44 スマホ販売します!
金の日、予定通りわたしとアシャールさんはアオリハにいた。
説明はまとめて手短に済ませたいと、アシャールさんは今後の予定も聞かずに、大神官様とリガルさんを連れて冒険者ギルドに向かったがいちゃ。それからそのまま眼鏡のギルド長さんを捕まえましたよ。
そして今、冒険者ギルドの応接室で眼鏡が光っていた。
「何台買える?」
光る眼鏡を一瞥して、アシャールさんはゼニアス大神官様に微笑んだ。
「どうしますか大神官様。私達が神殿に売って、それを冒険者ギルドに売ることも出来ますよ」
「そうさのう。その場合にはいくら上乗せするのが適切かのう」
「どうぞ、お好きなだけ」
「フフフ、相変わらずお主は悪よのう」
「ちょ、待って! 神殿通さなきゃダメ? 奥さんから直接買えないの?」
「え? なにこの映像……! ピホくんにいきなり歌わされたと思ったら…… ……あ、……あぁ! リコちゃんこれ、ゼルヴァスヘルベイン!! え? リコちゃんやっつけちゃったの? う……うえぇぇん」
あっ、あっ、リガルさん泣き出しちゃった。
それを見て、地図アプリや電卓アプリばかり見てた大神官様とギルド長さんも、慌ててライトモを開く。
わたしはリガルさんにハンカチを渡した。キンマユガの糸をガーゼにして、縁にピコレースのついた作ったばかりのお気に入りだが、ハンカチはいつも最低二枚携帯してるので問題なし。
「あ、この『ネコノメ(公式)』っていうやつです『猫の目』は冒険者パーティ用なので投稿はこれからですね」
「どこの国にも属さない私有地〈ネコノメ〉の平和的な生活を発信。所有者夫婦とその仲間たちが暮らしてます? 奥さんあんたらシュベルクランに行ったんじゃなかったのか?」
「購入しようと思ったシュベルクランの土地を、どういうわけかアシャールさんがタダで貰っちゃって……」
「……ああ、わかった。深く考えねぇよ」
その間も、うえんうえん泣いてる実年齢最高齢者のリガルさんをチラ見して、ギルド長さんはなんとかしろよとアシャールさんを見る。もちろんアシャールさんは清々しいほど関係ない顔をしているわ。
これが見た目通りの12歳位の少年だったら、飴やチョコでもあげるのだが、残念ながらそんな嗜好品は持たないのよ。今後はクッキーでも焼いて持ち歩くようにしようかな……。
「リコちゃぁぁん」
「はい」
「アシャールと一緒に居てくれて、ありがとぉぉ」
「はい、どういたしまして」
すっかりぐずぐずに目を腫らしてしまっているリガルさんに、スキルちゃんに即席で作ってもらった、冷たいおしぼりを渡す。
リガルさんはちょっと落ち着いてきたようなので、スマホ販売について話を再開するよ。
大神官様はネコノメの投稿を見て微笑む。
「随分と楽しそうだな」
投稿の殆どがピホのものなので、わたしがレイエスと変な会話をしていた時の様子や、キンマユガとハイタッチしながら挨拶を交わしている投稿もある。
「この魔物達も奥さんの? アンデットのレイエスもいるけど」
「いえいえ、ネコノメに住む素材提供者やご近所さんです」
「いや、わけわからんわ。ご近所の魔物とか普通は脅威だろ」
「キンマユガさんは大人しく友好的で、会えば物々交換し合う仲です」
「キンマユガ……!! もしかして、奥さんあれ持ってる?!」
「これですか?」
わたしはキンマユガの、手持ちの中で一番大きな真珠を取り出した。ギルド長さんの眼鏡がギラリと光る。
「いくらだ?」
わたしはにっこり微笑むと、そのまま大神官様に渡した。
「ライフォート様の神像の飾りにご使用下さいませ」
ここの神殿は、この大陸中で唯一主神のみを祀る大きな神殿なのだそう。お世話になっているライ様のためにも、寄進は惜しまないのです。
「これはこれは。主も大いにお喜びになりましょうぞ」
「奥さん〜」
「美しいものを見て、まずその美しさに感嘆するより、金額に換算するようではダメですよー」
「くっそぉ」
「ぐす……リコちゃんこのハンカチ、すっごく肌触り良いね。ごめんね、高価なものなのに、おいらくしゃくしゃにしちゃった……」
ぱんぱんの目をしてそんなこと言うので、わたしはおしぼりを交換して冷え冷えのを渡す。
「なーんですよ。お洗濯は得意なので気にしないでくださいね。それにそのハンカチはスキルちゃんが作ってくれたので、高価でもないんです」
「リコちゃん……リコちゃんのスキルはめちゃくちゃレベルが高いから、それで作ったものはもう、それだけですごい価値なんだよ! このハンカチ、何で出来てるの?」
「えーと、キンマユガの繭の糸から……」
「ほら! このハンカチはもうリコちゃんじゃないと作れないものだよ! リコちゃんは自分の価値をわかってない! このままじゃきっと眼鏡をかけた悪いやつに騙されちゃうよ。こんなの放っておけない! 心配だから、おいらもネコノメで暮らす!」
あっ、それ、唯の言い訳やちゃね。本音は単にネコノメに来たいんですね。
「えーと、リガルさん、工房のお仕事どうするんですか? 絵の具とかそういうのも、ネコノメでは手に入りませんよ?」
「そんなのピホ君と買い物に行けばいいだけだよ! おいらちょっと工房に行ってくるから待ってて!」
あっという間にリガルさんは出ていく。良いの?
わたしはアシャールさんを見た。
珍しくアシャールさんは、深いため息をついていた。
「あれは止めても無駄です。隣にアトリエと寝る場所を作って、高い家賃を取りましょう」
持ち込んだスマホ100台は大神官様に渡すと、そのまま三割増の値段で冒険者ギルドが買い取った。そして大神官様から代金を受けるわたし達なのであった。
✴︎ ✴︎ ✴︎
シュベルクランの皇宮では、マリーシェラの報告を受けて、皇帝グレンドが眉間に皺を寄せていた。その場には、皇帝の他にその息子二人と宰相、そしてリリーティア妃と奈々美がいた。
「リエンダー領から、ティグノルの黒い霧が晴れたと報告がありましたが、まさか本当にゼルヴァスヘルベインを……?」
第一皇子のカランが、マリーシェラを見た。マリーシェラはただ頷く。
リエンダー領は、今はネコノメになった元ティグノルの隣領地。お陰で魔物の出現率が高く、いつでもゼルヴァスヘルベインがティグノルから出てリエンダー領まで来ないかと警戒していた。
皇帝は悔しげに奥歯を噛み締める。
「一体どうやって倒したというのだ……いや、元々そういう算段があったのだな。我ともあろう者が、アシャールめにまんまと嵌められたわけか……っ!」
「いいえ、あれは陛下の英断だったのですわ」
マリーシェラはにっこりと笑った。
「おかげでカオリコさんは、とくにこの国に敵意もなく、ネコノメの暮らしを楽しんでいますもの」
「カオリコ? ああ、アシャールの妻か。あの女がどうしたと言うのだ」
「アシャール叔父様はそれはそれはカオリコさんを大切になさってますの。家を持って農園を作るのがカオリコさんの望みでしたので、もし土地を与えなかったら、この国は大変な損失を被っていましたわ。こちらをご覧くださいませ」
マリーシェラが出した魔導具を見て、宰相が目を見張らせた。
「それは、スマホ!!」
「ええそうです」
「なんだスマホとは?」
「陛下、これはすごく多機能な通信魔導具なのです。私は今回、製作者のカオリコさんから200台預かり、販売するお仕事をいただきましたの。これが今回のご報告の全てですわ。カオリコさんに害が無ければ、アシャール叔父様も大人しいのです。多分」
「多分……か、まあ彼奴も結婚して、多少は落ち着いたようだな」
「はい。ですから陛下、私に監視員としての報酬を下さいませ。それと監視は今回までにさせていただきますわ」
「うむ。後宮に戻ってくるか」
皇帝にとっても、セシリア妃とマリーシェラには実の娘ほどの情はあった。血の繋がりのある子が男子ばかりなので、尚のことだ。勢いでアシャールと一緒に行かせたが、未開の土地の生活は不便ではないかなど、密かにやきもきしていたのだった。
「いいえ。これから真剣にネコノメの仕事に取り組みたいんですの。報告に寄る暇が惜しいのですわ」
「な……なるほど、真面目なそなたらしいな。しかしネコノメは周囲に森か山しかなかろう。生活するには不便ではないか?」
「いいえ、全く」
マリーシェラの様子に、皇帝もこれは止められぬと理解した。
「わかった……そなたの今までの品位維持費の残額を持っていくが良い」
「ありがとう存じます」
マリーシェラは優雅なお辞儀をして、皇帝にスマホの入った箱を渡した。
「こちら陛下に献上するよう、預かってきたものです」
「ほう、夫に似ず、気の利く女性であったか! ……あのように大勢の前で見せ物にしてしまったというのに……」
最後の言葉は、ポツリと呟かれた。
「まさかシアンヌが後宮の妃達ばかりか、あのように大勢の貴族を集めてくるとは思わなんだ……詫びと言ってはなんだが、シュベルクランはネコノメを取り上げるようなことはせぬ。安心して暮らすよう伝えてくれ。くれぐれもアシャールのやつに知られぬようにな」
「かしこまりました」
皇帝の言葉にマリーシェラは微笑んだ。
「しかしシアンヌにも困ったものよ……いくら公爵家から嫁いだ正妃とて、近頃は影で目に余るようなことばかりしでかしておる……正妃の責務がなんたるかも理解しておらん」
皇帝はスマホを手に取って、無意識にライトモを開いた。
現時点で一番動いているネコノメ(公式)アカウントが目に入った。
「なるほど、彼奴の妻はこんな顔をしておったのか……いかにもあの男に騙されるような、素朴で人の良さそうな女性であるな……」
そこには、神獣:猫ちゃんたるミケ子を抱いて、やわとろに微笑む香子の素顔があった。
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