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第三十一話 夏祭り

 村の神社へ続く坂道は、人で溢れていた。

 提灯が等間隔に吊るされ、まだ日が沈み切っていない空を赤く染めている。

 屋台からはソースの香りや甘い綿菓子の匂いが漂ってきた。

「すごい人。」

 桜?が辺りを見回して笑う。

「毎年来てるのに、やっぱり祭りってわくわくする。」

 椿は前かごの飼育ケースへ目を向ける。

 保冷剤はまだ冷たい。

 ケースも熱くなっていない。

「大丈夫か。」

 小さく確認すると、中の白い蛇はゆっくりと身体を動かした。

「よし。」

 椿は安心したように頷く。

 その様子を見て、桜?が苦笑する。

「今日は桜が最優先なんだね。」

「当たり前だ。」

 椿は真顔で答える。

「今日は三人で来たんだから。」

 その言葉に、桜?は少しだけ目を細めた。

「……うん。」

     ◇

「まず何見る?」

 桜?が屋台を見渡す。

「射的?」

「いや。」

「じゃあ金魚すくい?」

「先に日陰。」

「あ。」

 桜?は笑って頭を掻く。

「そうだった。」

 二人は神社の境内から少し離れた木陰へ移動した。

 椿はケースをベンチへ置き、蓋の温度を手で確かめる。

「熱くなってない。よかった。」

 ケースの中では白い蛇が静かに丸くなっていた。

「少し休憩してから回ろう。」

「うん。」

 桜?もベンチへ腰を下ろす。

 二人はケースを挟むように座った。

 傍から見れば、不思議な光景だった。

 高校生二人が、小さな白い蛇を囲んで笑っている。

     ◇

「……あ。」

 桜?が立ち上がる。

「あそこラムネ売ってる。」

 椿も顔を上げる。

「買ってくる。」

「俺も行く。」

「いや。」

 桜?は首を振った。

「椿は桜見てて。」

 ケースを指差す。

「俺が買ってくるから。」

 椿は少し考えてから頷いた。

「……頼む。」

「任せて。」

 そう言って人混みへ走っていく。

 椿はケースを見ながら小さく笑った。

「賑やかだな。」

 白い蛇は静かに椿を見つめている。

「来年は。」

 ケース越しにそっと指を添える。

「ちゃんと人間に戻って。」

 少し笑う。

「ラムネも飲もう。」

 その時だった。

「……椿?」

 聞き慣れた女性の声がした。

 椿は振り返る。

「あれ、本当に椿じゃない!」

 そこには、小学校の頃によく遊んでいた同級生の女子・百合が立っていた。

「久しぶり!高校入ってから全然会わないじゃん!」

 椿は少し驚きながら頭を下げる。

「久しぶり。」

「一人?」

「いや。」

 椿が答えようとした、その時。

「椿ー!」

 人混みの向こうから、桜?がラムネを二本持って手を振っていた。

「買えた!」

 その明るい声を聞いた百合が笑う。

「あ、桜も一緒なんだ。相変わらず仲良しだね。」

 桜?は自然に椿の隣へ来る。

「久しぶり。百合じゃん。」

 まるで昔と何も変わらない。

 誰が見ても、いつもの二人だった。

 百合はケースの中を覗き込む。

「えっ。白蛇?かわいい!」

 椿は少し照れながら笑う。

「ああ。ちょっと保護してる。」

 百合は興味津々でケースを見つめる。

「触ってもいい?」

 その一言に。

 椿と桜?は、ほぼ同時に口を開いた。

「駄目。」

 二人の声が、ぴたりと重なった。

少しだけ空気が止まった。

 百合は二人の真剣な表情を見て、すぐに吹き出した。

「えー。」

 頬を膨らませる。

「ケチ。」

 くすっと笑いながら、ケース越しに白い蛇を眺める。

「最近飼い始めたの?」

 椿は一瞬だけ言葉に詰まる。

 どう説明するべきか考えていると、隣の桜?が先に口を開いた。

「いや。」

 困ったように笑う。

「山で見つけてさ。弱ってたから、しばらく様子見ようって。」

「へぇー。」

 百合は感心したように頷いた。

「二人らしい。昔からそういうの放っておけなかったもんね。」

 桜?は笑顔のまま椿を見る。

「ね?」

 椿は小さく頷いた。

「ああ。」

 嘘ではない。

 山で見つけたのも本当だ。

 様子を見ているのも本当だ。

 ただ、一番大切なことだけが違う。

 百合はケースを覗き込みながら微笑む。

「真っ白でかわいいね。名前あるの?」

 椿は思わずケースの中を見た。

 桜?も視線を向ける。

 ほんの一瞬だけ、二人の目が合う。

 椿は静かに答えた。

「……桜。」

「え?」

 百合は目を丸くした。

「桜って名前なの?」

「ああ。」

 椿は迷わず頷く。

「そう呼んでる。」

 百合は少し笑って肩をすくめた。

「そっか。桜と桜かぁ。紛らわしいね。」

 桜?は苦笑しながら頭を掻く。

「確かに。俺も最初そう思った。」

 そう言って笑う。

 その笑顔を見た百合は、何の違和感も抱かなかった。

 自然だった。

 あまりにも自然すぎるほど。

「じゃあ私は友達待たせてるから行くね!」

 百合は手を振る。

「また学校帰りとかに会ったら話そう!」

「ああ。またね。」

 桜?も手を振り返す。

 百合が人混みへ消えていく。

 その姿が見えなくなると、椿は小さく息を吐いた。

「……危なかった。」

「うん。」

 桜?もケースの中の白い蛇を見つめる。

「でも。」

 少し笑って言う。

「ちゃんと隠せたね。」

 椿は何も答えず、ケースの蓋にそっと手を添えた。

 ケースの中では、小さな白い蛇が静かに丸くなっていた。

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