32 シュベルクラン入国前日
当然ながらわたしは翌朝、睡眠不足で調子が出ず、月のものが始まった奈々美さんと二人でヴァレ茶を飲んでお布団でゴロゴロしたり、午前寝したりして過ごした。
ミケ子はわたしに、ムウは奈々美さんに添い寝までしてくれるのだから、ここに天国ありきやちゃ。
「香子さんとアシャールさん、夜中に外にいたんですね。全然気づかなかったです」
「え!?」
「ライトモにスキルちゃん達の投稿がありますよ。フェイ族の翼ってこんな綺麗なんですね。直に見てみたかったです」
慌ててライトモを確認すると、『スキルちゃん達の大仕事です! おかげでまたレベルが上がりました。るるんららん』と、わたしを抱き上げ翼を広げたアシャールさんの写真付き投稿が上がっている。
良かった。変な写真を撮られとらんで。
「とっても綺麗よ。でも確かに普段の生活には邪魔よね」
「これだけ大きいと、どこで広げても邪魔そうですよね。後ろに人がいたら大変です」
わたし達は想像して笑った。
「二人とも起きたのでしたら、昼食にしますか?」
ベッドルームのカーテンの向こうから、アシャールさんの声が聞こえた。
アシャールさんのステータスにはもう衰弱状態の表示がない。それがとても嬉しい、わたしなのです。
✴︎ ✴︎ ✴︎
シュベルクラン皇国の後宮の廊下を、二人のうら若い貴人女性が早足で進む。第五皇妃とその侍女だった。
第五皇妃セシリアが第四皇妃の部屋の前に来ると、扉を守っている女性騎士が一礼して扉をノックする。
「リリーティア妃、セシリア妃がいらっしゃいました」
「通して頂戴」
母の部屋に入り、扉が閉まったことを確認して、セシリアは母親譲りの銀髪を揺らしながら、リリーティアのいるテーブルに近づいた。リリーティアとセシリアは親子にはとても見えず、まるで姉妹のようだった。外見は。
「大変です、お母様。アシャール叔父様が帰還されます」
「……遺体になって?」
リリーティアは、アシャールがグランヒュームの勇者召喚を止めに行った時点で、生きて帰って来ない覚悟をしていた。
あの国は手強いだろうが、フェイ族が本気になれば叩けなくもない。問題は、問答無用でフェイ族を捕らえる神物級の魔導具の存在だった。
しかしセシリアの顔は、涙を浮かべながらも喜びに満ちていた。
「いいえ! マリーシェラが直接アオリハの大神官様に通信魔導具を使って確認しました。生きていらっしゃるそうです! しかもご結婚をされていると! こちらに帰還するのも、ティグノルの地の買取申請を行うためとのことです」
「どういうこと?! それは本当にアシャールなの? いえ、ティグノルを買取ろうなんて考えるのは、あの傲慢莫迦弟しかいないわ……どれだけ無頼をすれば気が済むの!」
リリーティアのメイドが主人のお茶を入れ替え、セシリアにお茶とお菓子を用意する。
「それに結婚ですって? 絶対相手の女性は騙されているのよ! 国境の辺境伯は正妃側だし、弟の巻き添えで相手の女性に何かあったら可哀想だわ」
リリーティアは、しばらく思案して決心した。
「……いいわ皇帝の耳に入れましょう。あの男のことだから、絶対アシャールの妻の顔を見たがるはずよ」
皇帝グレンドは悪い為政者ではないが、なぜかリリーティアの愚弟が関わると駄目になる。プライドの高い男は皆そうだ。無駄に完璧な見た目と優秀な能力を持ち、他者を見下す愚弟を前にすると、落ち着きと賢さがどこかに家出してしまうらしい。
アシャールの美貌に釣り合う女性など、そうそう居ないと思うが、あの弟が見苦しい女性を選ぶとも思えない。
皇帝の目に留まるような女性の場合は助けてやらないと寝覚めが悪いし、そうでなかったら確実に、弟をこき下ろすためにこの程度の女と見世物のように嘲笑われるだろう。
命の危険が低い分、後者の方がマシ。一番最悪なのは、弟が本気で相手を愛していた場合だ。最悪皇帝を殺しかねない。
国を治める気がないものに、皇帝殺しなどされては、リリーティア達がおよそ百数十年この国の発展と治安維持に裏で邁進してきたことが無駄になる。愚弟はそこまで愚かではないはずだが、あの弟が結婚というのは不確定要素がすぎた。
ただでさえ正妃のやらかしで後宮自体が危ういというのに……。
リリーティアは、深く深くため息をついた。
✴︎ ✴︎ ✴︎
そんな姉君の心労など一切考慮しない愚弟ことアシャールさんは、今日もわたし達に美味しいパンと美味しい食事をもりもり食べさせてくれているのだった。
「明日にはシュベルクランの国境で入国審査があります。シュベルクランは他国民の入国に厳しい国ですが、お二人は大神官様の推薦状もあるので大丈夫でしょう。ただ」
「ただ?」
食後のヴァレ茶を飲みながら、奈々美さんは聞き返した。
「魔族は実力主義者で強い者を好みます。主よりもドラゴンを崇拝しているのです。ムウがドラゴンだとバレた時が、少し心配ですね」
「大金積まれても売らないわよ?」
「そうではありません。お前がドラゴンの持ち主に相応しいかどうか試してやるという流れになります。そうして巻き上げるのです」
「……そっち?」
だからアシャールさんが、スキルちゃんを脅してあんな無茶をしようとしたのか。
「ですのでこちらを造りました。主は人の身にあまり強力な加護を与えないようにされていらっしゃるので、スキルちゃん達に造ってもらう予定だった、防御の魔導具です」
小さなダイヤモンドのような、透明に輝く宝石を三つ連ねた一対のピアスを、アシャールさんはわたしの手の平に置く。
ねぇ、この宝石から、めためたアシャールさんの魔力を感じるんだけど、材料はまさか?
ジト、と見つめたわたしに、アシャールさんは「ご安心ください」と微笑む。
「香子エディションな翼のおかげで、羽根を数枚使用するだけで済みました。数枚程度でしたら影響はありませんし、また生えて来るものですから、私は一切損なわれていませんよ」
「そういうことなら……アシャールさん、ありがとう」
わたしは早速ピアスを付け替える。日本で買った小さなルビーのピアスは、思い出の品として空間収納にしっかり仕舞う。キャッチがガバガバになってきて、いつか落とすかもしれないと思っていたので良い機会だわ。
アシャールさんのピアスの金具はノクレイだろうか、フック型だけど抜けて落とさないようにフックの先を引っかける所がある。
「奈々美さんの分はないの?」
「奈々美さんのスキルは攻防を兼ねたものなので、多少攻撃を受けた方が防御力もスキルのレベルも上がります。主の加護以上のものは寧ろ邪魔ですね」
スマホには鑑定アプリも付いている。奈々美さんは、わたしのピアスをアプリで確認して、納得したように頷いた。
「ライフォート様の加護と連動して絶対防御とカウンターが発動する仕組みになってますよ! すごい安心です!」
わたしは、真顔で付けたばかりのピアスを外すと、アシャールさんに返した。
「カウンターじゃなくて捕縛とかに変更してくださいな。もし相手が死んでしまったら、後始末も困るし取れるものも取れなくなってしまうでしょう?」
証拠とか情報とかそういうのね。
それにこれ、対人用を本命に想定されてるんでしょ。むしろ魔物とかはついでなのよね。だったらそこで死なれては、自業自得とは言え、わたしの精神衛生上に大変よろしくないがいちゃ。
「なるほど。流石我が妻、敵を排除するだけでは足りなく、利益を得たいということですね素晴らしい。それに捕縛してしまえば、合法的に財産をぶん取ることも、ピホの下僕にもできますしね」
上品かつ悪い微笑みをアシャールさんは浮かべますよ。
あれ? わたしは道徳的にして平和的な方法を提案したつもりだったのに、どういうことなの。
アシャールさんが魔導具の改良をはじめたので、午後の休憩にわたしは馬車内の掃除を始める。キトキトコンビは綺麗な水場を見つけるのが本当に上手く、幾つも滝が流れる絶景の前に馬車は着いた。
以前採取した魔導士のスキルの中に、地図作成スキルとそこから派生したマッピングスキルがあったので、それを利用して地図アプリを作ったのよ。
わたしに採取されたスキル達は、わたしのスキルレベルに合わせた範囲で利用可能みたい。
つまり採取元のレベルに依存せず、すべてスキルちゃん達と同じレベルで使用可能……。
超高経験値素材であるリシャールさんの魔導具からリシャールさんの翼を素材として抜き出し、さらに香子エディションにしてしまったことで、スキルちゃん達のレベルがUSS-3とかいう、もはや意味不明なレベルになってるのね。
なので地図上には誰も行ったことのない場所も表示可能になっちゃったの。
因みに現在地はアオリハの国境近くの山中にあった。
これだけ森だの山だのが多いと、管理できなくて、どの国にも属さない土地もある。この渓谷もそういう無主地の一つだった。
絶景を新しいスマホで撮影し、場所情報と共にわたしもライトモに投稿しておく。きっと良い思い出になるに違いないわ。
多少運動も必要ですのでと、奈々美さんがキトキトコンビにパナマ草を運んでくれている間に、わたしは馬車の窓や戸を全開にし、寝具やファブリック類を空間収納に仕舞って丸洗い。ホコリや落ちてる毛や生ごみなんかは素材採取の要領で全部採取し、素材になるもの、再利用出来るもの、徹底的に仕分けして、本当に不要なものは紙袋に入れてトイレで燃焼よ。そしてそれは、スキルちゃん農園の肥料となる。
キッチンやシャワーなんかの汚水などもこの要領で濾過しまくって、最終的にスキルちゃん農園の水やりに使用されている。
そうしてるあいだに、アシャールさんは一部の部材をノクレイ製に入れ替えたりして、キトキト馬車はピッカピカになった。
スキルちゃんのおかげで、掃除洗濯がすごく楽になったけど、ファッションセンスのレベルは上がってないので、カーテンとソファのカバーなんかは、スキルちゃん達がいくつか作っていたものの中から、奈々美さんに選んでもらう。
模様替えしたキトキト馬車で夜を過ごし、夜が明けると新たな気分でシュベルクランへと向かった――
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