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DARKNESS ―奪われた自由のために―  作者: Ilysiasnorm


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第45話 DARKNESSα

黒層の奥で、TAIDAの完成体が目を開けた。

 赤い警告灯が、黒い外殻を照らしている。  その姿は、啓介のDARKNESSに似ていた。

 だが、同じではない。

 啓介の外殻には、怒りがある。  痛みがある。  黒血を抑え込むための、ぎりぎりの揺らぎがある。

 目の前の男には、それがなかった。

 闇をまとっているのに、乱れがない。  呼吸は浅く、足音さえ静かだった。

 モニターに、新たな文字が浮かぶ。

 DARKNESSα。  完全適合個体。  登録名、天城総司。

 黒瀬が小さく息を呑んだ。

「天城総司……」 「現DARKNESSα称号保持者」

 啓介は天城を見据えた。

「あれが、俺の後に作られたものか」

 黒瀬は答えた。

「違う」 「お前を超えるために作られたものだ」

 一真が舌打ちする。

「随分なもん作りやがったな」

 DARKNESSαは、一歩前に出た。

 その動きに無駄はなかった。  構えるわけでもない。  威圧するわけでもない。

 ただ、啓介とユリの間に立った。

「AS-01」

 αの声は、低く、平坦だった。

「排除対象」 「SP-07への接近を禁止する」

 啓介の拳が軋む。

「どけ」

「命令は上位管理系統より発令済み」 「お前に、拒否権はない」

「俺は番号じゃない」

 啓介は一歩踏み出した。

「風間啓介だ」

 αは表情を変えなかった。

「個体名は不要」 「任務に関係しない」

 その言葉が、黒層の空気よりも冷たく響いた。

     ◇

 ユリの処理台では、赤い警告が点滅し続けていた。

 相良の干渉は遮断されている。  だが、ユリの記憶は完全には戻っていない。

 そして、完全には壊れてもいない。

 モニターには、接触記録が再生されていた。

 啓介が来る。  声をかける。  手を伸ばす。  けれど、届かない。

 何度も。  何度も。

 ユリは目を閉じたまま、かすかに唇を動かした。

「私が……残った……」

 その言葉に、処理台の機器が反応する。

 別の音声が重ねられる。

『置いていく』

 ユリの眉が歪む。

「違う……」

 女性職員の声が、装置越しに落ちた。

「接触記録を統合」 「対象認識を再固定」

 モニターに文字が走る。

 SP-07。  対象認識、再固定中。  AS-01接触記録、統合。  対外任務適合、最終調整へ移行。

 ユリの指先が震えた。

     ◇

 啓介はαへ向かって踏み込んだ。

 DARKNESSの外殻が赤い光を弾く。  黒血はまだ使わない。  通常血装のまま、啓介は拳を振るった。

 αは避けなかった。

 啓介の拳が届く寸前、αの腕が動く。  音もなく軌道を逸らされた。

「っ!」

 次の瞬間、啓介の腕が掴まれる。

 視界が反転した。  背中から床に叩きつけられる。

 黒い床が砕け、衝撃が身体を抜けた。

「啓介!」

 一真がFANGの外殻を部分展開したまま飛び込む。

 鋭い爪がαの側面を狙う。  だが、αは振り返りもしなかった。

 肘が一真の胸を打つ。

「ぐっ……!」

 一真の身体が後方へ弾かれる。  鬼塚が受け止めた。

「軽くやられやがって」

「うるせえ……」

 一真は歯を食いしばる。

 αの目が、一真へ向く。

「AS-02」 「抑制候補」 「機能低下中」

 一真の目が鋭くなる。

「人を番号で呼ぶんじゃねえよ」

 αは答えない。

 番号以外に、何も見ていない。  名前も、怒りも、痛みも、意思も。

 すべて、任務に不要な情報として切り捨てているようだった。

     ◇

 黒瀬は端末を操作しながら、αの反応を解析していた。

「黒血反応が安定している」 「暴走値が上がらない」 「戦闘時の感情波形も、ほとんど揺れていない」

 相良は黒瀬に支えられながら、αを見た。

「違う……」 「あれは抑えているんじゃない」

 啓介がゆっくりと立ち上がる。

 相良は続けた。

「最初から、揺らぐ部分を削られている」

 鬼塚が低く言う。

「つまり、完成ってのは、人間を削ることかよ」

 黒瀬は答えなかった。

 だが、その沈黙が答えだった。

 啓介はαを見た。

 自分は黒血に苦しんでいる。  怒りで壊れそうになる。  後悔で足が止まりそうになる。  それでも、ユリを助けたいと思っている。

 目の前のDARKNESSαには、それがない。

 苦しまない。  迷わない。  壊れない。

 だから、完成体。

 啓介は拳を握り直した。

「そんなものが完成なら、俺は未完成でいい」

 αが淡々と返す。

「未完成個体は、管理対象」 「抵抗を継続する場合、排除する」

「やってみろ」

 啓介は再び踏み込んだ。

     ◇

 ユリの意識は、暗闇の中に沈んでいた。

 そこでは、声が何度も再生されている。

『ユリ!』

 啓介の声。

『置いていく』

 作られた声。

『戻ってこい!』

 啓介の叫び。

『邪魔だ』

 偽りの言葉。

 どれが本当なのか。  どれが自分の記憶なのか。

 分からなくなる。

 でも、一つだけ残っていた。

 私が残った。

 自分で、残った。

 啓介を止めるために。  啓介を、一人で壊れさせないために。

 けれど、別の記憶も沈んでくる。

 啓介が来る。  けれど届かない。  また、手が届かない。

 ユリは震えた。

「私が……残った……」 「でも……届かなかった……」

 女性職員の声が落ちる。

「あなたを置き去りにしたのは誰ですか」

 ユリは答えない。

 答えたくない。

 だが、唇だけが動いた。

「……けい、すけ」

 機械が反応する。

 対象名、発語。  対象認識、固定化進行。

     ◇

 黒層の中央で、戦闘は続いていた。

 啓介の拳は速い。  通常血装とはいえ、DARKNESSの力は並の作戦員では受けきれない。

 だが、αは受ける。  流す。  返す。

 啓介の攻撃が届く前に、αの身体はすでに次の位置にいる。

 まるで、啓介の動きを最初から知っているようだった。

 αの膝が啓介の腹を打つ。  続けて肘が肩へ落ちる。  啓介の身体が傾く。

 一真が割って入る。

「こっち見ろ!」

 FANGの爪がαの外殻に当たる。  火花が散った。

 傷は浅い。

 αは一真の腕を掴み、床へ引き倒そうとする。

 その瞬間、鬼塚が横から突っ込んだ。

「おらぁ!」

 重い拳がαの腕に叩き込まれる。

 αの身体が、初めて半歩だけ動いた。

 鬼塚が笑う。

「動いたな」

 αは鬼塚を見る。

「BR系統」 「死亡記録対象」 「戦闘継続、不要」

「勝手に死んだことにすんな」

 鬼塚がもう一度踏み込む。

 黒瀬はその隙に防衛系統へ割り込む。  相良は処理台へ視線を向けた。

「もう一度、接続できれば……」

 相良が動こうとする。

 黒瀬が止めた。

「無理だ」

「でも、今止めなきゃ――」

「お前が倒れれば、次に届く手段が消える」

 相良は歯を食いしばった。

 分かっている。  ここで無理をすれば、もう一度ユリに届くかもしれない。

 だが、届いたとしても、その後がない。

 相良は拳を握った。

「……次は、必ず届かせる」

     ◇

 啓介はαの攻撃を受けながら、ユリの処理台を見た。

 移送台が動き始めている。

「ユリ!」

 啓介が叫ぶ。

 だが、αが前に立つ。

「SP-07移送完了まで、AS-01を拘束する」

「どけ!」

 啓介の黒血が一気に疼いた。

 床に黒い筋が走りかける。  右腕の外殻が、さらに黒く染まりそうになる。

 一真が叫ぶ。

「啓介、出すな!」

 鬼塚も怒鳴る。

「ここで黒血を使えば、ユリごと巻き込むぞ!」

 啓介の視界が揺れる。

 壊せ。  壊せば進める。  目の前の完成体も、黒層も、すべて砕ける。

 だが、その先にユリがいる。

 守るために、壊してはならない。

 αは啓介を見下ろした。

「黒血制御、失敗寸前」 「AS-01は、完成に至らない」

 啓介は歯を食いしばった。

 完成。

 その言葉が、黒層の奥で響いた。

 完成とは、痛みを失うことか。  迷いを失うことか。  人を番号で呼び、救う意味も忘れることか。

 啓介は拳を握り込んだ。

「完成なんて、いらない」

 黒い筋が、そこで止まる。

「俺は兵器になるために、ここに来たんじゃない」

 啓介は顔を上げた。

「ユリを助けるために来た」

 αの表情は変わらない。

「救助行動は命令に含まれない」

「だからお前は、分からないんだ」

 啓介は低く言った。

「人を助けるってことが」

     ◇

 ユリの処理台は、黒層の奥へ移動していく。

 相良が端末を見て叫んだ。

「ユリが移される!」 「黒層から外部任務用の搬出口へ繋がってる!」

 黒瀬が解析する。

「対外任務適合処理……」 「完了前に外へ出す気か」

 相良の顔色が変わる。

「完全固定じゃない」 「でも、不安定なまま使うつもりだわ」

 一真が吼える。

「ふざけんな!」

 FANGの外殻を軋ませながら、αへ向かう。  鬼塚も続く。  啓介も前へ出る。

 三人が同時に仕掛けた。

 だが、αは退かない。

 一真の爪を受け、鬼塚の拳をいなし、啓介の攻撃を正面から止める。

 その一瞬で、ユリの移送台がさらに奥へ進む。

「ユリ!」

 啓介の声が黒層に響く。

 ユリの瞳が、かすかに開いた。

 遠くから、啓介の声が聞こえる。

 温かい。  痛い。  苦しい。

 そして、憎まなければならない声。

 ユリの目から、涙が流れた。

     ◇

 移送台の上で、ユリは機械の声を聞いていた。

「あなたが追うべき対象は誰ですか」

 ユリは答えない。

 答えたくない。

 けれど、胸の奥で名前が響く。

 啓介。

 それは、助けを求めた名前だった。

 自分を呼んでくれた名前だった。

 愛した人の名前だった。

 でも今、その名前に別の意味が重ねられていく。

 追うべき対象。  止めるべき対象。  自分を置いていった対象。

 ユリの唇が震える。

「……啓介」

 モニターに文字が走る。

 SP-07。  対象名、AS-01。  対外任務適合体として登録。

     ◇

 啓介はαを睨んだ。

 ユリの移送台は、黒層の奥へ消えかけている。  手を伸ばしても、届かない。

 まただ。

 また、届かない。

 啓介の黒血が暴れようとする。  だが、啓介はそれを押し込めた。

 ここで壊れれば、本当に終わる。

 天城総司は、静かに立っていた。

「DARKNESSα」 「任務継続」

 その声に感情はなかった。

 啓介は拳を握る。

 ユリはまだ戻っていない。  だが、完全に失われたわけでもない。

 その曖昧なまま、TAIDAは彼女を外へ出そうとしていた。

 追うべき対象の名だけを、心に刻ませて。

 啓介。

 その名は、愛した人の名であり、  今、撃つべき対象の名に変えられようとしていた。

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