第四十六話 テスト週間
十月。
中間テスト一週間前。
教室の空気も、いつもより少しだけ真面目だった。
「やばい。」
桜?が机へ突っ伏す。
「数学終わった。」
椿は問題集を閉じながら笑う。
「まだ始まってない。」
「始まる前から終わってる。」
「それは知らん。」
前の席から美咲が振り返る。
「桜?、毎回それ言ってるじゃん。」
「でも何とかなるんだよね。」
桜?は得意げに胸を張る。
「運がいいから。」
椿は小さく笑う。
「実力だろ。」
「いやいや。」
「運。」
三人が笑う。
そんな何気ない昼休みだった。
◇
放課後。
河川敷へ向かう前に、コンビニでノートをコピーすることになった。
「椿。」
桜?が少し申し訳なさそうに笑う。
「英語貸して。」
「今日だけ。」
「ちゃんと返す。」
椿は鞄からノートを取り出して渡した。
「明日な。」
「ありがと!」
嬉しそうに受け取る。
その笑顔を見ていると、椿は自然と昔を思い出していた。
「変わらないな。」
「え?」
「テスト前だけ焦るところ。」
桜?は吹き出した。
「そんな昔から?」
「ああ。毎回。」
「もっと早くやればいいのに。」
「それができたら苦労しないって。」
二人は笑いながら店を出る。
◇
河川敷。
桜?の木の下。
今日も落ち葉を掃き、花の水を替える。
もうすっかり習慣になっていた。
「終わった。」
桜?が手を払う。
「うん。」
椿も立ち上がる。
秘密基地へ入り、二人で並んで座る。
「そういえば。」
桜?が何気なく尋ねる。
「椿ってさ。」
「テスト勉強、昔から真面目だった?」
椿は少し考える。
「普通。桜?は?」
桜?は笑った。
「俺?……昔の俺は?」
椿は懐かしそうに目を細めた。
「勉強始める前だけ。『今回は本気出す』って言ってた。」
桜?は思わず笑う。
「あー。それ言いそう。」
「で。」
椿も少し笑う。
「三日目くらいにはゲームしてた。」
「ひど。」
「でも。」
椿は肩をすくめる。
「結局、赤点は取らなかった。」
桜?はどこか安心したように息を吐いた。
「よかった。」
「何が。」
「昔の俺。」
「俺と同じで。」
「安心した。」
その言葉に、椿は一瞬だけ黙る。
それから、穏やかに笑った。
「ああ。やっぱり。桜?は桜?だな。」
桜?は少し照れくさそうに笑う。
「そうかな。」
「そうだ。」
椿は迷わず頷いた。
夕日が秘密基地を赤く染める。
二人は勉強の話から好きなゲームの話へ。
ゲームの話から昔のいたずら話へ。
気付けば笑い声が河川敷へ響いていた。
その時間だけは。
何も失っていない昔へ戻れたような、穏やかな時間だった。
◇
ある日の放課後。
椿は桜?の家のインターホンを押した。
「桜。来たよ」
少しして、玄関が開く。
「お、来た。早かったね」
「桜が今日やろうって言ったんだろ」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
桜?は笑いながら椿を家の中へ入れた。
今日は珍しく、遊ぶためではない。
来週から始まるテストに向けて、二人で勉強する約束をしていた。
机の上には教科書とノート、それから問題集が積まれている。
「じゃあ、とりあえず数学からやるか」
「俺、数学嫌い」
「俺も」
「じゃあやめよう」
「なんでだよ」
椿が問題集を開くと、桜?は隣から覗き込んだ。
「これ、どうやって解くんだ?」
「知らない」
「桜も知らないのかよ」
二人でしばらく問題を睨みつける。
やがて桜?がシャーペンを置いた。
「……休憩しない?」
「まだ十五分しか経ってないぞ」
「十五分もやったじゃん」
「小学生かよ」
そう言いながらも、椿もノートを閉じた。
二人で冷蔵庫から飲み物を出して、机に戻る。
「そういえばさ」
桜?が唐突に口を開いた。
「高二って、もっと大人になってると思ってた」
「俺も」
「なんか中学の頃とあんまり変わらないな」
「桜は昔から変わってないだろ」
「椿もね」
「俺は変わった」
「どこが?」
「身長」
「……それだけ?」
「それだけ」
桜?が笑った。
椿もつられて笑う。
それから二人は、また問題集を開いた。
今度はさっきより少しだけ真面目に取り組んだ。
夕方になり、窓から差し込む光が少しずつ薄くなる。
「なぁ、椿」
「ん?」
「テスト終わったら何する?」
「ゲーム」
「即答じゃん」
「桜が勝手に負けるまでやる」
「じゃあ俺も勝つまでやる」
「それじゃ終わらないだろ」
「いいじゃん」
そんな話をしながら、二人は最後の問題を解いた。
「終わったー!」
桜?が大きく伸びをする。
「まだ一教科分だけだぞ」
「今日は十分だろ」
「……まあ、いいか」
椿もノートを閉じた。
特別なことは何もない。
ただ一緒に勉強して、くだらない話をして、笑った。
そんな普通の放課後だった。




