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DARKNESS ―奪われた自由のために―  作者: Ilysiasnorm


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第4話 御崎ユリ

堕闇《Taida》本部の内勤区画は、今日も休みなく動いていた。

 白い照明。

 壁一面の大型モニター。

 任務記録、補給申請、監視映像、移送経路、各地の通信状況が絶え間なく流れ続ける。

 その中央で、御崎ユリは三つの端末を同時に開いていた。

 右手で補給申請の承認を進めながら、左の画面で通信帯域の再配分を行い、正面の大型モニターでは南米方面の衛星情報を追う。

 指先に無駄がない。視線にも迷いがない。

「御崎さん、第二区画の搬送ログ、時間がずれてます」

 横から声が飛ぶ。

 ユリは振り返らず、画面を一つ切り替えた。

「補正が一行下に入ってる。そこ見て」

「あ……本当だ。すみません」

「謝らなくていいです。確認だけして」

 淡々とした声。

 強くもなく、優しくもない。必要なだけの温度で止まっている。

 別の職員が端末を持って近づいてくる。

「この申請、優先で通しても大丈夫ですか」

 ユリは一目見て首を振った。

「まだです。南米関連が先」

「でも現場が急ぎで――」

「急ぎだから順番を間違えないで」

 相手はすぐに黙った。

 この区画ではもう分かっている。ユリは感情で止める人間ではない。だから止めた時は、本当に順番が違う。

 画面の隅に新しい申請ログが流れる。

 剣城一真。

 ユリはそれを開いた。

「……また」

 小さく呟く。

 申請番号が一桁抜けている。備考欄の誤字が二つ。優先項目も曖昧だ。

 ユリは慣れた手つきで修正を入れた。

 昔から変わらない。

 一真は早い。だが雑だ。

 雑なのに本人は何とかなると思っていて、だいたい何とかしてしまうから直らない。

「また直したな」

 本人の声がして、ユリは顔を上げた。

 一真が机の横に立っていた。制服の上に軽装ジャケットを羽織り、相変わらず落ち着きがない。

「誤字が二つ。番号抜けが一つ」

「細かいんだよ、お前」

「あなたが雑すぎるの」

「昔から俺にだけ厳しいよな」

「昔からあなたがこうだから」

 一真は肩をすくめて笑った。

 気安い笑い方だった。啓介へ向ける対抗心とは違う。兄妹に近い距離の笑い方だ。

「啓介は?」

「さっき認証だけ済ませて行った」

「何も言わなかった?」

「あなたに言うほどは喋らない」

「ひど」

 一真は少し大げさにため息をついた。

 けれど、その目はどこか落ち着いている。三人でいる時だけ残る、昔と同じ空気だった。

     ◇

 その少し後、啓介が内勤区画へ入ってきた。

 認証装置の電子音。

 何人かの職員が一瞬だけ視線を向ける。すぐに戻す。

 それでも空気はわずかに変わる。

 風間啓介。

 堕闇《Taida》史上最強。

 ダークネス。

「ああ、来た」

 一真が先に言う。

 啓介は短く頷き、端末にIDをかざした。

 任務確認、出動認証、装備照合。必要最低限の動きだけを済ませる。

 ユリは南米関連の画面を見たまま言った。

「南米のデータ、少し変」

 一真が先に反応した。

「いきなり嫌なこと言うなよ」

「数字が揃いすぎてる」

 ユリは画面から目を離さない。

「こういう時、何か隠れてることが多い」

 一真の笑いが少しだけ薄くなる。

 啓介はモニターを一瞥した。

 赤い文字列が点滅している。

 南米第七施設

 緊急対応要請

 啓介が短く問う。

「勘か」

「いつもは外れない」

 一真が息を吐く。

「それ言われると余計嫌なんだけど」

 ユリはそこで初めて画面から目を離し、二人を見た。

「私も嫌」

 一真は冗談を言わなかった。

 その代わり、ほんの少しだけ真顔になる。

「……お前がそこまで言うなら、本当に変なんだろうな」

 啓介は何も言わず、再びモニターへ視線を向けた。

 三人のあいだに、短い沈黙が落ちる。

 今の堕闇の空気より、その沈黙はずっと昔の施設の空気に近かった。

     ◇

 二人が一度区画を離れたあと、ユリは端末へ向き直った。

 手は止まらない。

 補給承認。通信優先度の調整。認証コード発行。南米側の衛星更新。

 なのに頭の奥だけが静かではない。

 ユリはふと、自分の個人データ画面を開いていた。

 何のつもりだったのか、自分でも分からない。

 南米案件の関連職員一覧の中に、自分の名前と適合率が一瞬表示された。それが引っかかっただけかもしれない。

 画面の文字列を追う。

 氏名:御崎ユリ

 所属:堕闇 内勤区画

 血液適合率:A-Prime

 そこまではいい。

 だが、その下で指が止まる。

 初期保護記録:欠損

 出生欄:未登録

「……また」

 前にも見たことがある。

 そのたびに閉じてきた。

 けれど、いつ見てもそこだけ空白だ。

 他の施設出身者のデータにも粗い箇所はある。

 だが自分のそれは、欠け方が妙だった。

 さらに目を落とす。

 血液適合率:A-Prime

 高い。

 戦闘員ではない自分にしては、不自然なくらい高い数値だ。

「御崎」

 低い声がして、ユリは反射的に画面を閉じた。

 南條だった。

「……すみません」

「謝る必要はない」

 南條は机の前で止まり、閉じられた画面を一瞬だけ見た。

 何を見ていたのか気づいたのか、気づかなかったのか分からない。

「第二区画の補給は」

「更新済みです」

「南米側の予備回線」

「二本確保。三本目を調整中です」

「そうか」

 それだけ言って去るかと思った。

 だが南條は一拍だけ置く。

「休憩は取れ」

 ユリは少しだけ目を上げた。

「大丈夫です」

「大丈夫そうには見えん」

 声は低い。

 けれど啓介や一真に向ける時より、ほんの少しだけ柔らかい。

「……はい」

 ユリが頷くと、南條はそれ以上何も言わずに離れた。

 その後ろ姿を見ながら、一真が小声で言う。

「南條さん、お前にはちょっと甘いよな」

「そんなことない」

「あるって」

「ない」

 言い切ったものの、ユリ自身にも少しだけ分かっていた。

 南條は昔から、自分にだけ少し言葉を選ぶことがある。

 理由は分からない。

 分からないまま、ずっとそうだった。

     ◇

 大型モニターに、南米案件の詳細地図が展開される。

 施設番号。

 分類コード。

 検査系統。

 搬送ライン。

 その数字の並びを見た瞬間、ユリの指がまた止まった。

 S-07 / LATIN AMERICA / FACILITY

 胸の奥がひやりと冷える。

「……嫌」

 思わず漏れた声に、自分で驚く。

 数字を見ただけだ。

 なのに、その並びが妙に気持ち悪い。懐かしいようで、触れてはいけないもののようで、身体だけが先に拒んでいる。

 白い廊下。

 閉じる扉。

 消毒液の匂い。

 定期検査の日の静けさ。

 そこまで浮かんで、また消えた。

 記憶そのものは出てこない。

 でも確かに、何かが身体の奥に残っている。

 南米第七施設。

 その名は、知らないはずなのに妙に近い。

     ◇

 出動準備は、本格化していた。

 ユリは最後の確認へ入る。

 啓介と一真の認証コード、通信設定、現地優先度。

 一真は相変わらず落ち着きがない。

「俺の認証、もう通ってる?」

「通ってる」

「弾薬補充は?」

「済み」

「啓介の方が先?」

「あなたの方が後」

「ひどいな」

「事実」

 一真は笑って端末を閉じた。

 その笑い方が昔と変わらなくて、ユリは少しだけ息をつく。

 啓介が前に立つ。

 ユリは画面を見たまま、今度ははっきり言った。

「今回は、本当に嫌な感じがする」

 啓介は短く返す。

「分かってる」

 その一言は短いのに、思ったより重かった。

 ユリは顔を上げる。

「……戻ってきて」

 一真が隣で何か言いかけたが、結局黙った。

 啓介はユリを見たまま、一度だけ頷く。

「戻る」

 それだけ残して、二人は区画を出ていった。

 扉が閉まる。

 内勤区画の音は止まらない。

 端末も、表示も、指示も、世界の流れも止まらない。

 それでもユリだけは、モニターの赤い文字から目を逸らせなかった。

 南米第七施設

 胸の奥のざわつきの名前を、ユリはまだ知らない。

 ただ、それがいつもの不安ではないことだけは分かっていた。

 昔から、自分のすぐ近くにあったはずの何かが、今また動き出そうとしている。

 けれどその正体は見えない。

 ユリは小さく息を吐き、端末へ手を戻した。

 啓介や一真の後方支援。

 今の自分にできるのは、それだけだ。

 そう思いながらも、モニターの赤い文字だけは、最後まで胸の奥から離れなかった。

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