表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DARKNESS ―奪われた自由のために―  作者: Ilysiasnorm


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/54

第41話 帰郷

無人中継区画に、赤い警告灯が回っていた。

 天井のレールを走る無人砲台。  床下から伸びる拘束ワイヤー。  壁の格納部から這い出す小型の保安機械。

 その中心で、鬼塚は血装した腕を振るった。

 赤黒い外殻が、両腕と肩を覆っている。  拳は、鉄の塊のように膨れ上がっていた。

 飛んできた拘束ワイヤーを、鬼塚は片手で掴む。  そのまま力任せに引きちぎった。

「走れ!」

 鬼塚の声が響く。

「ここで止まるな!」

 黒瀬は端末を操作しながら、壁際の古い制御盤へ走った。  相良が背後からセンサー波をずらす。  一真は啓介の横に立ち、周囲の動きを見ていた。

 啓介は拳を握る。

 黒血が胸の奥で動く。  ここで使えば、目の前の機械など壊せる。  隔壁も、軌道も、何もかも。

 だが、それをすれば、この海底区画ごと崩れるかもしれない。

 ユリに届く前に終わる。

 啓介は歯を食いしばった。

「……分かってる」

 自分に言い聞かせるように呟いた。

 一真が横目で見る。

「今は抑えろ」

「言われなくても」

 その声は荒かった。  だが、黒い線は広がらなかった。

 黒瀬が制御盤に端末を接続する。

「保守用の下層連絡路を開く」 「時間はない」

 無人砲台が旋回し、赤い照準を啓介たちへ向けた。

 鬼塚が前に出る。

「こっちは俺が持つ」

 重い拳が、砲台の台座を叩き潰した。  金属が歪む音が響く。

 黒瀬の端末が短く鳴った。

「開いた!」

 壁の一部が滑るように動き、狭い通路が現れた。

 黒瀬が叫ぶ。

「入れ!」

 相良が先に入り、続いて一真。  啓介が入る直前、振り返る。

 鬼塚はまだ無人機械を押し止めていた。

「鬼塚!」

「行けって言ってんだろ!」

 鬼塚は拘束ワイヤーを腕に巻きつけたまま、笑った。

「俺は、死んだことになってる男だ」 「そう簡単に二度目は死なねえよ」

 啓介は一瞬だけ目を細めた。

 そして、通路へ入った。

 最後に鬼塚が飛び込む。  黒瀬が扉を閉じる。  分厚い壁が閉まった直後、向こう側で無人砲台の音が途切れた。

     ◇

 保守用の下層連絡路は、黒脈本線とはまるで違って狭く、湿っている。

 天井には配管がむき出しになり、赤い非常灯だけが不規則に点滅している。  壁には古い管理番号が残っていた。  床には薄く水が溜まり、歩くたびに靴音が鈍く響いた。

 相良が端末を確認する。

「通信は完全に遮断」 「黒脈管制からも切り離されているわ」

 一真が息を整えながら言った。

「いいことなのか、悪いことなのか分からねえな」

 黒瀬が答える。

「両方だ」 「追跡は少し遅れる」 「だが、こちらも外の状況が分からない」

 啓介は前だけを見ていた。

「この先がB6か」

「ああ」

 黒瀬が頷く。

「CRV-23研究区画」 「表向きには、もう使われていない」

 一真が短く笑う。

「表向きには、だろ」

「そうだ」  黒瀬の声は冷たかった。 「TAIDAで“使われていない”という言葉ほど、信用できないものはない」

 鬼塚が血装を解除しながら歩く。  赤黒い外殻が崩れ、血のような粒子になって腕の中へ戻っていった。

 鬼塚の顔色は少し悪い。

 相良が見る。

「無理したわね」

「してねえよ」

「してる」

「うるせえな」

 相良は小さく息を吐いた。

「次は短く使って」 「あなたまで倒れたら、前衛がいなくなる」

 鬼塚は返事をしなかった。  ただ、肩を回して歩き続けた。

     ◇

 連絡路の先に、重い隔壁があった。

 黒瀬が認証盤を開く。  相良が端末を接続する。

 しばらく沈黙が続いた。

 やがて、隔壁が低い音を立てて開いた。

 冷たい空気が流れ込む。

 そこは、白い研究区画ではなかった。

 灰色と黒。  光を失った廊下。  一部だけ生きている天井灯。  壁には古い血液反応計が並び、ガラスの向こうには保存槽が静かに立っていた。

 乾いた消毒液の匂いがした。  そこに、鉄に似た臭いが混じっている。

 啓介は足を止めた。

 知らない場所のはずだった。  記憶にあるはずがない。

 だが、身体が先に反応した。

 胸の奥が重くなる。  右腕が熱を持つ。  喉の奥に、吐き気に似たものが込み上げる。

 帰ってきた。

 そう思った瞬間、啓介は自分の感情に嫌悪した。

 ここは、帰る場所ではない。  故郷などではない。

 それでも、血だけはこの場所を覚えていた。

 一真も黙っていた。

 彼も同じものを感じているのか、壁に並ぶ血液反応計を見つめたまま動かない。

 鬼塚が低く言う。

「懐かしいか」

 一真が睨む。

「冗談にしては悪趣味だ」

「冗談じゃねえよ」

 鬼塚は廊下の奥を見た。

「ここに戻って平気な奴なんて、いねえ」

 相良は何も言わなかった。  ただ、端末を握る手に力が入っていた。

     ◇

 B6、CRV-23研究区画。

 そこには、使われなくなったはずの記録が残っていた。

 黒瀬が古い端末に接続する。  何度か認証を弾かれたが、裏鍵を噛ませると、画面に古い管理ログが浮かび上がった。

「まだ生きている」

 黒瀬が呟く。

「見られるのか」

 啓介が聞く。

「断片だけだ」 「完全な記録は上層に移されている」 「だが、ここに残っているものもある」

 画面に文字が並んだ。

 AS-01。  黒血反応、継続観察対象。  自我維持率、不安定。  戦闘適合値、高。  管理優先度、最上位。

 啓介はそれを見つめた。

 自分の名前はない。  風間啓介という文字はない。

 あるのは、番号。  反応。  適合値。  管理優先度。

 黒瀬が声を落とす。

「AS-01」 「それがお前の管理番号だ」

「知ってる」

 啓介は答えた。

 だが、喉の奥が乾いていた。

 知っている。  番号で呼ばれてきた。  管理対象として扱われてきた。

 それでも、こうして研究区画の記録として見ると、別の重さがあった。

 自分は最初から、人間として記録されていない。

 一真が画面の次の項目に気づく。

「それ、俺か」

 黒瀬が操作する。

 AS-02。  赤血反応、未確定。  覚醒兆候、潜在。  AS-01抑制候補。  経過観察。

 一真の表情が止まった。

「AS-01抑制候補……?」

 誰もすぐには答えなかった。

 一真は啓介を見る。  そして、もう一度画面を見た。

「俺は最初から」 「こいつを止めるために置かれてたのか」

 黒瀬は短く答える。

「可能性はある」

「可能性?」

 一真の声が低くなる。

「俺が啓介を追ったのも」 「啓介を疑ったのも」 「あの映像を見せられたのも」 「全部、そこに繋がってたってことか」

 黒瀬は黙った。

 相良が静かに言う。

「少なくとも、TAIDAはあなたをそう使えると見ていた」 「あなた自身の意思とは別に」

 一真は拳を握った。

「ふざけんなよ……」

 啓介は一真を見た。

「今ここにいるのは、お前の意思だ」

 一真は啓介を見返す。

「……そう思いたいな」

 その言葉には、まだ迷いがあった。  けれど、進む足は止まっていなかった。

     ◇

 相良が別の端末に接続した。

「SP-07の記録を探す」

 啓介の表情が変わる。

「ユリのか」

「ええ」

 相良の指が画面を滑る。

 古いデータの中から、一つの記録が浮かび上がった。

 SP-07。  母胎適合候補。  記憶照合優先対象。  対外任務適合処理、進行。  対象認識、変動中。

 啓介の息が止まった。

「母胎適合候補……?」

 相良の表情が硬くなる。

 黒瀬も、鬼塚も黙った。

「どういう意味だ」

 啓介の声が低くなる。

 相良は少しだけ目を伏せた。

「今、全部を話す時間はないわ」

「相良」

「ただ一つだけ言える」

 相良は啓介を見る。

「ユリは、最初からただの作戦員として見られていない」

 啓介の右手に、黒い線が浮かぶ。

 一真が反応する。  鬼塚も身構えた。

 だが、相良は逃げなかった。

「怒っていい」

 静かな声だった。

「でも、壊すのはまだ駄目」

 啓介は歯を食いしばる。

 黒い線が、手首のあたりで止まる。

 ユリを番号で呼ぶな。  母胎などと言うな。  人間を、そんな言葉で扱うな。

 叫びたかった。  壊したかった。

 だが、ここを壊せば、ユリへ届く手が消える。

 啓介は右手を強く握った。

「……分かってる」

 声は震えていた。

 それでも、黒血は広がらなかった。

     ◇

 鳥島黒層、照合準備区画。

 ユリは、白い光の下で目を開けていた。

 眠ることは許されなかった。  休むことも許されなかった。

 モニターには、また啓介の顔が映っている。

 冷たい目。  作られた表情。  加工された声。

『戻らない』

 ユリの指先が震える。

 女性職員が淡々と問いかけた。

「御崎ユリ」 「あなたが追うべき対象は誰ですか」

 ユリは答えない。

「あなたが止めるべき対象は誰ですか」

 モニターに、啓介の背中が映る。

『邪魔だ』

 ユリは唇を噛んだ。

「違う……」

「あなたを置いていった対象は誰ですか」

「違う……」

『置いていく』

 ユリの呼吸が浅くなる。

 啓介の本当の声を思い出そうとした。  だが、遠い。  とても遠い。

 代わりに、作られた声だけが近づいてくる。

 女性職員が記録する。

「対象認識、固定化開始」 「対外任務適合、移行可能域へ接近」 「拒絶反応、残存」

 ユリは目を閉じた。

 その闇の中で、誰かが自分の名を呼んだ気がした。

 啓介の声だった。

 けれど、その声はすぐに、別の声に塗り潰された。

『邪魔だ』

     ◇

 CRV-23研究区画の警告灯が点いた。

 低い電子音が廊下に響く。

 相良が端末を見る。

「まずい」 「研究区画の防衛システムが起動した」

 廊下の隔壁が一つずつ閉まり始める。  天井から細いノズルが降りる。  壁の格納部から、検体回収用の小型ドローンが浮かび上がった。

 相良が画面を見る。

「ガス散布準備」 「血液反応ロック」 「検体回収モード」

 鬼塚が舌打ちする。

「ここでも歓迎かよ」

 黒瀬は端末を操作するが、すぐに眉を寄せた。

「古い」 「今の認証じゃ噛み合わない」

 一真が構える。

「壊すか」

「壊せば隔壁が完全封鎖される」

 黒瀬は端末から手を離した。

「仕方ない」

 その声は、やけに静かだった。

 黒瀬の右腕に、細い血の線が走る。

「血装展開」

 赤黒い光が、黒瀬の腕から背中へ広がった。

 鬼塚のような重い外殻ではない。  薄く、細く、身体に沿うような外装。  指先からは、血でできた細い端子のようなものが伸びている。

 一真が目を細める。

「お前の血装……」

 黒瀬は答えない。

 指先の端子を制御盤へ差し込む。  血液が回路に流れ込むように、赤黒い線が盤面へ広がった。

 相良が横で補助する。

「防衛系統に割り込める?」

「十秒くれ」

「五秒しかないわ」

「なら五秒でやる」

 検体回収ドローンが迫る。  鬼塚が前に出て叩き落とす。  一真は啓介の前で身構えるが、血装はまだ使わない。

 啓介はただ見ているしかなかった。

 黒瀬の血装端子が、制御盤の奥へ食い込む。

 警告音が強くなる。

 ガス散布。  三。  二。

 黒瀬が低く言った。

「黙れ」

 次の瞬間、警告音が止まった。

 隔壁の動きが停止する。  ドローンの動きが乱れ、床へ落ちる。

 黒瀬は端子を抜いた。

 血装がすぐに崩れ始める。

 相良が支える。

「無理したわね」

「少しだけだ」

「あなたたちは全員そればかりね」

 黒瀬は返事をしなかった。

     ◇

 相良が停止したシステムの奥へアクセスする。

「内部ログが開いた」 「今なら、最新の移送情報が見られる」

 啓介が近づく。

「ユリは」

 相良は画面を見た。

 その表情が変わる。

「SP-07」 「照合準備区画より移送準備」 「移送先……B8最深部《黒層》」

 啓介の目が鋭くなる。

「B8……」

 黒瀬が低く言う。

「最悪だな」

 鬼塚が拳を握る。

「入れられたら面倒どころじゃねえ」

 相良が続ける。

「対外任務適合後、再投入予定」

 一真が顔を上げる。

「再投入?」

「外へ出すつもりだわ」 「何の任務かまでは出ていない」 「でも、ユリの対象認識は変えられ始めている」

 啓介は動き出そうとした。

 黒瀬が腕を掴む。

「待て」 「正面からB7へ行けば挟まれる」

「待てるか」

「待てと言っているんじゃない」 「届く道を選べと言っている」

 啓介は黒瀬を睨む。

 黒瀬は退かなかった。

 相良が別の図面を表示する。

「B6からB7へ繋がる検体搬送路がある」 「通常の通路じゃない」 「研究体やサンプルを移すための細い搬送路よ」 「今なら、そこを使えるかもしれない」

 一真が聞く。

「罠じゃないのか」

 鬼塚が答える。

「罠だろうな」

 黒瀬が頷く。

「だが、正面よりはまだいい」

 啓介は画面を見る。

 B7。  照合準備区画。  収容・隔離区画。

 その文字の先に、ユリがいる。

「開けろ」

 啓介が言った。

 相良は頷いた。

     ◇

 研究区画の奥で、細い隔壁が開いた。

 その先には、赤い非常灯が点滅する搬送路が続いていた。

 壁には、古い血液サンプルの識別番号。  床には細いレール。  天井には小型の搬送アームが並んでいる。

 人が通るための道ではなかった。

 だが、進むしかない。

 一真が奥を見た。

「待ち伏せか」

 鬼塚が答える。

「だろうな」

 黒瀬は端末を握り直す。

「ここから先は、B7だ」 「ユリに近づく」 「同時に、TAIDAにも近づく」

 啓介は一歩、搬送路へ踏み出した。

 故郷と呼ぶには、あまりにも冷たい場所だった。

 だが、啓介たちの血は、ここを覚えていた。

 そして、その血が今、ユリのいる場所へ向かえと疼いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ