみたい。それを調査しに行きましょう?」




