47 駆除活動
魔族というのは、本能的に美しいものが大好きなのだそう。そのせいか、シュベルクランは今まで見たどの国より建物の芸術性が高く、衣服も華美。
魔導具も普及していて、平民の生活水準も高かった。
それでもまだトイレは汲み取り式で、水は井戸ね。ただし井戸は手押しポンプで、つるべ式だったグランヒュームより断然楽ではあるんだけど。
話は逸れるけど、我らが芸術家のリガルさんは、シュベルクランのとある貴族邸に監禁され、戦争画ばかり描かされる生活に嫌気がさした。そしてその貴族の邸を大破しアオリハへ行ったそうなの。約百二十年ほど前の話。フェイ族の悪名を轟かせるのに一役かった事件だったとのこと。
そんな事をセシリア妃に聞きながら、わたしは、人間の手ってこんなに速く動いていいものなのかなぁって、目の前の二人を見ているのよ。
リリーティア妃とリガルさん。
リリーティア妃はSSレベルの裁縫スキルをお持ちで、明日の計画のために猛スピードでわたしのドレスとアシャールさんの衣装を縫ってくれている。
わたしはスキルちゃんに、ごくシンプルなワンピース……いわゆるアッパッパを造ってもらえばいいかと思ったのだけど、奇跡の真珠を身につけるのにそれでは駄目だと猛反対されて、今に至るのよ。
「善い、善いわ、この布地、ものすごく触り心地が良いわね。腕がなるわ!!」
「色も綺麗に染まったよね! おいらもこの布地で寝衣作りたい!!」
「まあ、贅沢ですわ」
すみません。ネコノメではその贅沢やってます。
リリーティア妃が縫い終わったアシャールさんの服に、これまたリガルさんが超高速で刺繍を、下図も無しに、刺していく。リガルさん、ほんとに何でも出来るのね……。
二人に渡した布地はもちろんキンマユガシルク。隣の部屋では、マリーシェラさんが、自分達のドレスから奈々美さんに似合う物を着せ替えしながら見繕っていた。
わたしはキンマユガ真珠の中でも、身につけるには大きすぎるのではと思っていた、手の親指と人差し指で輪っかを作ったくらいの大きさのものを、スパッと半分に切って、それぞれタラ山で採取した魔宝石も使って強そうな首飾りを二つ造った。
半球の真珠の周りを鮮明な青緑色、あたたかなピンク色のローズカットした魔宝石でそれぞれ取り巻き、さらに両方ともその周囲をギリギリ透明感を保った、黒に近いグレー色の魔宝石をテーパーカットにして取り巻いた。地金はもちろん星の金なのです。
明日は後宮の皇妃ホイホイとなるために、この首飾りを身につける、わたしとアシャールさん。皆さん上手く食いついてくれると良いんだけど……。
――なんて心配は、全く必要ありませんでしたね。
お祝いのささやかな食事会は、美しく整えられた離宮の庭園で、問題なく開催されて問題なく目的を達成しつつある。
女性が多いので、用意された食事もフォーク一つで食べれる軽食ばかり。小さく切ったサンドイッチや、スティック野菜に、木の実とキノコの餡を生地で包んで蒸したもの、サイコロステーキ、そして籠いっぱいのバターロールパンに香ばしい焼き菓子。
わたしとピホはまず、写真を撮りまくった。わたしは日記用に、ピホはライトモに上げるためにですね。
ライ様の祝福で言語に不自由しないとはいえ、字は書かないとやっぱり書けないままなので日記を書くことにしたんですよ。主に食事日記。これだと書くものに悩まないでしょ。
「懐かしいわ……この柔らかいパンはうちに伝わるものね」
リリーティア妃は優雅にバターロールをちぎって、口に入れる。
セシリア妃も笑顔になった。
「美味しい!! バターもミルクも質の良いもの使っているわね」
「ムっきゅう」
褒められたのがわかって、材料提供者のムウさんはご機嫌である。パタパタ飛んできたところを、ナデナデする。
毛質が柔らかく良い香りするので、セシリア妃もマリーシェラさんもムウを抱っこするのが大好きだ。いまもセシリア妃のところから戻ってきたのよ。
「まさか姉上、もう作り方を忘れたなどとは言いませんよね?」
「忘れたわよ。この子達の父親は、外側がパリッとした、粉、水、塩で作るパンが好きだったし、ここではそもそも料理をしないものね」
そんな姉弟の会話を聞いてる間に、目の端に、そう遠くない庭園の樹木の間から、パパァと素材採取スキルちゃんの光と、驚いて逃げていく女性の後ろ姿が見える。
これで何人目かな?
平民の分際で……っていうの、ちょと期待してたんだけど、みんなスキルちゃんの光に驚いて逃げるんやちゃ……。
「今の方で十四人目……最後なのですわ」
マリーシェラさんが、安堵の表情を見せた。
流石に件の主犯者である正妃様は現れなかった。平民出身のリリーティア妃にわざわざ会いに来るような気さくな方ではないということだそうです。
「そっか良かった。それじゃあ後は神官さんたちの治癒でなんとかなるわね」
「カオリコさん、本当にありがとうございます。私ようやく……」
マリーシェラさんはそう言うと、そのままわたしの腕にしがみついて、顔を埋めた。
リリーティア妃もわたしに、頭を下げた。
「カオリコさん、ありがとう。私達以外の皇妃はこの国の貴族の家門の方ばかり。こんなことで皇妃達が命を落としていたら、最悪内乱の種になっていたところよ」
「わたしは偶々、自分が出来ることがあったからしただけですよ。でもそれも、リリーティア妃達が普段からなんとかしたいと頑張ってたから、異常事態に気づけたのです。だって普通はなさらないものなんでしょう? あんな風に苦しんでいる皇妃達を離宮でお世話するなんて」
「……そうね。私はこの国と皇帝陛下に保護していただいた恩があるもの。出来ることはしておきたかっただけよ……。戦にせよ災害にせよ、もう家族を亡くすのも暮らしていく場所を無くすのも嫌だったの」
その表情には、女の身一つで娘達を守ってきた苦労が透けて見えた。
「弟を助けてもらっただけじゃなく、後宮も助けてもらったわ。カオリコさんには何を返せば良いのかしら……」
「もう頂いてますよ! この素敵なドレス! わたしはファッションに疎いので、綺麗に見えるドレスは嬉しいです。もしかしたら、今後また着なきゃいけない機会もあるかもだし」
リリーティア妃は苦笑いした。
「ドレス一着で済む恩ではなくってよ」
「……わたしは両親が歳をとってから生まれた子でした。ここに来る数年前からそれなりに年老いた両親を看取って一人ぼっちになったんです」
正確には兄も居たけど、わたしが生まれた時には東京で就職をして地元に戻ってくることは無かった。母の介護も父の入院にも知らなかった歳の離れたほぼ他人の兄とは、葬儀後に遺産相続放棄の手続きをしてもらう時に、初めて顔を合わせた。当然、その後顔を合わせるような交流はない。
「だから、今沢山の仲間や新しい親族ができたことが、何よりのご褒美なのです。もしリリーティア妃やセシリア妃が……まだお会いしてない息子さんも、この国で生きづらいと思ったら、ネコノメに来てください。もちろん、ただの気分転換に遊びに来てくださっても良いですよ。ねぇ、アシャールさん?」
「まあ、そうですね。そうしても構いませんよ」
後宮寄生虫魔物事件に関しては、マリーシェラさんが、発端となったお茶会から、わたしの鑑定結果までをまとめて、皇帝陛下に報告することになった。
報告してくれるのはリリーティア妃だけど、報告書をまとめるのはマリーシェラさん。
「マリーシェラさんの働き過ぎが心配だわ……」
マリーシェラさんの週休二日の一日目がほぼ仕事の延長のように過ぎてしまった。
「心配いりませんよ。マリーシェラはああいった仕事が得意なんです。私達が積極的に慈善事業に力を入れていたのも、マリーシェラの提案だったんですの」
無事に害虫駆除をやり切って、庭園の片付けも終えて、わたし達は初めて離宮に来た時のお部屋で寛がせて頂いていた。既にリガルさんはミケ子を抱えてソファで寝ている。ミケ子は何か諦めた顔をして、尻尾をぱたんぱたんと振ってるわ。
そしてアシャールさんは寄生虫魔物の入った瓶を真剣に見ていた。
「こういう魔物を改造したものを作る地下組織が、このシュベルクランから北の大陸、ロンダリウム王国にあります。入手経路はそこでしょうね」
セシリア妃はため息を吐く。
「それが本当でしたら、正妃様はずっとこの国と敵対関係にあった国と、表沙汰にできない取引をしたということですわ……流石に今回は陛下も看過できないわね」
この魔物達に関しては、スキルちゃんに小さいサンプル瓶を造って貰って、証拠品として数体ずつ提出した。特に卵のやつは、瓶に特殊加工して液体に入れたものも造って、透明になっていても、瓶を振れば一分ほど卵が蛍光して見えるようになっている。仕組みはスキルちゃん任せだからよくわかんないわ。
「この寄生虫魔物達なら、罪悪感なくスキルちゃんでも改造可能か分析や実験ができるわね……」
地下組織とはいえ、こんなヤバいものが流通してるなら、スキルちゃん達がしっかり対処出来るようにしとくに越したことはない。改造された魔物など、スキルちゃん達の経験値になれば良いのであると、開き直って実物を確保しておいた。
「もう帰ってしまわれるの?」
残念そうなセシリア妃に、わたしは頭を下げる。
「わたし達はとりあえずリガルさんのアトリエとか造らないといけないので……何かあったら、遠慮なく連絡して下さいね。あ、これ追加のキトキトコンビのご飯なので、奈々美さんに渡して下さい」
「ええ、わかりましたわ」
こうして当初のアオリハ行きメンバーは、ネコノメに帰ることにしたのですよ。
ところが……。
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