第25話 隠された記録
TAIDA本部の情報管理区画では、前日から続く記録整理がまだ終わっていなかった。
南米第七施設に関する詳細記録。
AS-01の黒血反応資料。
SP-07の再照合記録。
それらは、一般端末から一つずつ姿を消していた。
削除されたように見える。
だが、実際には違う。
職員が端末を操作する。
「第七施設関連、上位保管サーバーへの移管を確認」
「AS-01黒血反応資料も完了しています」
「SP-07関連は」
「照合記録を含め、移管済みです」
大型モニターに処理状況が並ぶ。
南米第七施設詳細記録。
移管先、第零保管サーバー。
AS-01黒血反応資料。
移管先、第零保管サーバー。
SP-07再照合関連記録。
移管先、第零保管サーバー。
上席職員が言った。
「一般検索からの参照は完全に切れ」
「了解」
「関連履歴も、必要な範囲だけ残せばいい」
「処理します」
画面上の記録が次々と整理されていく。
表の端末からは消える。
だが、消滅したわけではない。
TAIDAが守りたい記録だけが、
より深い場所へ移されていた。
◇
ユリは医療監視室の補助端末に向かっていた。
表向きは、啓介の経過観察データの確認。
だが、本当に見ていたのは別のものだった。
前日、自分が確かに見た記録。
SP-07。
A-Prime。
母胎適合候補。
保持理由。
次世代適合計画に必要。
もう一度検索する。
SP-07関連記録。
結果はすぐに返ってきた。
該当記録なし。
ユリは表情を変えず、入力を変える。
A-Prime照合。
母胎適合候補。
次世代適合計画。
結果は同じだった。
該当記録なし。
ユリはそこで検索を止めた。
昨日と同じことをしても、同じ壁に当たるだけだ。
記録そのものが出ないなら、
記録が消える直前に何が行われたのかを見る。
ユリは処理履歴の照合へ切り替えた。
いくつもの履歴が弾かれる。
権限不足。
閲覧対象外。
照合不可。
それでも、細い痕跡が一つだけ残っていた。
SP-07関連記録。
移管処理完了。
処理番号、M-0007。
ユリの指が止まる。
「移管……」
削除ではない。
どこかへ移された。
ユリは処理番号を軸に、別の履歴を検索する。
数秒後、画面に新しい記録が出た。
AS-01黒血反応資料。
移管処理完了。
処理番号、M-0007。
ユリの呼吸が浅くなる。
続けて、もう一件。
南米第七施設詳細記録。
移管処理完了。
処理番号、M-0007。
ユリは画面を見つめたまま、しばらく動かなかった。
自分の記録だけではない。
啓介の黒血。
南米第七施設。
すべて同じ処理番号で動いている。
「別々に消されたんじゃない」
小さく呟く。
「まとめて移された」
さらに処理先を開こうとした。
だが、画面はすぐに切り替わる。
閲覧権限がありません。
ユリは一度、息を整えた。
もう一度、移管履歴の端を追う。
表示はほとんど伏せられていたが、
短い文字列だけが残っていた。
第零保管サーバー。
ユリの目が止まる。
一般端末から直接検索できない。
通常の記録管理階層にも存在しない。
それでも確かに、移管先として表示された。
「第零保管サーバー……」
その瞬間、画面が閉じた。
接続終了。
照合履歴の閲覧を停止します。
ユリは保存できなかった。
だが、必要な言葉は覚えた。
◇
啓介は監視付きの待機室にいた。
精密検査は終わった。
だが、単独行動の制限は解除されていない。
扉の外には監視員。
天井には小型カメラ。
端末には、自身の検査結果が簡潔に表示されている。
AS-01黒血反応。
低位安定。
運用検証対象への移行審査中。
啓介はその文字を見つめていた。
治すためではない。
使うために残されている。
扉が開いた。
ユリが入ってくる。
監視員が確認する。
「医療確認ですか」
「AS-01の経過観察データを確認します」
ユリは淡々と答えた。
監視員は端末を確認し、入室を許可した。
扉が閉まる。
啓介が顔を上げる。
「何か分かったか」
ユリは声を抑えた。
「記録は削除されてなかった」
啓介の目が変わる。
「移されたのか」
「うん」
ユリは続ける。
「私の記録。あなたの黒血資料。南米第七施設の詳細記録」
「全部、同じ処理番号で動いてた」
「行き先は」
「第零保管サーバー」
啓介はすぐには言葉を返さなかった。
自分の黒血と。
ユリの過去と。
第七施設の記録。
TAIDAは、それらを同じ場所へ集めている。
「同じ案件として扱ってるってことか」
「少なくとも、TAIDAはそう見てる」
啓介は端末上の自分の検査結果へ目を向ける。
「偶然じゃなさそうだな」
ユリは小さく頷いた。
「まだ中身は分からない」
「でも、何を追えばいいかは見えた」
「第零保管サーバー」
「うん」
そこまで言った時、扉の外から監視員の声が入った。
「医療確認は五分までです」
ユリはすぐに表情を戻した。
「分かっています」
啓介は低く言った。
「そこへ触れる方法が必要だな」
「そうなる」
ユリの返事は短かった。
◇
一真は保管区画の受付端末を操作していた。
前日、南條が廃棄を止めたGRAVEの外殻片。
その後の扱いを確認するためだった。
端末に状況が表示される。
BR-01外殻片。
廃棄処理、保留。
再照合対象。
本日二十二時、第零保管室付属解析庫へ移送。
一真の眉が動いた。
「第零保管室……」
見慣れない区画名だった。
さらに画面を見る。
移送管理番号、M-0007。
一真はすぐに端末から離れた。
◇
ユリが待機室を出てしばらくしてから、
一真が連絡通路で啓介と合流した。
「ちょうどよかった」
一真が言う。
啓介は足を止める。
「どうした」
「鬼塚の外殻片が今夜移される」
少し遅れて来たユリが反応する。
「どこへ」
「第零保管室付属解析庫」
ユリの表情が変わった。
「処理番号は?」
「M-0007」
その答えで、ユリは確信した。
「同じだ」
一真が眉を寄せる。
「何が」
「私の記録も、啓介の黒血資料も、第七施設の記録も」
「全部その番号で、第零保管サーバーへ移されてる」
一真は短く息を吐いた。
「鬼塚の外殻片も、同じ扱いか」
ユリは頷く。
「データはサーバーへ。外殻片は、その管理区画へ移送されるんだと思う」
啓介が言った。
「外殻片を追えば、その区画の場所が分かる」
「たぶん」
ユリは答えた。
「第零保管サーバーそのものには触れられない」
「でも、それを管理している区画がどこかは確認できるかもしれない」
一真の目に火が戻る。
「なら追う」
啓介も頷いた。
「中には入らない。まずは場所だけ掴む」
「分かってる」
ユリが言う。
「今夜、移送が始まる時刻に合わせる」
◇
二十二時が近づく頃、TAIDA本部の人の流れは少し落ち着いていた。
全体が眠るわけではない。
ただ、昼間より監視の目が分散する。
ユリは補助端末で、保管区画周辺の通行予定を確認していた。
BR-01外殻片の移送経路は、通常の表示には出ない。
だが、一時封鎖される通路と警備配置の変更を見れば、おおよその流れは読める。
「保管区画から地下搬送路へ移る」
「その先は表示されない」
一真が言う。
「分かりやすいな」
啓介は周囲を確認した。
監視員の交代直後。
この数分なら、不自然なく動ける。
「行くぞ」
三人は距離を取りながら移動を始めた。
◇
保管区画の出口で、固定ケースが運び出された。
先頭に警備員が二人。
中央に、厳重に封印された搬送ケース。
後ろにも職員と警備員がついている。
一真の視線がケースに止まる。
あの中に、鬼塚の外殻片がある。
拳に力が入った。
啓介が小さく言う。
「今は見るだけだ」
一真は低く返した。
「分かってる」
搬送班が通路を曲がる。
三人は離れて後を追った。
通常の保管区画を抜ける。
職員用通路を進む。
やがて、壁の一部のように見えていた扉が開いた。
奥には、専用搬送路が続いている。
ユリが足を止めかける。
「この通路、一般案内には出てこない」
一真が答える。
「最初から隠してるんだろ」
啓介は前方から目を離さない。
搬送班は専用リフトへ進んだ。
職員が認証を通す。
ケースが中へ入る。
リフトは下へ降りていった。
ユリは端末で電力使用履歴を確認する。
「地下四層より下」
「階層すら通常案内にないのか」
啓介が言う。
「ない」
ユリは短く答えた。
◇
三人は別の整備通路を使い、下層側の視認位置へ回った。
完全に近づくことはできない。
だが、移送先の表示だけなら見える。
通路の先に、大型の隔壁があった。
そこに刻まれている。
第零保管室。
搬送班が隔壁前で止まる。
認証が通る。
重い扉が開く。
ケースが奥へ運び込まれていった。
鬼塚の外殻片が。
そして、その区画が管理する第零保管サーバーの向こうに、
啓介とユリに繋がる記録がある。
ユリは隔壁を見つめた。
「ここが、管理区画……」
一真が低く言う。
「やっと場所は分かったな」
啓介は目を逸らさない。
「次はどうやって中に入るかだが。」
その時、天井近くの監視カメラがゆっくり向きを変えた。
ユリがすぐに気づく。
「戻って」
三人は即座に身を引いた。
警報は鳴らない。
誰かが追ってくる気配もない。
だが、完全に見られなかったとは言えなかった。
「ここまでだ」
啓介が言う。
三人は来た通路を戻った。
◇
一真が本部中央通路へ戻ったところで、声をかけられた。
「どこへ行っていた」
南條だった。
一真は足を止める。
「眠れなかったんで、歩いてただけです」
南條は黙って一真を見る。
その沈黙が長かった。
「何ですか」
一真が言う。
南條は低く返した。
「見つけたものに、すぐ手を伸ばすな」
一真の表情が変わる。
「……何の話ですか」
「今のお前たちは、目立ち過ぎる」
一真は苛立ちを隠さなかった。
「なら、何もせずに見てろってことですか」
「動くなとは言っていない」
南條は静かに言った。
「動く時を間違えるなと言っている」
一真は南條を睨んだ。
「何を知ってるんですか」
南條は答えない。
それ以上は何も言わず、一真の横を通り過ぎた。
一真はその背中を見送る。
南條は、零室のことを知っている。
少なくとも、自分たちが何を追っているのかを察している。
だが、それが味方としてなのか。
別の意図によるものなのか。
まだ分からなかった。
◇
深夜。
啓介、ユリ、一真は、短時間だけ連絡通路で顔を合わせた。
長く話す余裕はない。
ユリが言う。
「記録は、第零保管サーバーへ移されてる」
「その管理区画が、第零保管室」
一真が続ける。
「鬼塚の外殻片も、そこへ入った」
啓介は二人を見る。
「なら次は、第零保管室に触れる方法を探す」
ユリは頷いた。
「サーバーに直接入るには、あの区画の管理端末が必要になるはず」
一真が低く言う。
「つまり、扉を開ける方法を探すってことだな」
「そうなる」
啓介は静かに言った。
「あそこに集められたものを、TAIDAの都合で閉じたままにはさせない」
三人の間に、迷いはなかった。
消されたように見えた記録は、消えていなかった。
TAIDA本部のさらに奥へ、移されていた。
そして三人は、その管理区画を突き止めた。




