第11話 一枚の写真と過去の手がかり
「どうして、久志さんは奥に行くよう言ったんだろう?」
あの時は久志さんの勢いに押されてその場を去ったけど……。
碌に訳も教えてくれなかったのよね。
まぁ、彼の仕事関係の人だというのが一番あり得るけど、それにしては向ける警戒心が強すぎる。
「わぁー、もやもやするぅ。はぁ、練習の続きでもするしかないよね」
えーっと、次は『札を作ってみよう』か。
すごく、面白そう。まさに陰陽師って感じのやつじゃない。
やってみるか。このままじゃ暇すぎて死んでしまいそうだし。
なになに。まず、最初は何をするんだろう。
『まず、和紙または半紙を用意してください』
神社でもらえるお札とかも和紙で作られているのよね。
あれみたいな感じにするのかな?
壁の近くにある棚の中には備品がいっぱいあるから、その中にあるのかも。
「道具はどこに……。あった」
ご丁寧に『お札用』って書かれているわ。隣にあるやつは『式神用』?
あとで見て見ることにするか。
蓋を開けてみると、細長い長方形に切られた状態の和紙の束。
一切の汚れが見られないから、新品なのかな?
あら、箱の隙間に何かが……。
「これは、写真みたいね。かなり古いものみたいだけど、ここにあっていいものなの?」
男の子が4人に、女の子が3人? 並んで写っているみたいだけど、変な写真。
全員、死んだ魚のように目の中に一切の光がない。
何人かは前を向いているけど、力なく俯いてい人もいる。
不気味だ。背中にひやりとするものが当てられたように気味が悪い。
それなのに、懐かしいような気がするのはどうしてだろう。
「誰がここに置いたのよ、この写真。明らかにあっていい場所じゃないでしょ?」
「どうしたのですか、結芽さん?」
「ひゃぁあ!! ……って、刹那さん。戻っていたんですね」
足音もなくぬるりと後ろから現れるものだから、思わず叫んじゃった。
本当に恥ずかしい。大声で叫んじゃって。
みるみる顔に熱が集まってくるのを感じるわ。
今の私、林檎みたいになっているに違いない。
刹那さんなら、この写真のこと知っているのかな?
「あの、この写真について何か知りません? お札用の和紙の箱に入っていたのですが……」
「この写真は……僕も知りませんね」
「え?」
苦々しい顔つきで写真を凝視していたから、知っているのかと思った。
刹那さんでも知らないんだ。
だとしたら、この写真は一体なんだろう。
もしかしたら、久志さんは知っているのかな?
刹那さんよりも年上そうだし、会長さんの部下だ。
一般の人間が知らないことを知っているのかもしれない。
でも、今久志さんは……
「そう言えば、兄さんはどこに行ったのですか? まさか、ふらっと外に……」
「応接間の方でお客さんの対応をなさっているみたいですよ。なので、私は一人で霊術の練習をしてました」
彼が私の言葉でほっと胸をなでおろす。
呆れたように言うものだから、久志さんの普段の様子が伺えてしまう。
「そうですか。……ところで、兄さんはその時、武器か何かを持っていましたか?」
「えぇ。やっぱりおかしいですよね。人と会うだけなのにどうして……」
どうして、知っているの。刹那さん、さっきいなかったよね?
思い切り大きくため息をついているし、どういうこと?!
「あいつ、また来たのか。何度言っても懲りないな」
ピリピリと雷が刹那さんの周りで走る。
眉間に皺を寄せ、唇をキュッと引き締めている。
そして、敬語が外れてその口調は少し荒れ気味だ。
これ、明らかに怒っているよね?
「あ、あの、刹那さん?」
「はっ、申し訳ございません、私としたことが。怖くなかったですか?」
「ダイジョウブデスヨー。ワタシハ、ナニモミテイマセン」
「本当に、ですか?」
だって、刹那さんの表情こそ笑顔だけど、目の奥が笑っていない。冷めきっているのが丸見えだもの。
思わず片言で返してしまうのも仕方のないことでしょう?
「写真のことでしたよね? 本当は全く知らないわけじゃないのです」
「え?」
「まぁ、場所を変えて話しましょう。ここで話すにはあまりにもほの暗い話ですから」
――二人のいるところにでも行きますか。
*
「パランディン、受け止めて!!」
「うっへぇ、パランディン使うのはずるくないか?」
「ずるくないですぅ。何でもありの決闘なら出しても、問題ないでしょ?」
刹那さんと前に戦った場所へ降りると、美緒と日佐戸さんが決闘していた。
美緒は小回りの利く短剣を携え、日佐戸さんは杖を前に出す。
2人には互いしか見えていないようで、近くにいる私たちの存在に気づくことはない。
「随分と2人とも楽しそうですね」
「全く、戦いに真剣なのはいいことですが、子供じみた喧嘩みたいなやり方はすべきでないですよ。……恐らく、こちらに気づくことがないことだけは幸いですが」
刹那さんは気だるげそうにそう呟く。
だが、その口角が少し上がっていることを私は見逃さない。
それにしても、美緒の後ろにいる真っ白な甲冑は何なんだろう?
上部だけが浮いていて、その両手には鋭利なランスと頑丈そうな大きな盾が握られている。
パランディンと呼ばれるその存在は、美緒と一心同体みたいだ。
「パランディンは美緒さんが造った式神ですよ。すごいですよね。僕、パランディンよりも大きな式神を見たことがありませんよ」
式神も確か札を作るのを応用して生み出されるものよね?
すごいわ。あれが元々一枚の紙から生まれたなんて信じられない。
相当な努力を積み重ねたのか、才能なのか。
「あれが式神……」
「式神については機会があったら詳しくお話しますよ。とりあえず、写真のことについて話しますね」
そうだった。今は写真の話をしようとしていたんだった。
目の前にいるパランディンの存在にすっかり意識が傾いていたわ。
「この写真に写っている人たちは、ある凄惨な事件が起きた村の住民だった方たちです」
「凄惨な事件って?」
殺人事件とかかな。
それだったら、こんなに澱んだ顔つきなのも頷ける。
でも、多分そんなに小さな事件じゃないよね、これ。
皆どこかしら怪我しているし、真ん中に立っている少年に至っては片腕がない。
こう考えるのはダメなことだけど、この事件について知らなくちゃいけない。
衝動的に意識が支配され、鼓動は嫌な音を立てる。
「それは僕も知りません。というのも、この事件は10年前に起こったものにも関わらず、一切の記録が残っていないのですよ」
「え? そんなことあるのですか?」
「上層部が水に流したかったやましい事実でもあったのでしょうね」
うわぁ、闇深いなぁ。うすら寒さを感じてきそうだ。
些細な概要とかが残っていてもおかしくないのに、それすらも残っていないなんて……。
絶対碌なことやっていないよね、その村。
「でも、当時を知る人から1つだけ聞けたことがあるのです。多分ですが、水に流したかった事実はこれだと思います」
「いきなり、じっと見つめないでください。恥ずかしい」
真剣な顔つきで刹那さんは私を見つめるけど、どうしたのだろう。
もしかして、私と関係があるのかな?
「『賀茂樹』という名の少女が生贄になって、死んでしまった。その少女はあなたとかなり似ているのですよ」
賀茂、樹。
その名前を耳にした瞬間、ズキズキと頭が痛くなる。
今の千枝結芽という名よりもずっと、耳馴染みのある名前だ。
初めて聞くはずなのに、どうして。
「賀茂と聞くと、三宗家の一角。今は影を潜めている名家ですが、それはその少女がいなくなったことが原因のようですね。何せ、正統後継者がいなくなってしまったのですから」
「……そうなんですか。悔しいですね」
その『賀茂樹』と言う少女とやらと赤の他人のはずなのに、自分のことのように苦しくなる。
彼女も私も罪を犯したはずではないのに、どうしてなのだろう。
ただ、1つだけ分かるのは『賀茂』と言う名前がやけにしっくりくることだけだ。
「大丈夫ですか、結芽さん。水、持ってきましょうか」
「ダメ、離れないで。お願い」
――もう、ひとりぼっちはいや。
口から無意識のうちに零れ落ちた言葉は弱々しい。
でも、本当にもう嫌なのだ。
あんな状態に二度と戻りたくない!!
人のぬくもりが足りない。もっと、私のそばに居て。
生きているのに死んでいるように思ってしまうから。
これは本当に私の叫びなのか?
今まで一切そんなこと思ったことがなかった。
もしかしたら、無意識のうちに押しとどめていただけかもしれないけど。
「分かりました。落ち着くまでそばに居ますよ」
そう笑いながら添えられた刹那さんの手は温かかった。
*
「落ち着きましたか?」
「ごめんなさい。あんな醜態を晒してしまって」
刹那さんからもらった水と共に言われようのない衝動を喉に流し込む。
ようやく、頭の痛さも変に高鳴っていた鼓動も落ち着いた。
彼には本当に迷惑をかけてしまった。
子供みたいに、一人は嫌って駄々こねるなんてこと、するとは思わなかったなぁ。
「いや、いいのですよ。むしろ、どうして兄さんが彼を絶対に、あなたに会わせないのかを理解できましたから」
そう言えば、あの写真を見た時の衝動ですっかり忘れていた。
結局、刹那さんと久志さんの指す『彼』は誰なのだろう?
「あの、『彼』って、結局誰のことなのですか?」
「私の同級生です。僕と幻のクラスメイトですよ。今のような状態でなければあなたにも紹介したのですがね」
だから、あんなに砕けた口調で色々と言っていたのか。
そんなことを考えていると、日佐戸さんと美緒が戻ってきた。
「ふったりとも、何の話してんのー?」
「竜岡さんの話ですよ。今日もなんかここに来ていたらしいです」
「うぇー、あいつまた、来てたの? あの部隊ってそんな暇じゃないでしょ?」
日佐戸さんと刹那さんが露骨に嫌そうな顔をするなんて。その人は一体何をしたんだ。
「結芽に酷いことしようとするから、あの人嫌い」
美緒まで……。そんな苦虫を嚙み潰したような顔をするほど、嫌いなの?
あと、私に酷いことしようって、私その人に何かした?!
知らない人に恨まれるって、こわぁ。
「まぁ、気にしない方がいいですよ。元々かなり情緒不安定な気質が酷くなっただけですから。しばらくしたら落ち着きますよ」
そんなもので本当にいいのかな?
日佐戸さんと美緒が、首がもげそうになるぐらい大きく頷いている。
これ以上、気にする方が野暮なのかな?
「何も、変なことが起こらないといいけど」




