第三十七話 いつものコンビニ
学校を出ると、夕方の風が制服の裾を揺らした。
「今日は暑いな。」
椿が空を見上げる。
八月の終わりとはいえ、日差しはまだ夏のままだった。
「アイス日和!」
桜?が笑いながら自転車へまたがる。
「ほら、早く。」
「転ぶなよ。」
「転ばないって。」
二人はいつもの道を走り始めた。
◇
村で唯一のコンビニ。
自動ドアが開くと、冷たい空気が二人を包む。
「あー、生き返る。」
桜?は大げさに肩を落とした。
椿は飲み物の棚へ向かう。
「今日は何にする。」
「んー……。」
桜?はアイスケースの前でしゃがみ込む。
「迷うなぁ。」
「毎回迷ってる。」
「迷う時間も楽しいんだよ。」
そう言って笑う。
椿は呆れたようにため息をついた。
その時。
「あれ、桜じゃん。」
店の奥から声がした。
同じクラスの男子二人だった。
「お、椿も。」
「帰り?」
「ああ。」
桜?は自然と笑顔を向ける。
「お前らも?」
「部活帰り。」
「アイス食おうと思って。」
「一緒じゃん。」
四人で少しだけ立ち話になる。
学校のこと。
宿題のこと。
来月の文化祭のこと。
話題は次々と変わっていく。
桜?は輪の中心で笑っていた。
昔と変わらない。
誰とでも打ち解ける桜そのものだった。
椿は少し離れた場所でスポーツドリンクを手に取り、その様子を眺める。
――やっぱり。
こういう姿が、桜らしい。
放課後ずっと自分だけといるよりも。
こうして色んな人と笑っている方が、ずっと自然だった。
「椿?」
桜?が振り返る。
「何ぼーっとしてる?」
「……いや。」
椿は首を振った。
「何でもない。」
◇
買い物を済ませ、店を出る。
さっきの二人とは途中で別れた。
また二人きりになる。
自転車を押しながら歩いていると、桜?がぽつりと呟いた。
「やっぱり。」
「ん?」
「放課後は。」
少し笑う。
「椿といるのが一番落ち着く。」
椿は少し驚いて振り向いた。
「珍しいこと言うな。」
「そう?」
「前のお前なら。」
少し考えて言う。
「『みんなで遊ぶのも楽しい』って言ってた。」
桜?は一瞬だけ言葉に詰まる。
「あー……。」
笑ってごまかそうとしたが、うまく笑えなかった。
「もちろん楽しいよ。」
そう答える。
「でも。」
少しだけ視線を落とす。
「最近は。」
その続きを、飲み込んだ。
最近は。
椿の隣が、一番落ち着く。
その理由を、自分でも説明できない。
説明できないからこそ、口にしてはいけない気がした。
「……河川敷行こ。」
話題を変えるように笑う。
「桜、待ってるし。」
椿は小さく頷いた。
「ああ。」
二人はまた、自転車へまたがる。
その背中を、夕日が静かに照らしていた。
◇
河川敷へ着くと、辺りはオレンジ色の夕日に包まれていた。
橋の下を吹き抜ける風は、夏より少しだけ涼しい。
椿はいつものように隠れ家の前へしゃがみ込んだ。
「桜。」
優しく呼ぶ。
数秒後。
隠れ家の奥から白い蛇がゆっくりと姿を現した。
「今日もいた。」
椿は安心したように笑う。
「元気そうだな。」
白い蛇は椿の靴の近くまで這ってくる。
以前よりも警戒心は薄れていた。
「もう完全に覚えてるね。」
桜?が微笑む。
「ああ。」
椿は静かに頷いた。
「毎日来てるから。」
ケースから小さな水皿を取り出し、新しい水を入れる。
白い蛇は静かに近付き、小さく口を付けた。
「よし。」
椿は満足そうに頷く。
◇
三人だけの時間が流れる。
椿は学校であったことを話し始めた。
「今日、数学当てられてさ。」
「珍しく間違えた。」
白い蛇は静かに椿を見上げる。
返事はない。
それでも椿は話を続ける。
「あと。」
「文化祭。」
「クラスで何やるか、まだ決まってないらしい。」
桜?は石の上へ座りながら聞いていた。
「文化祭か。」
「去年、お化け屋敷だったよね。」
「ああ。」
「お前、驚かせる側なのに自分が一番驚いてた。」
「やめろって。」
桜?が笑う。
「懐中電灯消えたじゃん。」
「あれはびっくりする。」
椿も少しだけ笑った。
「悲鳴上げてたな。」
「……忘れて。」
「無理。」
そのやり取りを見ながら。
白い蛇は静かに二人を見つめていた。
◇
日が少しずつ傾く。
桜?は河原の石を拾って川へ投げた。
ぽちゃん、と小さな音が響く。
「ねぇ。」
椿が顔を上げる。
「文化祭終わったら。」
桜?は何気ない口調で続けた。
「またどっか行こう。」
「どこ。」
「町。」
「映画でも。」
「買い物でも。」
椿は少し考える。
昔なら。
桜はきっと、
「みんな誘おう。」
そう言った。
けれど今の桜?は違う。
二人で行くことを、ごく自然に提案した。
椿は小さく首を傾げる。
「二人で?」
その一言に。
桜?は一瞬だけ固まった。
「あ……。」
しまった。
そんな表情が一瞬だけ浮かぶ。
すぐに笑顔を作る。
「あ、いや。」
「みんなでもいいし!」
「ほら。」
「いつものメンバーとか!」
慌てて付け加える。
椿は数秒その顔を見つめていた。
やがて小さく頷く。
「そうだな。」
「みんなで行くか。」
桜?は笑う。
「うん。」
笑っている。
笑っているはずなのに。
胸の奥では。
本当は二人がよかった。
そんな思いが、静かに膨らみ始めていた。
それが、自分でも理解できないほど自然な願いになっていることに、桜?自身はまだ気付いていなかった。




