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クラス転移に失敗して平民の子に転生しました  作者: ささくれ厨
第五章

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勇者 一

 帝都の北東──いくつかの領地を越えた先の山腹の隠れ小屋。

 高野(こうの)貴史(たかし)塚原(つかはら)紫電(しでん)川田谷(かわたや)緒方(おがた)木野山(きのやま)建臣(たけおみ)(さかき)光季(こうき)は息を潜めるように過ごしていた。


「いよぅ。戻ったぜ」


 人気を感じさせない小屋に入ってきたのは大柄の無頼漢、大滝(おおたき)凌世(りょうせい)

 この隠れ小屋は大滝が大陸各地に作った拠点の──ここはその一つ。

 このコルディオ大山脈は野生の動物だけでなく、魔物が少ないながら存在し、腕に自信があるものであれば生活に困らない程度に食糧資源は豊富。

 山腹には小さなせせらぎが流れていて水に不自由しないし、人里から離れて暮らすには最適と言えた。


 しばらくして、大滝に続いて小屋に入った如月(きさらぎ)勇太(ゆうた)


「リョウ、解体が終わった」

「おお、早かったな」


 獣を解体していた如月は血塗れで小屋に入ってきたから、高野が「勇太、血くらい落としてこいよ」と注意。

 怒られた勇太は外に戻ると血の臭いに誘われてきた魔物が小屋の敷地の外にうろついていた。

 ヤギのような角が生えた二足歩行の魔物、クランプス。主に山岳に生息し、十頭前後の群れで活動することが多い。


「リョウ。魔物だ。俺がヤッてくる」


 如月はそう言ってクランプスの群れに飛び込んだ。

 聖剣デュランダルを抜き、光の如き速さでクランプスに斬り掛かる。

 如月に気が付いたクランプスは錫杖を構えて魔法を使うも、勇者の速度に敵わずデュランダルによってあっという間に斬り伏せられた。

 剣を振って血を払い、腰に下げた鞘に収めた如月は死屍累々を見渡して口を開く。


「ようやっと、力が戻ってきた」


 そう言って手を掲げ、視界の遠くに映るクランプスに向かって魔法を使う。

 如月は勇者特有の魔法とされる雷撃を唱えた。

 詠唱により三種の雷が使い分けられる勇者の魔法。

 そのうち最も強力な魔法を如月は使った。

 詠唱を終え、如月は叫ぶ。


「穿てッ! 轟雷ッ!!」


 腕を振り落とすと空から降り注ぐ数多の稲光がクランプスの群れに襲いかかった。

 そして、一瞬でクランプスたちは命を刈り取られ、地に倒れ、或いは、直立したまま、真っ黒に焦げた状態で。


「いくら調子が戻ったからってよぉ。やり過ぎだろ。クランプスの肉、美味いのにさー」


 大滝は黒焦げのクランプスを見てゲラゲラと笑う。


「ああ、すまない。力が戻ったか確かめたくなってね」


 握った拳を見る如月。剣も魔法も全盛期のような感覚に心が高ぶる。


──この力をもっと試したい!


 帝城から逃げて、数週間。多少は落ち着いただろう。ならば、そろそろ、山を下りても良いんじゃないか。

 そう考えた如月は大滝に提案する。


「そろそろ山から出て魔族領に行きたいんだけど。俺のこの力をもっと試してみたいんだ」


 人間が相手でなければ能力を発揮できる。如月は興奮を抑えられなかった。


 その日、異世界人の七人の男は暗がりの中、如月が山から下りたいと打ち明ける。

 如月に最初に言葉を返したのは商人の恩恵を持つ木野山。


「僕たちは目立つ。ローブで隠せば何とかなるけど、この黒髪は東に行けば目立たなくなるっていうし、だから、僕は山を下りるなら東──氏族領群に行くつもりだよ」


 木野山の言葉を聞いて榊が続く。


「俺はバレノアで拠点を作るつもりでさ。この恩恵ならバレノアでやれると思うんだ」


 榊が言うバレノアとはコルディオ山脈を越えた先、エリニス王国の北に隣接するバレオン大陸の中央に位置する国で、女神ニューイットを主神として崇める女神教の法皇が統治する教会の中心地ともされる。正式な名称はバレノア教国。

 そのバレノア教国にある始まりの聖堂は大陸に存在する教会の総本山。帝国から出たことがなかった榊にとって最も興味深い場所。自由になれたら行ってみたい──と、そう思っていた場所だった。


「木野山が氏族領群の……商業の国だっけ? んで、光希がバレノアか……」


 大滝はふたりの言葉を聞いて呟き、木野山と榊は大滝の声に頷く。

 それから大滝は少し考えてから言う。


「じゃ、俺は木野山と光希に付いていくかな。木野山はバレノアまで光希と一緒だろ?」

「そのつもりだけど、良いの?」

「ああ。ここからバレノアに行くにはコルディオ山脈を越えるだろ? つえぇ魔物が多いから戦える俺がいたほうが良さそうだしよ。それに、勇太たちは強いしな」

「そういうことなら、助かるよ」

「まあ、いいってことよ。俺もあっちのほうで行ってみたいところがあるからよ」


 木野山は大滝が来ることに遠慮がちだった。

 大滝はいつも如月や高野と一緒にいる印象が強かったからだ。

 大滝と親しい榊は、大滝が行ってみたいという場所に心当たりがあった。


「リョウが行きたいのは、あそこか……」

「そう。グレインフォルドな」

「そうか。と、いうことはバレノアで準備をして行くのか」

「そうなるなぁ。グレインフォルドは一年中雪が降る常冬の地らしいからよ」

「そしたら俺と木野山、リョウの三人で東に、残りは山を下りて魔族領って感じに分かれるのか」


 この七人はこの世界に召喚されてから付き合いが長く。ここに来て初めて別々の道を歩む決断をした。


「そうだな。俺が東にいっても何もないし、魔族相手に銃は通じないと分かったから、銃に詳しい木野山が俺達に付き合う必要もないしな」


 右腕の肘から先がない高野。

 彼は魔族領に逃げたとされる聖女──白羽結凪を探すことにしている。だから東に行く余裕なんてない。

 人間相手に力が発揮できない如月は魔族を殺して優越感に浸りたく、塚原はただ、生き物を斬り伏せたい欲が強い。

 残る一人については誰一人として言及しなかった。


 川田谷はセア辺境伯領の制圧に参加した際に、片足を失い、残った足も酷い後遺症を患って満足に歩けなくなっていた。

 失った足には魔道具──義足をつけているが気休め程度でしかなく立ち上がることさえままならない。車椅子もあるが、まともに行動するには介助が必要。

 そんな彼はこの状況下において、勇者たちの足手まといになりつつある。

 それを自覚しているから、川田谷は何も言えなかった。


──俺にはどこかに行きたいという資格はない。俺はどうしたら良いんだろう。


 高野のように腕を失っても足があれば遠くまで歩くことができるのに。白羽がいれば俺の足だって治るのに。

 どれも、もはや叶いそうにないことばかりを頭に描き、この先のことは何一つ考えられずにいた。


 数日後──。

 旅の準備が整った如月、塚原、高野、大滝、木野山、榊は隠れ小屋から外に出ていた。


「ちょっと俺、挨拶しておくわ」


 そう言って大滝と高野は小屋に残る川田谷の元へ向かう。

 小屋の片隅で椅子に座る川田谷の姿を見つけた高野。


「一人で椅子に座ったりもできるんだな」

「ああ、ちょっとしんどいけどな」


 ここに一人で残ることを選んだ川田谷は、まさかの出来事に目を丸くした。


「う、あ……リョウ……マジか……よ…………」


 大滝が川田谷の背中に短刀を突き立てた。

 声を出そうにも声にならず。川田谷はうめきながら椅子から転げ落ちる。


「わるいな。この小屋は捨てるんだ。俺の拠点のひとつだってことがバレたくないからよ」


 大滝がそう言うと、高野は魔法の詠唱をする。

 詠唱を終えた高野は「あばよ」と笑いながら川田谷に魔法を放った。


 山腹で燃え盛る大滝の隠れ小屋の外で別れの言葉を交わす六人。


「じゃあ、これでお別れだな。元気でな」


 如月は榊に握手を求め、榊はそれに応えた。

 榊は塚原と高野とも握手を交わし「出世したら傭兵として雇ってやるよ」などと笑い合う。

 木野山はかつての一軍と呼ばれたクラスメイトとはそれほど親しくなく、軽く言葉を交えた程度で済ませている。

 陽キャメンバーだった川田谷をあっさりと切り捨てる彼らを見て、友情とは──と、考えさせられた。

 人間は信用できない。特に日本人は──と、木野山は心の中でこれ以上彼らに近付きすぎないようにしよう。信頼できる人間が僕には必要だ──と、そう気付かされたことで、木野山は大きな転換期を迎えることになる。


 大滝たちと別れた如月、高野、塚原は山腹を下りて西に向かった。

 顔が隠れる深いローブを身に纏い身元がわからないようにしながら。


「アイツら、大丈夫か? 何もこんな季節に山脈越えとか正気かってなったわ」

「あっちは木野山がいるし、昨日もかんじきを作ってたくらいだから何とかするだろ。アイツはそういう準備を怠らないヤツだからな。それに、大滝もいるし」


 塚原と高野の会話を如月は後ろで聞いていた。

 一抹の不安を抱えながら。

 山を下りてしばらくして、如月たちは小さな町に入ろうとした。

 だが──


「身分を示せる物がないのなら入町税は帝国金貨十枚だ」


 町に入る門を守る衛兵に止められ、入町税の支払いを要求される。

 その金額ががあまりにも高額で、三人は苛立ちを隠せない。


「町に入るのにそんなバカげた金がいるのかよ!」


 声を荒げて怒ったのは塚原だった。


「こっちも生活がいっぱいいっぱいでね。領主様の厳命なんだ。住人以外で身分がわからない人間は金貨十枚。払えないならこの門の通行は許可できない」


 衛兵はきっぱりと断る。この頃のコレオ帝国は過度な徴税、および、徴兵でどこの領地も非常に貧しく、食糧も貨幣も足りていないという状況。

 そこで、戦争が落ち着き、収穫期が終わった現在、領地に戻った、或いは、領主を引き継いだ貴族たちは領地の回復に努めている。

 これは現皇帝のミル・イル・コレットがムリな徴税をせず、当面の間は大幅に減免、或いは、無税として民の生活の復興を優先するように伝えたため。

 入町税が高額なのも財政を立て直す一環。とくに、領地の運営に悪い影響を及ぼしかねない身分を提示しない人間に関しては特に厳しい措置を取る貴族が多かった。

 できる限り、同じ帝国内であっても、領地間の民の移動を抑制する必要もあったためである。

 そういった背景により、如月たちは数日間もの間、どこの町にも入れずに野営をしながら彷徨い続ける。

 とにかく西へ、それから、北へ──と。


「やー、きっついなー。藁のベッドで良いから宿に泊まりてぇ」


 隠れ小屋を出て数週間。如月たちは一度も町に入っていない。

 疲労も溜まり疲れが抜けない状況にストレスは最高潮に達しようとしていた。

 空を見ると雪が舞っていて、寒さが身体に堪える。

 おなかが空いたからといっても、周辺の畑には野菜一つ成っていない。収穫期だったら生きるために野菜を盗んでいただろう。

 いくつか見た川にも魚は泳いでいない。食べるものが尽きそうな状況に如月たちは苦しさを滲ませた。


「タカが何とかしてくれるよ。今、仕入れに行ってるんだろう」


 塚原の声に如月が返す。


「俺もタカと行けば良かったわ」

「タカはあの辺で人が通るのを待ってるよ」


 如月が顎で高野の居場所を示すと、塚原は立ち上がり、


「ほぅ。面白そうだな。俺も行ってみるわ」


 と、如月から離れる。

 ちょうど、塚原が高野と合流したところ、冒険者の護衛をつけた商隊が遠くからやってくるのが見えた。

 如月は何も言わない。自分が指示をすると、勇者としての能力が著しく低下するからだ。

 だから、ここは見て見ぬ振りをする。

 商隊が近付き、高野は先制の一手を放った。先ずは周囲の冒険者たち。

 高野が魔法で数人の冒険者の命を奪い、それから警戒態勢をとって魔法が放たれた方角に護衛が集中したところに塚原が飛び込んだ。

 塚原は〝剣聖〟という強力な恩恵を持つ異世界人。一介の冒険者では歯が立たず。

 次々と塚原の剣の餌食となり、地面に伏していく商隊の護衛たち。

 塚原は高野と何やら話してから馬車の御者を引きずり下ろして剣を突き立て、馬車の中から商人と護衛を引きずり出して首を跳ねた。

 馬車の中には女がふたり乗っていて塚原はその女の手足を縛ると、それから、高野とともに積荷の確認を始める。

 それを如月は遠巻きに眺めていた。


 それからの旅は非常に快適だった。

 商人から奪ったものは食糧だけでなく、馬と馬車、商人の身分証明とその護衛と思しき人間の身分証。それと女。

 恐怖に怯えた女は如月の能力を損なうことなく従順に従った。


「もう少しで帝都からメルダに繋がる街道に出る。それから北に向かってメルダを抜ければ魔族領だ」


 御者席で手綱を握る高野が車内で時間つぶしに淫蕩に耽る如月と塚原に声をかける。


「ここまで長かったな」


 最初に言葉を返したのは如月。外を見たいと思い、女を離して、ズボンを履いて服装を整えた。

 如月が服を正す様子を見て高野は馬車を停める。


「休憩?」


 馬車が停まったから、塚原が高野に聞いた。


「そろそろ良い頃合いだと思ってね」


 塚原と高野が話している間に如月は御者席の隣──補助席に座った。


「じゃ、俺は飯の支度をするよ」


 高野は積荷から食材を取り出す。


「もうそろそろヤバいかなー。金もないし」


 積荷から食材を取り出しながら、高野は独り言ちる。

 残りをうまく使いながら何とかするか──と、高野は昼食の調理を始めた。


 昼食を終えて一息しようとしたときのこと。

 高野が突然、如月の肩に手を置いて行った。


「人が来る。それも一人だ」


 食糧と思われる大きな荷物を背負う若そうな男。


「アレをやるのか? 腹ごなしにいっちょヤるにはちょうどいい」


 塚原が剣を取って肩と首を回す。


「いくぞパープル」


 パープルというのは塚原紫電のこと。

 高野と塚原は声を掛け合って、通りかかる絶好の獲物に向かって襲いかかった。

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