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DARKNESS ―奪われた自由のために―  作者: Ilysiasnorm


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第6話 緊急派遣

格納庫の空気は、いつもより一段低く張りつめていた。

 白い照明の下に、黒い輸送機が二機並んでいる。

 機体の側面には国籍も部隊章もない。鈍く光を返すだけの無機質な黒。

 その足元で、隊員たちが班ごとに装備の最終確認を進めていた。

 誰も騒がない。

 誰も笑わない。

 金属ケースが床に置かれる音。

 ロックが閉まる音。

 通信機器の起動音。

 短い確認の声だけが、広い格納庫に乾いて響いている。

 南米第七施設緊急対応部隊。

 総員四十一名。

 通常戦闘員二十名。支援班十五名。

 先行特務班五名。統括指揮一名。

 施設一つに対して出すには、明らかに多い。

 それでも、足りないかもしれない。

 今の空気は、そんな規模だった。

 風間啓介は機体の脇で装備ケースを開き、手袋の上から銃把の感触を確かめた。

 その横で、一真が軽く肩を回す。

「本気だな」

 啓介は短く答える。

「四十一名」

「施設一つ潰れたくらいで動かす人数じゃねえ」

「そのくらいじゃないってことだ」

 一真は小さく舌打ちした。

 だが否定はしない。

 格納庫に集まった人数を見れば、それだけで十分だった。

 先行特務班の残り三人も、少し離れた場所で各自の確認を進めている。

 黒瀬蓮。

 識別コード、RC-01。

 血装ネーム、SHADE。

 彼はすでにタブレット端末に施設周辺の熱源分布を表示していた。細身の体を壁に預け、ほとんど瞬きもせずに画面を見ている。誰かに見せるためではなく、頭の中に地形と気配を焼き付けている顔だった。

 鬼塚豪。

 識別コード、BR-01。

 血装ネーム、GRAVE。

 大柄な体に重装備を通しながら、武装のロックを一つずつ確かめている。腕の太さも、立ち姿の圧も、前線に立つために作られた男という感じが強かった。

「施設一つにこの人数かよ」

 グレイブが鼻で笑う。

「派手に出たな」

 その声に、近くの通常戦闘員が一瞬だけ視線を向け、すぐ戻した。

 この男が前に立てば、少なくとも最初の数分は持つ。

 そういう信頼があった。

 相良澪。

 識別コード、CT-01。

 血装ネーム、CHAIN。

 彼女は少し離れた場所で、拘束具と鎮静剤カートリッジを淡々と並べていた。表情がほとんど動かない。感情を隠しているのではなく、最初から表へ出さない種類の人間に見えた。

「拘束優先対象がいた場合、判断は現地ですか」

 チェインが顔を上げずに問う。

 問いかけた先には、すでに南條光太が立っていた。

「状況次第だ」

 南條は短く答える。

「ただし、外部流出阻止が最優先。そこを履き違えるな」

「了解」

 チェインはそれ以上聞かない。

 必要な言葉だけ受け取り、また手を動かす。

 啓介はその横顔を一瞥した。

 拘束具を確認する指に、ためらいがない。

 この任務を“救うため”のものだと思っていない顔だった。

     ◇

 格納庫の端に設置された臨時通信卓では、ユリが最後の認証と回線設定を進めていた。

 端末画面には識別コードが並んでいる。

 AS-01 / DARKNESS

 AS-02 / FANG

 RC-01 / SHADE

 BR-01 / GRAVE

 CT-01 / CHAIN

 その下に通常戦闘員の班別認証。

 支援班十五名分の通信ルート。

 予備回線の切り替え手順。

 緊急撤退信号の優先順位。

「第三回線を予備に固定。切断が五分を超えた場合、自動で第四へ移行します」

 ユリは画面を見たまま言った。

「座標更新は三分ごと。生体反応異常値は自動でこちらへ返して。

 無線沈黙が続いた場合、こちらから強制的に帰還信号を飛ばします」

「了解」

 通信班の一人が答え、隣で支援機材の再確認を始める。

 ユリの手は止まらない。

 止めてはいけない。

 そう思いながらも、胸の奥のざわつきだけは消えなかった。

「御崎」

 南條の声がして、ユリは顔を上げた。

「後方監視を頼む」

「了解」

「異常値が出たら即報告しろ」

「はい」

 南條は短く頷く。

 だが離れる前に、一瞬だけユリの顔を見た。

「……無理はするな」

 ユリは少しだけ目を細めた。

「そっちに言ってください」

 それだけ返すと、南條は口元をわずかに動かした。笑ったのか、呆れたのか、そのどちらとも取れない薄い変化だった。

 啓介と一真が認証卓の前を通る。

 ユリは二人に端末を向けた。

「最終認証」

 一真が先に手をかざす。

「相変わらず冷たいな」

「今さら」

「それもそうか」

 軽く返しながらも、一真の目は少しだけ落ち着かない。

 ユリはそれに気づいていたが、何も言わなかった。

 啓介が次に認証を通す。

 短い電子音。

 AS-01 認証完了 の文字。

 ユリは端末を戻し、事務的な声で言う。

「通信断絶時は第三回線。内部侵入後、座標更新が止まったら自動で警告を飛ばす」

「分かった」

 啓介はそれだけ答えた。

 前のめりな言葉はない。

 不安を煽る言葉もない。

 けれど、それで十分だった。

 仕事の言葉の下にあるものは、もう互いに分かっている。

     ◇

 輸送機の腹の中は、人数の多さのわりに静かだった。

 壁際に通常戦闘員。

 中央寄りに支援班。

 前方に先行特務班。

 南條は機体中央の簡易モニター前に立ち、現地図を表示させている。

 機体が振動を伴って浮く。

 黒い機体は夜の滑走路を離れ、そのまま南へ向かった。

 一真はシートベルトを締めながら周囲を見た。

「誰も救助任務の顔してねえな」

 グレイブが鼻を鳴らす。

「だったら笑って行けってのか」

「そういう意味じゃねえよ」

「なら黙ってろ」

 一真は言い返しかけたが、啓介が何も言わないので、そこでやめた。

 代わりに横の機内窓へ目を向ける。真っ暗で、何も見えない。

 シェイドはすでに目を閉じていた。

 眠っているのではない。耳を澄ませ、機内の雑音の向こう側を聞いているようにも見えた。

 チェインは膝の上で拘束具のロックを確認している。

 無駄な動きがない。

 その指先にだけ、任務の輪郭が冷たく出ていた。

「回収優先対象がいた場合、現場判断でいいですね」

 チェインが南條へ確認する。

「状況次第だ」

「生存者の有無より、対象の価値を優先する場合も?」

 一真が顔をしかめた。

「おい」

 チェインは一真を見ない。

「確認しているだけ」

 南條は簡易モニターから目を離さずに答える。

「最優先は外部流出阻止だ。現場判断はその範囲内で行う」

「了解」

 チェインはそれで十分だったらしい。

 膝の上の拘束具を静かに閉じた。

 機内の空気が少し冷たくなる。

 一真が低く言った。

「生きてる奴がいても、状況次第で後回しか」

「全体優先だ」

 南條の声は低かった。

「現地協力部隊は事実上壊滅。通信は断続的。

 施設内の異常反応は複数。数は不明。

 先行特務班が深部確認。封鎖班は外周制圧。支援班は後方解析を優先する」

 グレイブが腕を組む。

「随分でかい暴れ方だな」

「暴れてるだけならまだいい」

 シェイドが目を閉じたまま言った。

 全員の視線が向く。

「静かすぎる」

 短い一言だった。

 だがそれは、グレイブの荒い言い方よりずっと不穏だった。

「どういう意味だ」

 一真が問う。

 シェイドはやっと目を開く。

「現地熱源の散り方が変だ。

 施設内に密集してない。

 深部の一部が空白で、外周に不自然な欠け方がある」

「欠け方?」

 啓介が初めて口を開く。

 シェイドは前方モニターの一部を拡大した。

「中にいるはずのものが、いない」

 機内が静まる。

「外へ出てる可能性がある」

 その一言で、輸送機の中の空気がさらに重くなった。

     ◇

 同じ頃、内勤区画ではユリが遠隔監視データを追っていた。

 外周センサー。

 熱源反応。

 施設構造図。

 数字は正しい。

 だが並び方が正しくない。

「……外?」

 思わず呟く。

 反応点が、施設内ではなく外周側へ散っている。

 封じ込めが成立していれば、こうはならない。

 ユリはすぐに回線を開いた。

「南條さん」

 ノイズ混じりの応答。

『言え』

「外周センサーに散発反応。施設内から漏れてる可能性があります」

 数秒、沈黙。

 その短い無音が、妙に長く感じられた。

『精度は』

「高いです。誤作動ではないと思います」

『了解。こちらで対応する』

 通信はそこで切れた。

 ユリは端末を見つめたまま、指先に力を込める。

 中だけじゃない。

 もう外に出ているかもしれない。

 その考えは、理屈より先に身体が拒んだ。

     ◇

 輸送機が南米上空へ差しかかる。

 モニターの地形図が、山岳と密林の境目を映し出す。

 その中央、暗い敷地の輪郭。

 一部の施設群は停電していた。

 だが別の場所には、不自然に熱源が散っている。

 啓介は機内窓の向こうを見た。

 夜の地上は黒く、遠くにかすかな灯りがあるだけだ。

「見えてきたな」

 グレイブが低く言う。

 その声にも、さっきまでの余裕は少しなかった。

 チェインは拘束具ではなく、鎮静剤のケースを追加で引き寄せた。

「捕獲より制圧優先に切り替えるべきかも」

 一真が低く吐く。

「中だけの問題じゃねえのかよ」

 誰も答えない。

 シェイドが前方を見たまま、ほとんど独り言のように呟いた。

「……外にいる」

 その一言だけで十分だった。

 南米第七施設は、まだ目の前には現れていない。

 だが、そこから逃げ出した“何か”は、すでに彼らの到着を待っているようだった。

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