31 告白
いつもの様にゆっくり呼吸を意識して、入眠前の習慣行動をする。そしてスキルちゃん達を意識した。
『うぇぇぇん ええぇぇん』
!?
スキルちゃんが泣いてる? これは一大事よ。何があったんけ。
『スキルちゃんはぁ、アシャールさんが大好きなのにぃ』
『でもぉ、こうしないと本体とスキルちゃん達がすぐに死んじゃうかもってぇぇ』
『うぇぇぇん ええぇぇん』
見覚えのある、美しい翼を四枚。泣きながら素材採取スキルちゃんが持って、生活魔法スキルちゃんが何かに加工しようとしている。
無数の透明な妖精の羽を鳥の羽根のように重ねてできた翼は、フェイ族の……アシャールさんの翼だ。フェイ族は翼の数と大きさで強さと生命の力が決まると鑑定ででた。
アシャールさんの翼は六枚。そのうちの四枚がここに?! わたしの中に?!
寝ている場合ではない。
いつもスキルちゃんといるアシャールさんの魔力ちゃんも、こてんと横になって眠ってる。こんな様子の魔力ちゃん見たことない!
わたしはアシャールさんの魔力ちゃんをイメージの中で胸元に抱え込んで、わたしの魔力で包みこむ。そして思い出した。リシャールさんの言葉を。
わたしの思考と連動して、スキルちゃん達も天啓を得たように動きだす。
出来る?
『できる。出来る。デキる。できーる! るるんららん』
スキルちゃん達に元気がもどったわ!
では、調教の時間といくがいちゃ。
「アシャールさん」
ベッドルームから出て、まだ地図をみていたアシャールさんに声をかける。奈々美さんを起こさないよう気をつけながら。
アシャールさんは、見たことのないような優しい微笑みでわたしを見た。
どうしようもなくなるわ。
どうしようもないわたしの気持ちに、どうしようもないアシャールさんの行動。なるほど、わたし達はあんがいお似合いかもしれない。
わたしは黙って馬車の外へと出た。
「香子?」
当然アシャールさんは、慌てて付いて来る。
外で寝ていたキトキトコンビもわたし達に気づいたが、多分何か察してそのまま寝たふりをした。
小雨で灯りひとつない、暗闇の夜。
雨に濡れるわたしに、ほんの数歩で近づいて、アシャールさんは雨から庇うようにわたしを抱きしめた。
「風邪を引きますよ。馬車に戻りましょう」
「エルカリシャ……確かにわたしはあなたを求めました。今回はわたしの意思です。なのにあなたが、自分を損なってわたしに与えようというなら、そんな愛もあなたも要らない……あなたの私はあなたのものは信用できない」
アシャールさんは、わたしから手を離して、数歩引いた。その表情は、わたしからは見えない。
「それでも、私はあなたを喪いたくは無いのです。香子……」
「よく言えるわ! アシャールさんに何かあったら、誰がわたしを守ってくれるの? それでも私は十分強いなんて言わせないわ。ずっと衰弱状態なんでしょ! それにわたしの体力が二桁しかないのは今更じゃない」
暗闇に目が慣れて、微かにアシャールさんの口元が歪むのが見えた。
「私は……あなたを利用していたんですよ、香子」
まあそうかもしれないと思ってたけど、今はもう違うでしょ。そんな愛おしそうに、わたしの名前を呼んでしまって。
「私と相性の良い魔力のあなたを、聖婚で捕えて衰弱状態からの回復道具にしようと……」
「そうなの」
わたしは一歩アシャールさんに近づいた。アシャールさんは一歩後ずさる。
わたしはずっと胸の中の、アシャールさんの魔力ちゃんを自分の魔力で月の光のように包み、太陽のようにあたためる。そうしながら、スキルちゃん達の準備を待つの。
「それなのにあなたは……、香子の魔力は……私の中で新しい炉に炎を灯した! 何度冷静になっても、その炉の炎は私を照らし、あたためるのです。どうしようもなく」
アシャールさんは息をはき出して、微かに俯く。流れ落ちてゆくのは雨なのか、それ以外なのかは、わからない。
「……どうしようもなく。私は」
アシャールさんの指先が震えている。
「ただ愛しくて」
闇に染まりそうなほど弱々しく見えても。
「この身を裂いても」
きっと、この人は油断出来ない。
「ただ、香子を喪いたくないのです」
『準備完了! るるんららん!!』
来たわ。
「そんな可愛いこと言われても! わたしも! アシャールさんを損ないたくないのよっ」
わたしは思いっきりアシャールさんの胸に飛び込んだ。
…………おかしい。
この体重にびくともしない……だ、と……?
ここで華麗に馬車ドンか押し倒すかして、アシャールさんの行動を封じるつもり……やだ、さっきから肩でガンガン押してみても一歩も動かんくないけ! このっ、このっ、シュッとしたイケメンのくせに、このっ。
「……香子?」
あっ、いまなんか残念な子でも見るような顔してるでしょ! くっ、十キロ痩せて喜んでる場合じゃなかったわ。お太り様の十キロなんてまだまだ誤差の範囲。身長マイナス百まで道半ばと思っていたけど、この局面ではもっと贅なるお肉のパワーが欲しかったぁぁぁぁぁ!!
「……? スキルちゃん達は、私のお願いをまだ聞いてくれてないようですね。あんなに脅したのに……」
「脅しちゃあかんちゃ!!」
とうとうわたしは、アシャールさんのお腹に頭を押し付けて全体重かけて押し出しますよ。
……まじなんでびくともしないの?
「も、だめ……」
ギブアップだ。わたしは力尽きてしゃがみ込んだ。
「そうですね。香子は衰弱状態のか弱い私相手に、こんなにも手も足も出ないのですよ。理解……出来ましたか?」
わたしの前にしゃがみこんでそんなことを言うスカした顔を両手で掴んだ。
「泣かないで下さい。たとえどんなに嫌われても、私は香子を手放さないのですから」
「それは本当にどうかと思うけれど、嫌ったりなんかしないわ……」
泣いてるのは、己の無力さにですよ。
「では私を許してくれると?」
「許すも何も。わたしを怒らせたからアシャールさんに罪があるとは思ってないわ。そういう問題じゃないのよ」
猫が柱で爪を研いだからとて、猫に罪があるわけでなし。それはただ猫のありようなのだ。ならば猫を愛でし者が為すのは、柱にカバーをしたり、良い爪研ぎを用意することであり、つまりお互いのための心地良さを用意することだ。
「それはそれとして、わたしの特別でいたいなら、はじめに言ったように、わたしの大切なアシャールさんを損なうのは今後一切やめて。おっしゃる通りわたしはこんなにもか弱いので、絶対心労で健康を損ない体重を増やして寿命を縮めるし、生きる気力を無くして夜に 彷徨い、ミケ子に看取られながら永い眠りにつくの。その時は奈々美さんとみんなをお願いね」
アシャールさんの唇が震え、青ざめる。
地面に膝をつき、アシャールさんはわたしを抱きしめた。
「嫌だ……駄目ですそんなこと……」
「わたしはやられたらきっちりとやり返す女だと理解しましたね?」
濡れたアシャールさんの背中を、優しく摩る。
「では翼を返しますので、おでこを出して」
アシャールさんは一瞬目を見開き、そのまま二、三度瞬きしてから、プハっと笑った。
「まさか先程の謎行動はそのための……」
「だっ……、だってアシャールさん背が高いんだもん。普通にしてたら、絶対届かないじゃない!!」
「ふふふ、あはは、その通りですね。さあ、お好きにどうぞ」
正座の状態から爪先立ちにした跪坐に座り直し、アシャールさんは目を瞑って上を向いた。
いつのまにか雨は上がり、雲の間から月明かりが差し込んでいる。
頬に張り付いた濡れた金糸の髪を優しく指で漉き、魔力の濃い胸の中心部に手を置くと、わたしはアシャールさんの額にくちづけるために近づいた。
途端。
後頭部を大きな手で押さえられて、わたしの唇は額ではなく、アシャールさんの薄い唇に導かれていた。
湿った柔らかい感触に、ふぁっと驚いた隙に、アシャールさんはわたしの腰を引き寄せ膝に乗せると、完全に主導権を握ってわたしの唇を攻めはじめた。おのれ……!
フェイ族の翼は魔力質量が大きく、額と胸の二箇所の魔力の門から移動させるのが一番効率的とのスキルちゃんの解析だった。
しかし額が口になったとて、ちょっと時間がかかるだけだから押せ押せとスキルちゃん達が旗を振って応援してくれている。
アシャールさんは羽根のように優しく触れるキスを繰り返し、徐々に接触時間を伸ばしてくる。
お陰でなんとか翼の返還が終わった。
「んん……っ」
アシャールさんは唇を離して、わたしをしっかり抱き抱えると、くぐもった声を漏らした。
ばさりと羽音が聞こえた瞬間、わたし達は淡い輝きに包まれる。
「香子……これは一体……。衰弱が無くなっている……しかもこの翼は?!」
くったりしていたアシャールさんの魔力ちゃんが、元気に輝きを放って、スキルちゃん達とハグしあっているわ。よし!
「一旦素材にしたものを、全く元のままに返すことはできないので、アシャールさんの翼・香子エディションなのよ。違和感や不具合はある?」
「全く有りませんね。むしろ以前より良い具合です。しかし翼の数がかなり増えていますが……」
「まあそれはあれなのよ。例の魔導具から出てきた素材ですよ。誰かさんが男の魔力は嫌だとか言うので、わたしの魔力に変質させました。スキルちゃんの大仕事ですよ。本当はあと六枚翼が残っているんだけど、一人につき十二枚が限界みたい」
「なるほど、魔導具にフェイ族の翼を。正気の沙汰ではありませんね……」
その正気の沙汰ではないことを、アシャールさんもわたしのスキルちゃん達にさせようとしたのでは?
アシャールさんはその翼で自分ごと、わたしを包んだ。濡れた服や髪が一瞬で乾いていく。
翼は高密度の魔力を纏っているからか、直接触れていなくてもアシャールさんの魔力に包まれ、護られている安心感が半端ないわ。そして本来なら寝ている時間なので瞼が重い。
アシャールさんの髪がサラサラとわたしの頬にかかる。
「先程のいたずらについては謝ります。ですからもう一度、抱きしめて接吻させていただけませんか?」
「ダメですー。わたしはもうへとへとなので寝るの」
アシャールさんはハッとしてわたしの額に触れて体温を確認する。発熱はなかったのだろう。安堵の気配を纏わせて、優しい眼差しで抱え上げてくる。
「ではそのまま眠っていてください。ベッドルームまで運びますから」
腕の中の安心感に、私はそのまま意識を手放した……。
「 アシュタリア」
私の愛は永遠にあなたのものです。
小さくその言葉を聞いた気がした。
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