表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DARKNESS ―奪われた自由のために―  作者: Ilysiasnorm


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/40

第7話 南米第七施設

輸送機の後部ハッチが開いた瞬間、湿った熱気が機内へ流れ込んだ。

 夜の南米は、思っていたより重かった。

 肌にまとわりつく湿気。土の匂い。濃い植物の青臭さ。

 その全部の奥に、別の臭いが混じっている。

 血だ。

 風間啓介はハッチの先に広がる闇を見据えたまま、静かに地面へ降りた。

 続いて一真。

 その後ろに、黒瀬、鬼塚、相良。

 さらに通常戦闘員たちが班ごとに展開し、支援班が機材を降ろし始める。

 正面には、南米第七施設。

 山の斜面を削るように建てられたその施設は、夜の中で巨大な影の塊に見えた。

 外壁は白かったはずだ。だが今は泥と煤と血に汚れ、ところどころが黒く焦げている。

 外周柵の一部は内側から捻じ曲げられ、監視塔は明かりを失っていた。

 非常灯だけが、壊れた心臓みたいに赤く瞬いている。

 静かすぎた。

 戦闘があった直後なら、もっと音が残る。

 叫び、銃声、破壊音、火災報知器。

 だがここには、それがない。

 まるで、全部喰われた後の静けさだけが残っているようだった。

「封鎖班、外周へ。支援班は後方十メートルで固定。第一班、第二班は本館入口を確保。先行特務班は俺に続け」

 南條光太の声が夜気を切る。

 命令と同時に部隊が動き出す。

 四十一名。

 数だけ見れば多い。

 だが配置が始まった瞬間、この施設に対してはまだ足りない気がした。

 一真が低く吐く。

「人数だけ見りゃ十分なはずなんだけどな」

「そう見えない時点で異常だ」

 啓介はそれだけ返した。

 黒瀬はすでに一歩前へ出ていた。

 細身の体をわずかに傾け、耳ではなく全身で周囲を聞くように立っている。

「……反応が散ってる」

 小さな声だった。

 一真が横を向く。

「中か?」

「中だけじゃない」

 黒瀬は施設外周の暗がりを見たまま答える。

「静かすぎる。消えたんじゃない。動いた後だ」

 鬼塚が鼻を鳴らす。

 巨体に似合う重装を鳴らしながら、壊れた正面隔壁へ歩み寄る。

「なら、中でも外でも出てきたやつを潰すだけだ」

 そう言って、歪んだ金属扉に片手をかけた。

 鈍い音。

 人力とは思えない力で、半壊した隔壁が持ち上がる。

 相良がその横を静かに通る。

 彼女は血だまりの前で膝をつき、指先で床の飛沫をなぞった。

「新しい」

 感情のない声。

「二時間以内。乾ききってない」

 同行していた通常戦闘員の一人が喉を鳴らす。

「戦闘の跡、ですか」

 相良は立ち上がる。

 その靴先の向こうに、何かが転がっていた。

 小さな靴だ。

 子ども用の、白い靴。

 片方だけ。つま先が赤く染まっている。

 一真の口が閉じた。

     ◇

 本館入口の手前、外周通路にはすでに最初の死体があった。

 現地協力部隊の兵士だ。

 迷彩服の肩章が裂け、首から胸にかけて大きくえぐられている。

 撃たれた痕ではない。

 喰いちぎられたような傷だった。

 第一班の兵が息を呑む。

「……なんだよ、これ」

 相良がしゃがみ込み、傷口を見る。

「咬傷が混じってる。引き裂きだけじゃない」

「動物か?」

 別の兵が言う。

 相良は首を振った。

「犬や大型獣なら、もっと肉の持っていき方が粗い。これは……」

 少しだけ間が空く。

「捕食痕に近い」

 その場の空気が、一段冷えた。

 一真が低く吐く。

「施設内異常ってのは、そういう意味かよ」

 啓介は死体の脇に残る血の筋を追った。

 引きずられた跡が途中で消えている。

 壁際。天井近く。

 人間の高さじゃない。

 黒瀬が同じ場所を見ていた。

「上を移動してる」

 南條が短く命じる。

「視線を上げろ。暗部確認。単独行動は禁止だ」

 隊員たちが一斉に銃口を上げる。

 非常灯の赤が、天井の配管と鉄骨を照らした。

 そこに何かがいたとしても、今はまだ見えない。

     ◇

 本館内部は、外よりも気味が悪かった。

 扉をくぐった瞬間、そこには“保護施設”らしい顔が残っていたからだ。

 明るい色の壁紙。

 動物の絵が描かれた案内板。

 小さな机。絵本棚。ぬいぐるみ。

 子ども向けの優しい色合いで統一された廊下。

 だが、その床を赤黒い筋が横切っている。

 壁には爪で引っかいたような痕。

 奥に見える自動扉には、無機質な管理番号。

 観察区画 B

 隔離室 C

 検査ライン 2

 一真が立ち止まり、低く言う。

「……終わってるな」

 啓介は答えない。

 優しい場所の顔をした檻。

 比喩的な言葉だったものが、今ここで現物になっている。

 同行していた第一班の通常戦闘員たちが左右へ散開する。

 足音を殺しきれていない。

 緊張しているのが分かる。

 鬼塚が先頭で曲がり角の先を覗く。

「道は生きてる。行くぞ」

 そのまま進む。

 重い男だが、前へ出る時の迷いがない。

 頼もしさがある。

 途中、ユリの声が通信に入る。

『啓介。そっちの図面、こちらのデータと一致しない。保護施設の標準設備を超えてる』

「どの区画だ」

『観察・隔離・検査ライン。数が多すぎる。保護じゃなくて選別の構造に近い』

 一真が鼻で笑う。

「もう隠す気もねえな」

 ユリの返事は短い。

『気をつけて。嫌な反応が増えてる』

 通信が切れる。

 啓介は短く息を吐いた。

 ユリが“嫌な反応”と言う時は、だいたいろくなことにならない。

     ◇

 小児居住区画に入った時、空気が変わった。

 そこには子どもたちの痕跡が、あまりにも生々しく残っていた。

 小さなベッド。

 落ちた毛布。

 壁に貼られた折り紙。

 乱れたクレヨン。

 途中まで描かれた家族の絵。

 だが、その床には小さな足跡が血で残っている。

 ひとつ。ふたつ。みっつ。

 途中で乱れ、壁際で途切れていた。

 一真がしゃがみ込む。

「……本当にガキを入れてたのかよ」

 鬼塚は黙ったまま天井を見ている。

 相良はベッド脇の金属札を拾い上げた。

「番号管理」

 そこに書かれていたのは名前ではない。

 個体番号。

 年齢。

 適合経過欄。

 一真が顔を歪める。

「子どもにまでそれか」

「最初から保護対象じゃない」

 相良が平然と言う。

「選別個体として扱われてた」

 その言い方に、一真が鋭く振り返った。

「お前、よくそんな顔で言えるな」

「事実よ」

「言い方ってもんがあるだろ」

「感情を挟むと判断が鈍る」

 一真が一歩出かける。

 その前に啓介が短く言った。

「やめろ」

 それだけで、一真は舌打ちしながら引いた。

 啓介自身も、相良の言い方に何も感じていないわけではない。

 だが今は、その苛立ちを処理している暇がない。

     ◇

 さらに奥、検査区画。

 自動扉の向こうには、もう保護施設の顔はなかった。

 白い壁。

 小児用ベッド。

 拘束具。

 採血器具。

 観察ボード。

 経過記録。

 番号で管理された経過表。

 そしてガラス越しの観察室。

 その床には、内側から何度も叩いたような小さな手の跡が残っていた。

 一真の声がかすれる。

「これでも保護施設かよ……」

 南條は何も言わない。

 啓介は観察ボードの一つに目を止めた。

 そこには適合率の推移らしい数値が並んでいる。

 途中から急激に乱れ、最後は赤字で終わっていた。

 暴走傾向

 隔離継続

 外部接触禁止

 子どもたちの記録だった。

「保護じゃない」

 啓介は低く言った。

「飼ってただけだ」

 南條の指が、ほんのわずかに動いた。

 何かを言いかけて、やめたように見えた。

 その時だった。

 奥の暗い通路で、何かが走る音がした。

 速い。

 小さい。

 でも、重さがある。

 第一班の兵が反応して一歩前に出る。

「止まれ!」

 銃口が闇を向く。

 次の瞬間、非常灯が赤く点滅した。

 影が走る。

 兵の身体が、何かに横から引っかけられたように消えた。

 悲鳴が途中で切れる。

 壁。天井。配管。

 どこへ消えたのか、一瞬見失う。

 血だけが、床へ落ちた。

「上だ!」

 黒瀬の声が飛ぶ。

 同時に全員が視線を上げる。

 天井の鉄骨に、小さな影が張りついていた。

 子どもの背丈。

 細い四肢。

 だが関節の向きが、人間ではない。

 口元だけが異様に裂け、赤く濡れている。

 それが一つではなかった。

 非常灯の奥。配管の影。通路の先。

 暗闇の中で、複数の小さな反射光がこちらを見ている。

 一真が低く吐く。

「……ふざけんな」

 通常戦闘員たちの呼吸が乱れる。

 もう通常兵で対処できる相手ではない。

 南條の声が、短く落ちた。

「先行特務班――」

 一拍。

「血装展開」

     ◇

 最初に動いたのは啓介だった。

 短く息を吐く。

「……血装展開」

 次の瞬間、身体の内側から黒い光が走る。

 血管のように赤い発光が装甲の隙間を駆け抜け、戦闘服の上から黒い外殻がせり上がる。

 胸部、肩、腕、脚。

 静かに、だが圧倒的な密度で形を変えていく。

 識別コード、AS-01。

 血装ネーム、DARKNESS。

 闇そのものを固めたような漆黒の戦装。

 そこに灯る赤いラインだけが、生きている血の熱みたいに見えた。

 一真がそれに続く。

「血装展開!」

 鋭い黒の装甲が全身を包む。

 肩から腕にかけて、牙を思わせる攻撃的な意匠がせり上がる。

 脚部は瞬発力重視に締まり、面頬の輪郭は刃のような鋭さを帯びた。

 識別コード、AS-02。

 血装ネーム、FANG。

 黒瀬はほとんど無言のまま立っていた。

「血装展開」

 全身の装甲が細く締まり、暗色に沈んだ外殻が輪郭そのものを薄くしたように見える。

 面頬に近い意匠。

 音も気配も、一段薄くなる。

 識別コード、RC-01。

 血装ネーム、SHADE。

 鬼塚が一歩前へ出る。

「血装展開」

 低い声。

 全身の装甲がさらに厚みを増し、肩と胸部が壁のように膨らむ。

 立っているだけで前線になるような重圧。

 識別コード、BR-01。

 血装ネーム、GRAVE。

 最後に相良。

「血装展開」

 感情のない声。

 細い身体を覆う装甲がぴたりと締まり、腰部から拘束具と一体化した鎖状兵装が伸びる。

 殺すためではなく、止めるための形。

 識別コード、CT-01。

 血装ネーム、CHAIN。

 赤い非常灯の下で、五つの血装が並ぶ。

 DARKNESS。

 FANG。

 SHADE。

 GRAVE。

 CHAIN。

 その瞬間、南米第七施設はもう“保護施設”ではなくなった。

 天井の影が、ぎちりと音を立てる。

 子どもの背丈。

 だが、その目に残っていたのは、子どもが持つはずのない飢えだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ