45 皇妃の叫び
マリーシェラが持ち込んだスマホは、宮廷で買い取って販売することになった。
マリーシェラは早速使い方を皇帝や皇子達に教える。
奈々美は自分がここにいて良いのかなと思いつつ、テーブルの端で出された紅茶のおかわりをいただいていた。
事前に馬車の中でマリーシェラから、第一皇子は反正妃派と聞いていた通り、想像したほど皇子二人の仲は悪くない様子。そしてマリーシェラの弟の第二皇子は、激しく無口だった。挨拶を交わした時も、頷いただけだったし。
華やかな皇妃達やマリーシェラに比べると、父親似の暗い紫紺の髪に長めの前髪はどことなく陰気に見えた。スラリとしたカラン皇子と比べて背も高く、体格も良い。なんか怖そう。
それが、第一印象。
「ほらエリドゥ、あなたもライトモのアカウントを作っておいて。何かあったら連絡取りやすいように」
「マリーシェラ姉上は平民になるのだ。皇子である私と容易く連絡が取れる身分ではないだろう」
そして奈々美が初めて聞いた、第二皇子の声がこれだ。ちょっと愕然とした。
だがマリーシェラは慣れているのか、にっこり笑って勝手に弟のスマホを弄ってアカウントを作って友達登録した。それから奈々美に小さく笑って言った。
「あれは、平民になって護衛も後ろ楯もなくなるのに、自分と関わって正妃に狙われて欲しくないって意味なのよ」
「なるほど……。そういうことでしたら、この国にいる間はなるべく私が側にいて護衛になるようにします」
そう言った奈々美に、エリドゥ第二皇子は軽く頭を下げた。
怖そうとかネガティブな印象を抱いたことを、奈々美は反省した。そして印象を塗り替える。ツンデレか。
✴︎ ✴︎ ✴︎
『アオリハでの用事が終わったので、帰ろうと思うけど、そっちと合流した方がいい? 尚、もれなくリガルさんがついてきます』
わたしはアオリハの市場からネコノメのグループトークに投稿した。
リガルさんも収納スキル持ちなのか、手荷物は無い。わたしはアシャールさんの手を握り直して、野菜の種の物色を再開した。せっかくだから、そっちの農園も作って管理してもらうの。フェアリーレイスさん達に。アシャールさんもスパイス系の種を見てるしね。
リガルさんは、逃がさないとばかりにしっかりとアシャールさんの服の裾を握っているんだけど、なんだかお店の人達からは親子連れに思われてそう。視線がなごやかだもの。900歳児リガルさん……ちょっと微妙やちゃ。
パナマ草やヴァレ、そのほかのイスタリオ産植物農園は地平線が見えそうなくらい大きなものになっているけど、家庭菜園の方は、自分達で消費する範囲の規模で良いわよね。
あっ、そうやわ。ワイバーンの素材を売らないと!
『ワイバーンの素材売るの思い出したから、一旦シュベルクランの皇都の冒険者ギルドに寄りますね』
わたしはトークを追加した。
即マリーシェラさんから返信がくる。
『離宮に来ていただけませんか? 早急にご相談したい案件があるのです』
なんだか切羽詰まった感じがして、わたし達はすぐに向かう事にした。
ミケ子とピホの移動スキルで、マリーシェラさんのところに移動した途端に、別の部屋から、女性の苦しげな叫び声が聞こえてきた。
「痛い痛いもういやぁ! あぁぁぁぁっ!」
ネコノメの清潔な環境に慣れた鼻は、敏感に微かに漂う血の匂いに気づいた。
ここは先日訪れた、シュベルクランの離宮のようだけど、目の前にいるのはマリーシェラさんだけ。
「あぁ、カオリコさん! 先日飲ませて頂いたヴァレ茶を二人分用意できますか?」
マリーシェラさんが、わたし達に気づいた途端に、慌てて聞いてきた。
「あの苦しそうな声、怪我人ではなく、もしかしてお産ですか?」
一応確認しておく。身近にいなかったから、妊婦さんが飲んで大丈夫か鑑定で確認しないと。うん、大丈夫みたい。
「いいえ、違うんです」
マリーシェラさんは、はらはらと涙をこぼしている。
「あの時、私がもっとはやく気づけば……そしてもっと勇気があれば、このようなことには……」
「香子さん!!」
勢いよく部屋の扉が開いて、奈々美さんが入ってきた。
「カップ持ってきました。すみませんが、急いでヴァレ茶をお願いします」
嘔吐した人のお世話をしたのか、奈々美さんのチュニックから微かに酸い臭いがする。
女性の叫びは今も聞こえてくる。
何もかもわからないわ。
「ヴァレ茶で大丈夫なの?」
「ヴァレ茶なら、一旦痛みを軽くして眠らせられるんじゃないかと……」
使用人達に指示をするセシリア妃と慌ただしく動く人々の気配がする。
「治癒と浄化は施しましたか?」
アシャールさんが冷静に聞いた。
その間にわたしは奈々美さんが持参したカップにヴァレ茶を淹れて、追加のヴァレ茶を星の金の保温ボトルに入れる。
マリーシェラさんは、わたし達にソファへ座るよう促すと、状況を説明してくれた。
「今あちらの部屋にいらっしゃるのは、第二皇妃様と第九皇妃様ですの。今日は私達、皇宮でスマホについてお話ししてましたけど、二人の皇妃様の流出期間が始まって、急遽奈々美さんにお願いして、こちらに運んでいただきましたの」
流出……フェイ族では生理のことをそう言うんだっけ。
「え? それじゃあ、陣痛とかじゃなくて生理痛?」
人によってはかなり苦しい人もいるとは聞くけど、わたしは我慢出来る範囲の痛みしか知らないので、こんな叫び声が聞こえる現状に素直に驚いた。
マリーシェラさんは頷く。
ことの起こりは半年前。
後宮の皇妃全員を集めたお茶会があったそう。主催は正妃シアンヌ様。
皇帝の妃が一堂に会するのだからと、厳重に正妃の実家の公爵家の騎士が、周囲に配置されたお茶会だった。
ところが、そのお茶会で出されたお茶がおかしい。鑑定スキルでそれはわかったが、具体的に何がおかしいかまでは鑑定出来なかった。
咄嗟にマリーシェラさんは、はしゃいだふりで隣にいたセシリア妃にぶつかり、二人分のお茶をひっくり返した。マリーシェラさんが普段しない粗相に、リリーティア妃も何か勘づいて丁寧に謝罪し、娘達を躾け直して来ますと、三人揃ってその場を脱したのだ。
その後、残った皇妃達は、正妃以外皆、皇帝と夜を過ごすことを嫌がりはじめた。リリーティア妃が皇帝に相談されて親しい皇妃の何人かに尋ねると、皆一様に皇帝との夫婦の営みで、激痛がするようになったこと、そうして月のもの際には内臓を裂かれるような苦痛に襲われるのだという。しかも段々と症状がひどくなり、今や後宮は皇妃達の苦痛の叫びが聞こえぬ日の方が少ないらしい。
「この国の高名な聖女や神官に依頼して、治癒や浄化を行なっても貰いました。でも全く効果がないのです。あの時、私がもっと上手く立ち回れていたら……」
アシャールさんは冷静に言った。
「治癒も浄化も効かないとなれば、病か毒のどちらかでしょうね。この場合はお茶会で出されたお茶が、鑑定スキルに引っかかっているなら、毒と考えるのが妥当でしょう」
毒……そのお茶会の紅茶に毒が入っていたというのは、確かにありえそう。でも。
「よくわかんないけど、毒ってそんな都合よく特定の器官に特定の期間だけ悪さするものなの? わたしちょっと鑑定してくるわ」
マリーシェラさんは、わたしを見た。
「カオリコさんの鑑定スキルのレベルはいくつなんですか? 私はA-3なんです」
「あ、わたしの鑑定なんだけど、他の派生スキルも増えて面倒になったから、素材採取スキル以外は生活魔法スキルとして統合してあるの」
「スキルを……統合??」
そうそう。だからいまいくつだっけ? 例の魔導具造ってまたレベル上がったのよね。
『EX-E1だよー、ららん』
????
そう……USSSを卒業すると、次はEX-Eからなの……まだまだ高みがあるのね……。
「だからスキルレベルは全部EX-E1です」
「EX???」
「EX!!!!」
珍しく呆然と空気になってたリガルさんが興奮した。
「すごいやリコちゃん! おいらUを超えた人に初めて会ったよ!」
「基幹になってるスキルが、平凡な素材収集スキルで、スキルレベルが上がりやすかったからかしら? とにかく行ってきます。男性お二人は一応ご遠慮くださいね」
わたしはマリーシェラさんにミケ子を預かってもらって、ピホを連れて部屋をでる。侍女さんと奈々美さんに案内されながら。
そして数分後、離宮中に女性達の悲鳴が轟いたのですよ。もちろん私も叫んだちゃ。
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